Menu

小人閑居為不善日記|プレイリスト、祈りの時間――ディラン、WAVES、日本沈没|noirse   

プレイリスト、祈りの時間――ディラン、WAVES、日本沈没
Pray Rist, Pray Time――Bob Dylan, Waves, Japan Sinks 

Text by noirse

1

Bob Dylan – Rough and Rowdy Ways

あいつらは彼のからだを切り刻み、脳みそを取り出した
嘆き悲しむ以外に何ができるというのか
だけど彼の魂はもうそこにはなかった
それから50年のあいだ、ずっと魂を探し続けてる
自由よ、おお自由よ、ぼくの元へ来てくれないか
自由になれるのは死者だけってことくらい知ってる
でも少しは愛がほしい 嘘だけはつかないでほしい

ボブ・ディランが3月に突如配信リリースした〈Murder Most Foul(最も卑劣な殺人)〉は、ケネディ暗殺という現代的とは言えないテーマ、17分に及ぶ大曲という条件ながら、キャリアで初のビルボード1位を記録した。

しかしこの歌、奇妙でもある。後半になると様相が変わり、曲やミュージシャンの名前を連呼していく。チャーリー・パーカー、ジョン・リー・フッカー、〈セント・ジェームス病院〉、〈月光〉、 果てはバスター・キートンや《マクベス》など、あらゆるジャンルの作品を召喚する。

評価は分かれた。ディランからのコロナ・ショックへの返答と捉え好意的に解釈する向きも多いが、感傷に過ぎないと切り捨てる者もいる。そんな中目を引いたのは、New Yorkerのケヴィン・デットマーの記事だった。ディランがDJを務めたラジオ番組「テーマタイム・ラジオアワー」と比較しつつ、〈Murder Most Foul〉を「プレイリスト」と表現した。

ディランが引用するのは当時流れていた曲だけではない。イーグルスやフリートウッド・マックなど、その頃は存在しなかった名前も言及していく。
つまりこの曲は、ケネディ暗殺から今まで50年余のあいだ、ディランの頭の中に鳴り響いていた「プレイリスト」、「祈り(pray)のリスト」なのだ。

2

WAVES/ウェイブス

7月公開の映画《WAVES/ウェイブス》(2019)はプレイリスト・ムービーと喧伝されている。ケンドリック・ラマー、SZA、アニマル・コレクティブなど、人気のラッパーやシンガー、バンドの曲を次々と流すことで彼らの心情を代弁させている。監督のトレイ・エドワード・シュルツは事前に作品に見合ったプレイリストを構想し、それに沿って脚本を書いたと述べている。

主人公はフロリダに住む高校生の兄妹。兄のタイラーは部活動も恋人との関係も順風満帆だが、一方で父親からのプレッシャーに苦しんでいる。その結果身体を壊して鎮痛剤を過剰に服用してしまい、悲劇へと踏み込んでいく。後半は妹エミリーに話は移り、恋人との出逢いや旅を通して、どん底から再生されるまでを描いている。

ツリー・オブ・ライフ

シュルツは《ツリー・オブ・ライフ》(2011)などのテレンス・マリック監督の現場にカメラ・アシスタントとして参加し経験を積んだ。自然光を活かした流麗な撮影とモノローグの多用によって、世界の美しさの中でもがく人間の苦しみと救済を描くマリックの手腕は、コッポラやスコセッシと並ぶ現代アメリカ映画の巨匠と目されている。

明滅する光線にトレント・レズナー(ナイン・インチ・ネイルズ)と相棒アッティカ・ロスによるインダストリアルなスコアが響く前半はマリックとは真逆の人工的な世界だが、後半のフロリダ南部の海や豊かな自然、インディーズR&Bの旗手フランク・オーシャンのインティメントな歌声でエミリーの心が解きほぐされていく過程は「師匠」の影響を多分に感じさせる。

Frank Ocean – Blonde

プレイリスト・ムービーという発想も根本的には新しいものではない。80年代には《トップガン》(1986)、《フラッシュダンス》(1983)、《フットルース》(1984)などのPV感覚の映画がサントラともども大ヒットを飛ばしたし、遡ればニューシネマの発端となった《イージーライダー》(1969)まで辿れる。

パルプ・フィクション

だがこう並べてみるとかえって《WAVES》の歴史的位置が明確になる。ステッペンウルフ〈Born to Be Wild(ワイルドでいこう!)〉(1968)などの《イージーライダー》のサウンドトラックは、カーラジオから音楽が流れていく爽快感を可視化したものと言ってもいい。《トップガン》らの作品群はPVやMTVの感覚を映画にフィードバックした。90年代の《パルプ・フィクション》(1994)や《トレインスポッティング》(1996)は、ヒップホップやクラブのサンプリングやDJの方法論を映画に持ち込んだ。《WAVES》の「プレイリスト・ムービー」という手法は、その最新形なのだ。

《WAVES》は《イージーライダー》やマリックのデビュー作《地獄の逃避行》(1973)のようにロードムービーとしての側面を持っており、主人公は「プレイリストと旅する」ことで救済されていく。ディランの〈Murder Most Foul〉は、ケネディ暗殺というキーワードを据えつつ、様々な楽曲や作品をプレイリスト化することで、聞く者に時空を越えた旅を促す。空間と時間、方向性は違えど、共にSpotifyやiTunesの時代にふさわしいありかたではあるまいか。

3

日本沈没2020

もうひとつ例を挙げてみたい。Netflix配信の《日本沈没2020》。小松左京《日本沈没》(1973)の初のアニメ化だ。作家性の強い湯浅政明監督らしいクセのある内容で、多様性重視のテーマが一部で「反日」と目されるなど否定的な意見も多いようだが、とりたててそこに関心はない。

まず気になったのは坂本龍一と大貫妙子によるオープニング曲〈a life〉(2010)だ。ディザスター・テーマから連想する大仰さからは程遠く、日常の美しさを静かに語りかける歌だ。

リズと青い鳥

続いて作品中では牛尾憲輔による電子音楽が流れていく。テクノやエレクトロニカ出身の音楽家だが、山田尚子監督に請われ参加したアニメ《映画 聲の形》(2016)や《リズと青い鳥》(2018)での仕事が注目され、劇判作曲家としても引っ張りだことなった。湯浅監督とは《ピンポン THE ANIMATION》(2014)、《DEVILMAN crybaby》(2018)に続くタッグだが、今回は山田作品とも共通する繊細な作りにより、不安や恐怖を煽るのではなく、平穏を求める主人公たちの心に寄り添ったように感じられる。

さらに目を引いたのは、中盤に登場する新興宗教団体「シャンシティ」だ。教団の中心人物には巫女めいた能力があり、死者の声を聞くことができる。この時点でハードSFとしての地盤は揺らいでいるが、それでも描きたかったものが製作陣にはあったのだろう。

大貫妙子 & 坂本龍一 – UTAU

それは恐らく「喪の仕事」だ。坂本や大貫、牛尾の楽曲や「喪」への目配せが、地震や台風が身近な日本人にとって、災害を娯楽化するよりも大切なものがあるのではないかと問いかけてくる。

破壊描写がセールスポイントとなるディザスターものを配信でリリースするのは分が悪い。本来はスクリーンの大画面で展開するのが理想のはずだが、配信ではスマートフォンやタブレットで視聴する利用者も多い。もしかしたらそれも見越した上で繊細なサウンドを選んだのかもしれない。《WAVES》がプレイリスト感覚を映画館に拡張したとすると、《日本沈没2020》は映画館での体験をスマートフォンのサイズに移行させたと言えるのかもしれない。

4

マリックはハーバードやオックスフォードで哲学を収めており、作品はキリスト教色が強い。それもかなりの独自解釈のため、受け付けられない人も少なくない。《WAVES》もスピリチュアルやニューエイジのトーンが感じられる。とりあえずその賛否は置いておくとして、苦しみと救済にこだわっている点は両者同じだ。

〈Murder Most Foul〉も、見方によってはひとりの人間の死を(それも50年も前の男の死を!)どのように受け止めるのかという歌でもある。各作品に共通するのは、プレイリストや配信というフォーマットを借りて、恐怖や不安、苦しみをどう乗り越えるのか模索している点だ。

想起するのはやはりCOVID-19だ。相当の死者が出ているが、報道ではプライバシーの問題もあり、彼らを偲ぶ機会は少ない。《日本沈没2020》を見ているあいだ考えていたのは京都アニメーションのことだった。牛尾が参加した山田尚子の作品は京アニの仕事でもあった。そしてこの文章が公開されるのは8月15日、75年目の終戦記念日だ。随分前の話ではあるが、ヘッドフォンが流行した頃、自分の殻に閉じこもる若者が増えたと批判する声もあった。しかしプレイリストや動画視聴だからこそ内省的な時間を呼び起こし、遡行できる感情もあるはずだ。

5

John Prine – The Tree of Forgiveness

最後にジョン・プラインという歌手を紹介したい。燻し銀とも形容される佇まいで日本での知名度は低いが、抜きんでた作詞能力によりブルース・スプリングスティーン、ロジャー・ウォーターズ、ノラ・ジョーンズからプリンスまで、広くリスペクトされている。

プラインは20年前に右顎部、その後左肺に癌を患ったが、長い手術に耐え復帰、《The Tree of Forgiveness》(2018)を発表。この作品も高く評価され、今年のグラミーではトリビュート・ステージまで設けられた。ところがCOVID-19に感染し、三度の復活劇とはならず、4月に世を去った。

《The Tree of Forgiveness》収録の〈Summer’s End〉は一聴すると失恋歌のようだが、よく聞くと死者へ呼びかける歌だと分かる。PVで娘を亡くしたらしき老人が、オピオイド中毒についてのニュースを見つめている。《WAVES》の兄タイラーが飲んでいたのはオピオイド系鎮痛剤のオキシコドンだ。

プラインは最後まで市井の人の日常を歌うことにこだわり続けた。もしSpotifyやiTunesのユーザーなら、とりあえずプレイリストに登録だけでもしてみてほしい。

一緒に歩いていたぼくらを撮ったあの写真、今でも大切にしてる
幽霊が出るって噂してたあの家みたいでさ
ぼくらが望んでたより早く、夏の終わりが来てしまったね

帰ってきてくれ
帰ってきてくれ
君がひとりだなんてありえない
今すぐ帰ってきてくれ

(2020/8/15)

—————————
noirse
佐々木友輔氏との共著《人間から遠く離れて――ザック・スナイダーと21世紀映画の旅》発売中