Back Stage|ながらの座・座の試み|橋本敏子
ながらの座・座の試み
庭と音楽——吉田誠と藤倉大の発見
Text by 橋本敏子(Tishiko Hashimoto)
9月中旬、大津の日没は18時過ぎ。山が近い座・座は、昼間の灼熱から解放されて琵琶湖方面から吹く風が心地よい。
「ながらの座・座」は、いわゆるコンサートホールではない。住宅の一部を解放し、年5~6回のサロン・コンサートを行っている。
クラシックが中心だが、現代音楽やパフォーマンスも積極的にとりあげている。
定員は40~50人。天井高約3m、音を吸いとる木造の空間、畳に座布団という客席、よく整備されたコンサートホールに慣れている演奏家にとって、一般的には何ひとついい演奏環境とはいえない空間だ。しかし、この環境の最大の特徴は、築後三百数十年たつと言われている建物(登録有形文化財)と、天台密教の世界と神仙蓬莱の世界が一つの庭として共存している不思議な空間(県指定文化財・名勝)が、生活空間として共存していることだ。
とりわけ、庭の中心にある大きな池には「あの世とこの世を結ぶ」と言われている石の橋がかかり、池を取り巻くように紅葉が幾重にも枝を張り、それらがちょうどホールの反響板のような役割をしている。
コンサートは、この庭で行われることもあれば室内の時もあり、季節や天候によって使い分けている。こんなホールとは言えない環境だが、こういうところだからこそ演奏者はその想像力と力量を問われ、観客は演奏者と向き合い、一つになって、今、ここだから生まれる楽しみに浸ることができるのだ。
<音楽家が発見した演奏空間>
「庭と音楽」のシリーズは、2017~19年に吉田誠のソロ・コンサートとして行ったものである。そのプログラムノートで、吉田は明確にその動機についてこのように語っている。「僕は当時パリに住んでいたのですが、決して大きくはないこの庭のなかにある凝縮された日本のエッセンスに、強烈なノスタルジーを感じたのを今でも覚えています」「ふつう屋外で音を出すと響かずに、水が蒸発するように瞬時に消えてしまうのですが、ここでは水面や石、庭を覆う木々の葉に音が反射して心地よい響きが生まれました。」「・・・・この庭には各所に意味があり、ストーリーがある。」
作品の持つエネルギー、座・座の庭の持つ魅力、聴衆がいるコンサートという空間、それらがまざりあった時に生まれてくる座・座の複雑な可能性に吉田は着目していたのだ。
2017年のコンサートのテーマは、「移動する音・配置される音」。バッハ、メシアン、ブーレーズ、ライヒ、藤倉、ヴィットマンというラインアップ。2回目は翌年、テーマは「耳で見る躍動、目で聴く歌」。「うた」と「おどり」に焦点をあて、古庭園と建物の外廊下を舞台に、曲にあわせた衣装で、時には踊りながら、楽しげにこともなげに難解な曲を演奏する姿に満員の観客は呆然としているようであった。
2019年9月。吉田の座・座におけるソロ・コンサートの一区切りとなる3回目。「座・座という環境が生きるにはどんな作品を、どのような構成でとりあげるのがいいのか、その答が「庭から生まれる音」だった。世界的に活躍する作曲家・藤倉大にながらの座・座が委嘱し、この庭のために書き下ろしていただいたクラリネット・ソロの新作『Turtle Totem』の世界初演である。
<Turtle Totem>
『Turtle Totem』は、庭にこめられたメッセージが藤倉によって読み解かれ、美しい歴史ある庭へのオマージュとして書かれたものだ。藤倉さんは作曲のために座・座にこられたのですか?というお尋ねをたくさんの方々からうけたが、来られてはいない。でも、この庭に関する写真や多大な資料を送り、ご自分でも調べられて、「この場所」に大きな関心をもたれたのが、作曲の動機になっているという。「橋をわたるとあの世、手前がこの世」「神仙蓬莱思想とは・・」といったキーコンセプトに導かれて橋を境に、2つの世界を往き来できるような、そんなイメージがこの作品の最大のインスピレーションになっていると藤倉は書いている。
3回目のコンサートは、最初と最後にこの『Turtle Totem』が登場する。この庭へのオマージュとして、「1本の美しい映画を見るように音楽を聴いていただく」というコンセプトが吉田の狙いだという。また曲のタイトル『Turtle Totem』は、この庭のコンセプトと呼応するシンボリックなものとしてつけられている。
<「ありえないこと」が「ありえる」>
わずか50人未満定員の「ながらの座・座」。京都に近いとはいうものの、アクセスも良くはない。しかし、そこにあるのはたっぷり積み重なった時間と、この空間に関心を持ちつづけた人々の存在だ。この建物と庭のルーツは、天台寺門宗総本山三井寺の坊舎の一つとして建てられたもので、25箇所あった「坊」の唯一生き延びた建物と庭なのだという。普通は「ありえない」ことがこうして持続している(「ありえている」)ことになんだか運命的なものを感じる。
今年の座・座は、シリーズ「庭と音楽」の第Ⅱ期のプログラムとして吉田誠+藤原道山(尺八)のデュオを行う。「二つの息の、未だかってない競演が、三百七十四年を経た庭を前に実現する」コンサートだ。それぞれが、世界初演となる新作を演奏する予定だ。
その他、6/21(日)~22(月)には、野村誠企画の「徹夜の音楽会」2回目や、ジャワ舞踏家佐久間新のダンスワークショップなども登場する。
最後にもう一つ、伝えておきたいことがある。こんな実験的なプログラムを、小規模な会場で継続して実現できるのは、地元の理解あるオーナー企業に協力いただいているからだ。プログラムだけでなく、「ありえないこと」が「ありえる」のも、共感いただける方々が確実に広がっていることとではないかとおもう。とはいうものの、実際の運営はなかなか厳しいものですが。
橋本敏子(ながらの座・座代表)
(2020/3/15)
———————
公演情報
https://nagara-zaza.net
★「徹夜の音楽会Ⅱ」
2020年 6月21日(日)〜22日(月)
音楽・映像・トーク・物語・ダンスetc。横断的に登場する様々なワークを帰る時間を気にせず楽しむ音楽会として2018年に開催した試みの第二弾を行います。あっと驚くゲストも登場。
「徹夜の音楽会Ⅱ」申し込みは、3月20日(金) から受付いたします。詳細は近日発表。
★「庭と音楽」シリーズの第二弾──「庭と音楽2020」
2020年 9月19日(土)・20日(日)
藤原道山(尺八)と吉田誠(クラリネット)。
いまだかってない二つの”息”の競演が登場します。
「庭と音楽2020」詳細は近日ご案内します。チケット発売開始は2月10日(月) より
会 場:ながらの座・座(滋賀県大津市)
定 員:40名(各回)
参加費:一般 6,000円 学生 2,000円(若干名)
*未就学のお子様の参加はご遠慮ください。