カリフォルニアの空の下|アメリカのオンライン・アート事情|須藤英子
アメリカのオンライン・アート事情
The Online Art Situation in America
Text & Photos by 須藤英子(Eiko Sudoh)
◆オンライン化されたアート
“Stay Home” 生活が始まり、二ヵ月が経つ。学校も仕事もオンライン化され、人と直接会う機会は極端に減った。毎日のオンラインミーティングで淋しさは紛れるが、どこか満たされない。
生の人間性に触れたくて、アートに目を向ける。音楽を聴き、美術に触れ、ダンスや芝居や映画を観ながら、人の心に触れ、喜びや悲しみを感じ、生きる感覚を再確認する…。そんな豊かさを求めてインターネット上のアート・コンテンツを探すと、そこにはオンライン化されたアートの世界が、想像以上に広がっていた。
これまでにもアメリカの文化施設や芸術団体は、インターネットを用いて公演や展示の様子を積極的に公開してきた。ほぼ全てのイベントが中止に追い込まれている現在、そのようなオンラインでの活動が、益々活発化している。例えばこれまでのアーカイブを“Stay Home”用にアレンジしてアクセスし易くする、また新しい特別動画を定期的に公開する等、視聴者がコンテンツを通して充実したアート体験ができるよう、一層工夫を凝らしているのだ。
中でも、ライブストリーミングによる動画の配信は新鮮だ。これは配信者が時間を指定して動画を公開するもので、視聴者はその時間に合わせて動画を見ることで、配信者や他の視聴者との一体感を得ることができる。たとえそのコンテンツが過去の録画であってもドキドキするものだが、それが生演奏、生中継といった同時配信であれば、なおさらスリリングだ。科学技術の発達で可能となった美しい映像や音声も、大型画面や高性能スピーカー、また間接照明等、鑑賞環境をより工夫すれば、実際にその場に立ち合っているかのような臨場感さえ与えてくれる。
◆インターネット上のコンテンツ
以下にそれらオンライン上でのアート活動を、音楽分野を中心に、各ホームページへのリンクと共にご紹介したい。
メトロポリタン歌劇場
“Nightly Opera Streams” を、3月16日より開始。毎晩19:30(NY時間)から、過去のオペラ公演をライブストリーミングで配信している。あらすじや舞台裏の様子など、オペラを深く知る為のページも充実。また4月末には、40人以上の歌手が世界中の自宅から生演奏したバーチャルコンサート “At-Home Gala” の様子も、特別配信された。
カーネギーホール
4月14日より、“Live with Carnegie Hall”を開始。毎週火曜日と木曜日の14:00(NY時間)から、カーネギーホールの舞台裏での秘話やアーカイブ上の公演、また数々の生演奏を交えた番組を、ライブストリーミングで配信している。
ロサンゼルス・フィルハーモニック
“LA Phil at Home”を、3月25日より開始。楽団員が自宅からソロ演奏を行うYouTubeビデオを、順次公開している。また3月31日からは、“At Home With…”を、ロサンゼルスのFM局と共同で開始。毎週火曜日から金曜日の18:00(LA時間)より、所縁ある音楽家をナビゲーターに、LAフィルのアーカイブ音源を配信している。
アメリカ音楽協会
本拠地リンカーン・センターで開催された過去のコンサートの動画を、毎日ランチタイム時に、プレイリストに追加している。またライブストリーミングによるコンサート動画の配信も、不定期で行っている。
ブロードウェイ・ミュージカル
ブロードウェイのトップスターたちが、動画シリーズ “Living Room Concert” にて、歌や劇を不定期で披露している。他にも毎日のライブストリーミング配信 “Virtual Theatre Today” など、多くのコンテンツを持つ。
ザ・ブロード
ロサンゼルスの現代美術館ザ・ブロードでは、美術と音楽のコラボレーションによる“Infinite Drone series”を開始。人気のインスタレーション作品である草間彌生の“Infinity Mirrored Room”をドローンで撮影した映像に、毎週異なる音楽作品を融合させ、YouTubeで公開している。
個人のアーティストによるデジタルイベント
多くのアーティストが、コロナウイルスの影響でキャンセルされたイベントを、デジタルイベントへと変更し始めた。creative capitalという文化芸術支援組織が、そのイベントリストを公開している。
◆アートが生き残るために
“3つの密(密閉・密集・密接)”の中でこそ実現されることが多かったアートにとって、インターネット上という場は今や唯一の活動場所だろう。オンライン文化が社会の隅々にまで浸透しているアメリカでは、そこでの生き残りを模索する動きも活発に思われる。
さらに、存続のために必要となる資金調達の在り方も、興味深い。上記のホームページでも “Donate” という文字がしきりに見られるが、インターネット上での寄付の呼びかけが一般的であることも、アートのオンライン化を促す一つの要因だろう。これまでも各団体にて、メンバー特典等を含む寄付の募集は行われてきたが、この危機的状況を受けて、緊急の募金活動も盛んに始まった。“Stay Home” 用の新しいオンライン企画は、そこに一役買っている。いずれの場合も、寄付者は“Donate”ボタンをクリックし、金額を指定の上、自身の情報とクレジットカートの情報を入力するだけで、簡単に寄付が出来てしまう。
そもそもアメリカには、寄付という文化が根付いている。我が家の子どもたちの学校でも、事あるごとに寄付の呼びかけがあり、ほとんどの家庭がそれに応じているようだ。その背景には、約75%の人が信仰しているキリスト教の思想があるだろう。“あなた自身のようにあなたの隣人を愛しなさい”といった教えが、様々な機会での寄付の習慣にも影響していると思われる。
さらに、寄付金に対する税金の優遇制度も、寄付文化を支える要素の一つだろう。アメリカでは、宗教、慈善、文化、教育等の非営利団体へ寄付を行った場合、寄付者は自身の所得税の一部を控除されるという税制上の優遇措置がとられている。芸術団体の多くもその特定団体に含まれることから、寄付者は支払う税金の一部を好みのアートの応援に充てることができるのだ。団体側にとっても、個人を中心とした寄付金とそれを前提としたマッチングファンド方式の助成金は、最も大きな財源となっている(文化庁「諸外国における文化政策等の比較調査研究事業 報告書」2018 参照)。そのため各団体とも、より多くの寄付を集める努力を惜しまない。オンライン上の活発なアート活動の背後には、このような寄付の仕組みも大きく作用していると言えよう。
◆クリエイティビティとは
質の高いアートを自宅で気軽に鑑賞できることは、この状況下ではとても有難いことだ。アートを通して人間的な温かみを感じ取ることができるのはもちろん、その自由な発想や超人的な技からは、人間が持つ創造力を改めて思い起こすことができる。“自粛”や“禁止”による非常事態の中ですっかり忘れてしまったクリエイティブな感覚を、アートが呼び覚ましてくれるのだ。
とはいえ、無から有を生み出すような斬新なクリエイティブさは、今はなかなかピンとこない。それでも、ともすると滅入りがちなこの生活の中で、冷静に現実を見つめ、少しでも良い方向へ向かおうとする意識は、私たちが生き抜いていくために必要不可欠であろう。そのような前向きな意識こそが、クリエイティビティの根幹ではないだろうか。そう思えば今起きていることの全ては、クリエイティブに問題を解決していくための大試練なのかもしれない。
アメリカの文化芸術政策において、アートの創造性は人々の生活やコミュニティの源であると同時に、経済の源としても位置づけられている。税制の優遇措置と巧みに連動した寄付の仕組みからも、その経済的な面でのアートの重要性は見て取れよう。寄付文化と相まったこの文化芸術の在り方が、現在唯一の活動場所であるオンライン上で洗練されていけば、コロナ後の世界でもそれは一つのスタンダードとなっていく気がしてならない。
既に個人のアート活動の中には、募金に留まらず、オンライン公演を有料で公開するものも出てきている。今後、どのようなアートの世界が開けていくだろうか。オンライン上の新しいアートの在り方から目を離せない日々が、もうしばらく続きそうだ。
(2020/5/15)
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須藤英子(Eiko Sudoh)
東京芸術大学楽理科卒業、同大学院応用音楽科修了。在学中よりピアニストとして同年代作曲家の作品初演を行う一方で、美学や民族学、マネージメントや普及活動等について広く学んだ。2004年、第9回JILA音楽コンクール現代音楽特別賞受賞、第6回現代音楽演奏コンクール「競楽VI」優勝、第14回朝日現代音楽賞受賞。06年よりPTNAホームページにて、音源付連載「ピアノ曲 MADE IN JAPAN」を執筆。08年、野村国際文化財団の助成を受けボストン、Asian Cultural Councilの助成を受けニューヨークに滞在、現代音楽を学ぶ。09年、YouTube Symphony Orchestraカーネギーホール公演にゲスト出演。12年、日本コロムビアよりCD「おもちゃピアノを弾いてみよう♪」をリリース。洗足学園高校音楽科、和洋女子大学、東京都市大学非常勤講師を経て、2017年よりロサンゼルス在住。