パヴェル・ハース・クァルテット 演奏会|藤原聡
2016年12月7日 トッパンホール
Reviewed by 藤原聡( Satoshi Fujiwara)
Photos by 林喜代種( Kiyotane Hayashi)
<演奏>
ヴェロニカ・ヤルツコヴァ(ヴァイオリン)
マレク・ツヴィーベル(ヴァイオリン)
ラディム・セドミドブスキ(ヴィオラ)
ペテル・ヤルシェク(チェロ) ]
<曲目>
ペルト:フラトレス
バルトーク:弦楽四重奏曲第5番 Sz102
スメタナ:弦楽四重奏曲第1番 ホ短調『わが生涯より』
(アンコール)
ドヴォルザーク:2つのワルツ op.54~第1番 イ長調
パヴェル・ハース・クァルテットの実演に接するのは初である。若手~中堅の弦楽四重奏団の中ではトップクラスの実力を誇るとの呼び声は既に高いものの、録音においてはその技術力の高さは理解できるにせよ、凄いと喧伝されている実力をいまいち理解できない、と個人的に思っていた。従って今回の公演は彼らの本領を見定める絶好のチャンスである(尚、vaのパヴェル・ニクルが近親者の重病を理由に退団、2016年3月に新たにラディム・セドミドブスキを迎えての初来日公演との由)。
まず1曲目のペルトでは、初手からその精妙な音色の作り方に惹かれる。第2vnが開放弦のpで持続音を弾き続け、オケ版ではクラベスが奏でる印象的なリズム「トン・トントン」はチェロのpizz.によって演奏。第1vnとvaはフラジオレットやハーモニクスなどの特殊奏法を駆使して、終始ゆったりしたテンポの中、非常に薄いテクスチュアでアンサンブル全体としての音量が増減を繰り返す―つまりは、細やかな楽器間の音色の整合性と呼吸が合わないと一見して難しそうにも聴こえないこの「難曲」がどうにも締まりのないものとなってしまうが、ここでのパヴェル・ハースQはこれらの点で非の打ち所がない。お見事。こういう曲でこそ団体の基礎力が見えるものだが、これで彼らの力は明らかだ。
次はバルトークの『第5』。ここではペルトで第2vnを弾いていたヤルツコヴァが第1vnの席へ着く。この団体のスタイルはよく知らないのだが、エマーソンSQのように曲によって第1と第2が入れ替わるのだろうか、と思ったのだが、ペルト以外と後日、成蹊学園大講堂で聴いた彼らはこのバルトークと同じく一貫してヤルツコヴァが第1を弾き、ペルトで第1を弾いたツヴィーベルは第2であった。ペルトだけ何らかの意図があって逆にしたのだろうか。
それはともかく、この演奏も彼らの本領が聞きしに勝るレヴェルで堪能できたのだが、その演奏、冒頭から拍子抜けするほど肩の力が抜けたしなやかな開始(そう、全曲とにかくしなやか、なのだ)。和音のバランスの良さが驚異的で、どれだけ強奏になってもまるで力みがなく、その音響はあくまで透明で各楽器の「層」が見通せる。
通俗的な意味での「民族色」の表出などとは無縁であり、反対にガチガチに精緻さを求めるタイプでもない。基本的にはニュートラルな視点でバルトークを読み込み(なのだろうが、出て来る音楽は他の団体に似ていないのだ)、そこに自ずから中欧的な彼らの持ち味も現れている、と見るべきか。
終楽章コーダ直前、突然介入してくるあの調子外れの第1vnによる「ジョーク」でも、これ見よがしに前段との対比を際立たせたりはしないで、あくまで流れを優先している。それにしても第2、第4の両緩徐楽章における弱音部の表現力の豊かさと言ったら。その音量のかそけき微細さ、その中での表情の弾き分け(だから非常に雄弁かつ有機的なのだ)。また「アラ・ブルガレーゼ」中間部の異次元に迷い込んだかのような浮遊性も圧巻。
全体に大向うを唸らせるタイプのバルトークではない。しかし、彼ら独自の個性とその完成度は群を抜いている。
休憩を挟んでスメタナも悪いはずがない、というより実演で聴いた中では最高。ここではバルトークとは逆に楽曲のメリハリと陰影を大きく強調したかのような演奏になっており(バルトークにメリハリがないと言っている訳ではないので念のため)、心理的な振幅が非常に大きい。第2楽章での躁気味の快活さ、そして「愛の楽章」第3楽章で聴かせる狂おしい胸の内の感情の吐露と陶酔感。終楽章コーダでの絶望と「今後の希望」が分かち難く結びついたかのような繊細極まりない表現。この曲で活躍するvaのセドミドブスキの骨太な音色、そして第3楽章では深みのある音色ですばらしいソロを聴かせつつ全体のアンサンブルの要となっている感のあるvcのヤルシェクが特に秀逸(ちなみに付け加えれば、この曲は後日、成蹊学園でも演奏されたが、そこではこのトッパンでの名演をも上回る楽想の掘り下げを聴かせてぐうの音も出ず)。
アンコール曲はセドミドブスキがアナウンス、ドヴォルザークのワルツ。初めて聴いた曲だが、これはいかにも肩の力が抜けた美しい曲であり、バルトークとスメタナを息を詰めて聴き入った聴衆には最適なプレゼントだった。
それにしてもパヴェル・ハースQを聴くと、アルバン・ベルクSQ、ジュリアードSQ、東京SQやパヴェル・ハースの師匠筋であるスメタナSQなどの演奏よりも明らかに「進歩」している、という実感がある。その技術と楽曲を把握する清新な感性において。弦楽四重奏(いや、クラシック音楽)を愛する方は彼らの来日公演を聴き逃してはならない。