Back Stage|いま、一番伝えたいこと。いま、わたしたちにできること。|高野 裕子
いま、一番伝えたいこと。いま、わたしたちにできること。
Text by 高野 裕子 (Yuko Takano)
わたしたちが自主事業を企画する時、真っ先に考えることは、音楽を介して「その年をどのような一年にしたいか」ということだ。華やかな一年にしたいのか、それとも、楽しい一年にしたいのか。自主事業の骨格となるテーマを定めてから、企画立案や人選、選曲を行っていく。
2021年度のテーマは「音楽の力」だった。2020年以降、新型コロナウイルス感染症の影響を受けたクラシック音楽業界をなんとか元気づけようという一心で、音楽の力をアピールできるような企画を打ち出した。例えば、4つのコンサートを一つのシリーズにした『The Power of Music~いまこそ、音楽の力を~』では、ラヴェルの《ラ・ヴァルス》やストラヴィンスキーの《兵士の物語》などを取り上げた。また、「ニュイ・ブランシュKYOTO 2021」では、メシアンの《世の終わりのための四重奏曲》をプログラミングした。こういった、2つの世界大戦やスペイン風邪のパンデミックなど、当時の厳しい歴史的背景に影響を受けて創作された作品を取り上げることにより、「どのような過酷な状況においても芸術は決して滅びない」ということを聴衆の皆さんと再認識したかったのだ。結果、一年を通して、力強いハーモニーが当ホールに響きわたった。これは、わたしたちにとって、非常に大きな収穫の一つだった。コロナ禍でなければ、このような発想で企画立案することはなかっただろう。しかしながら裏を返せば、コロナに縛られてしまった一年でもあった。そこで2022年度は、コロナから離れて、純粋に音楽を愉しむことができる企画を立てたいと考えた。
このような経緯で、2022年1月13日、京都コンサートホールは、2022年度自主事業ラインアップに関する発表会を行った。テーマは「音楽の愉しみを共有し、共鳴する」。中でも、ラインアップの要として紹介したのは、今年生誕200年を迎える「セザール・フランク」のコンサート・シリーズと、ロシア音楽を集中的に取り上げた5つの事業であった。「なぜいま、ロシア音楽を取り上げようと思ったのか」という記者からの質問には、19世紀ロマン派以降、西洋音楽史はロシア音楽抜きには語れないことを指摘した上で、「コロナ禍で萎縮してしまった心と身体で、ロシア音楽特有の大地から湧き上がるようなリズムとエネルギーを直接感じ取って欲しい」と回答した。
ところがその一ヶ月後の2月24日、ロシアによるウクライナ侵攻が勃発したのだ。すぐさま、この戦争は世界のクラシック音楽界にも暗い影を落とした。欧州の劇場では、ロシア音楽やロシア人音楽家が敬遠されはじめ、演目変更や出演キャンセルが相次いだ。我が国も例外ではなく、プログラム変更を余儀なくされた公演があったことは記憶に新しい。そうこうしているうちに、ラインアップ発表会に出席していた人や関係者からこう尋ねられるようになった。「京都コンサートホールはどう対応するのですか」。
わたしたち事業制作チームは、およそ1~2年前から企画立案を始める。よって当時は、現在の世界情勢を予測することなど不可能に近かった。とは言え、状況は刻々と変化しており、ホールとしてのスタンスを決定しなければいけない。チームで協議した結果、“芸術と政治は切り離して考えるべきである”とし、曲目も出演者も変更しないことに決めた。
しかし時が経つにつれ、果たして芸術と政治を切り離して考えることなどできるのか自信が持てなくなってしまった。どの時代においても、芸術と国家・政治は隣り合わせであったこともまた事実であるからだ。例えば、昨年わたしたちが取り上げた音楽家たちは、戦争体験を作品に投影した。また、ショスタコーヴィチのように、社会主義国家の中で葛藤しながら創作活動を続けた音楽家もいた。さらには、戦争や争いのシーンで音楽が利用された過去もあった。これまでの歴史を振り返り、そして、いまこの瞬間も戦争が行われていることを思うと、音楽ホールとしてどの選択が正しいのか、また、どのような言葉を使って説明をするべきなのか、正直なところ未だに明確な答えを出すことができない。
一つ、恐れずに個人の意見を言うならば、どのような作品であっても排除すべきではないと考える。たとえそれが戦争や政治が絡む作品だったとしても、「なぜ書かれたか」「どのような背景があったのか」「だからわたしたちはこれからどうするか」と考えることが、平和への第一歩となるかもしれない。しかしながらこの選択自体が、誰かを深く傷つけてしまう可能性もある。正解など、どこにもないのかもしれない。
このように、日々思案し、時に逡巡し、わたしたち音楽ホールにできることはあるのだろうかと途方に暮れていた。そんな矢先、キーウでオペラ劇場が再開したニュースを偶然テレビで知った。ロシア侵攻によって休館が続いていた国立オペラ劇場がおよそ3か月ぶりに再開し、多くの観客が訪れたという。軍服の人も多く映し出されたが、皆、一様に笑顔でオペラを楽しんでいた。このような状況でも、人々は音楽を求めている。いや、このような状況だからこそ、音楽が必要なのだ。
わたしたち音楽ホールの最も重要な仕事は、音楽を通して人々を笑顔にすることである。2020年、2021年、そして2022年とわたしたちにとって試練は続くが、少しでも多くの人々に幸せや愉しみを感じてもらえるようなコンサートを開催したい。わたしたちができることなどちっぽけなことかもしれないが、それが人々の心の平和につながると信じて。
高野 裕子(京都コンサートホール プロデューサー)
(2022/6/15)
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【公演情報】
神に愛された作曲家 セザール・フランク
――フランク生誕200周年記念公演
2022年10月22日(土)15:00開演
京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ
[ピアノ]エリック・ル・サージュ
[ヴァイオリン]弓 新、藤江扶紀
[ヴィオラ]横島礼理 [チェロ]上村文乃
[曲目]
フランク:《前奏曲、フーガと変奏曲 ロ短調》より
ヴァイオリン・ソナタ イ長調
ピアノ五重奏曲 ヘ短調 ほか
https://www.kyotoconcerthall.org/calendar/?y=2022&m=10#key23136
オムロン パイプオルガン コンサートシリーズ
Vol. 70「世界のオルガニスト“ミシェル・ブヴァール”」
2022年11月3日(木・祝)14:00開演
京都コンサートホール 大ホール
[オルガン]ミシェル・ブヴァール
(ヴェルサイユ宮殿王室礼拝堂オルガニスト・パリ国立高等音楽院名誉教授)
[曲目]
フランク:前奏曲、フーガと変奏曲 ロ短調
《3つの小品》より〈英雄的小品〉
《3つのコラール》から〈第3番 イ短調〉
メシアン:《主の降誕》より〈神はわたしたちと共に〉
ほか
https://www.kyotoconcerthall.org/calendar/?y=2022&m=11#key23137
★セザール・フランク 生誕200周年記念ページ
https://www.kyotoconcerthall.org/franck2022/
第26回京都の秋 音楽祭 開会記念コンサート
2022年9月12日(土)14:00開演
京都コンサートホール 大ホール
[指揮]原田慶太楼
[ピアノ]髙木竜馬
[管弦楽]京都市交響楽団
[曲目]
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番 ニ短調 作品30
チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 作品36
https://www.kyotoconcerthall.org/calendar/?y=2022&m=9#key23107
京都コンサートホール×京都市交響楽団プロジェクト
Vol.3「天才が見つけた天才たち――セルゲイ・ディアギレフ生誕150年記念公演」
2022年11月6日(日)14:00開演
京都コンサートホール 大ホール
[指揮]パスカル・ロフェ
[ピアノ]アレクセイ・ヴォロディン
[ヴァイオリン]石田泰尚*(京都市交響楽団特別客演コンサートマスター)
[管弦楽]京都市交響楽団
[曲目]
ストラヴィンスキー:「火の鳥」組曲(1919年版)
プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 ハ長調 作品26
リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェヘラザード」作品35*
https://www.kyotoconcerthall.org/calendar/?y=2022&m=11#key23108
『3つの時代を巡る楽器物語』番外編「ラフマニノフが愛したスタインウェイ」
2022年11月23日(水・祝)14:00開演
京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ
[ピアノ]イリーナ・メジューエワ
[使用楽器]スタインウェイ D-273182(1932年製)
[曲目]
メトネル:《忘れられた調べ》より〈夕べの歌〉作品38-6
ラフマニノフ:ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 作品36
ほか
https://www.kyotoconcerthall.org/calendar/?y=2022&m=11#key23139
京都北山マチネ・シリーズ Vol.11
2022年12月16日(金)11:00開演
京都コンサートホール アンサンブルホールムラタ
[ピアノ]入江一雄
[曲目]
プロコフィエフ:ピアノ・ソナタ第7番 変ロ長調 作品83
チャイコフスキー:《四季》作品37bより〈12月〉
ほか
https://www.kyotoconcerthall.org/calendar/?y=2022&m=12#key23036
第18回京都市ジュニアオーケストラコンサート
2023年1月29日(日)14:00開演
京都コンサートホール 大ホール
[指揮]中田延亮
[指導]京都市交響楽団メンバー
[合奏指導]大谷麻由美、小林雄太
[曲目]
チャイコフスキー:「白鳥の湖」組曲 作品20 より
ムソルグスキー(ラヴェル編):組曲「展覧会の絵」
ほか
https://www.kyotoconcerthall.org/juniororchestra/
★2022年度主催事業ラインアップ