Menu

Pick Up(2021/11/15)|黎明期のピアノと爛熟期のチェンバロの共演~久保田彰氏による新作Antunes~ポルトガルのフォルテピアノお披露目!|大河内文恵

三宮正満presents Vol. 1 古楽の演奏における復元楽器の関わり
  ~作曲家の目指した音楽表現へのアプローチ~ 

黎明期のピアノと爛熟期のチェンバロの共演
  久保田彰の新作「ポルトガルの未知のピアノ、”Antunes(アントゥーネス)”フォルテピアノ」

The dawn of piano and the maturity of harpsichord

2021年10月21日 近江楽堂
2021/10/21  Oumigakudo
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
写真提供:平井千絵

<出演>        →foreign language
三宮正満(バロック・オーボエ)
水永牧子(チェンバロ)
平井千絵(フォルテピアノ)
久保田彰(チェンバロ製作家/お話)

<プログラム>
ソレール:2台の鍵盤楽器のための協奏曲 ハ長調 【Fp & Cem】
D. スカルラッティ: ソナタ K. 208 イ長調 【Cem、Fp弾き比べ】
C. セイシャス:ソナタ ハ短調 【Fp】
D. スカルラッティ:オーボエと通奏低音のためのソナタ K. 89 ニ短調 【Ob, Cem, Fp】
L. ボッケリーニ(編曲:J. ブリーム):序奏とファンダンゴ  【Fp & Cem】

~休憩~

D. スカルラッティ:K.481 ヘ短調 【Fp】
A. ソレール:ファンダンゴ 【Cem】
C. セイシャス:オーボエと通奏低音のためのソナタ ト短調 【Ob, Cem, Fp】

~アンコール~
ジョアン・バプティスタ・プラ/ジョゼップ・プラ:オーボエと通奏低音のためのソナタ ハ短調 D:Ⅰ,1 より第二楽章 アンダンテ

 

チェンバロ製作家の久保田彰氏による、ポルトガル様式のフォルテピアノが完成したお披露目がおこなわれた。午前、昼、夜と3回の公演のうち、筆者は夜公演に足を運んだ。

会場に入ると、青い楽器が2台並んでいた。一見してどちらがチェンバロでどちらがピアノか判別し難い。チェンバロは鍵盤の白と黒が逆になっているものが多いが、この楽器はピアノと同じ。音域も同じ。弦のところを上から覗いて、発音機構を確認するほかない。ライプツィヒの博物館で筆者が見たクリストフォリのフォルテピアノも、チェンバロかピアノか?と言われたら「チェンバロ」と答えたくなるほど、現代のピアノよりもチェンバロに近い楽器だったが、我々が「フォルテピアノ」として知っている、もう少し時代が下ったモダン・ピアノ寄りの楽器よりも、かなりチェンバロに近い見た目をしている。

1曲目はチェンバロとフォルテピアノによる協奏曲。演奏が始まってフォルテピアノの音が鳴る。見た目だけでなく、音も普通のフォルテピアノよりもチェンバロに近いように聞こえた。だが、しばらくして耳が慣れてきたら、低音のほうがだんだんピアノの音に聞こえてくるようになった。

シャリシャリする音の中に、ピアノで鍵盤を下まで押し下げたときに特有な、何かにぶつかっているような打撃音が聞こえ始めたのである。これは紛れもなく「ピアノの音」だ。同じフレーズを2つの楽器の間で遣り取りをすると、その違いがよりはっきりとわかる。なるほど、見た目はそっくりでも、確実に別の方向へ一歩、足を踏み出した、ピアノ誕生の瞬間に立ち会ったような気持ちになった。ピアノは最初からピアノだったのだ。

2曲目のセイシャスのソナタはフォルテピアノのみの演奏。聞いていると、モダンのピアノよりも減衰が早い気がする。かといってチェンバロと同じかといえば、たとえば冒頭の左手の同音連打の部分はチェンバロよりもつながって聞こえる。

3曲目からは編曲ものが続く。D.スカルラッティの鍵盤ソナタをオーボエ、チェンバロ、フォルテピアノで。4曲目はボッケリーニのギター五重奏曲(ギター&弦楽四重奏)第4番の第3楽章をブリームがギターとチェンバロに編曲したもの、をチェンバロとフォルテピアノで。オリジナルのギターの音色を彷彿とさせる音色で、ファンダンゴということもあり、イベリア色が強く感じられた。

休憩後は、フォルテピアノ独奏でスカルラッティのソナタK. 481。平井が、当時弱音をどこまで下げていけるかが長所だと考えられていたと語っていたが、まさにその最弱音の魅力が詰まった演奏で、最後の終わり方の儚さに心を奪われた。続く、チェンバロ独奏はソレールのファンダンゴ。チェンバロで弾いているのに、ギターで弾かれていると錯覚するほどのイベリア感。最後は再び3人で。

この企画は、午前中がレクチャー・コンサート、昼公演と夜公演のトーク・コンサートと3公演おこなわれた。筆者が聴けたのは夜公演だけだが、トーク部分も非常に充実していた。企画者である三宮がそれぞれの奏者や楽器製作者の久保田へインタビューしながら進めていく形がとられたなかで、印象的だったトピックが2つある。ひとつは、ポルトガル宮廷は当時非常に栄えていて音楽も盛んだったのに、1755年のリスボン大地震で85%が倒壊し、津波・火災によって、当時の楽器はもちろん記録も消失してしまったということである。近年、イベリア半島の古い時代の音楽は復興されつつあるが、楽譜やレパートリーと同じく、楽器の復興も重要なファクターとなる。楽譜から何をどう読み取るのかといった作業の際に、楽器の情報は欠かせないからだ。

もうひとつは、演奏者としてだけでなく楽器製作もおこなっている三宮が、同じ製作者として久保田と対等に対話している様子で、それは非常にワクワクする時間だった。復元楽器を制作するときの苦労、すなわち、寸法や素材などを研究し尽くして製作をしているがその探究は一生続くものであるとか、楽器製作というのは音楽家をサポートするためにすることであるという信念に、心を打たれた。

こうした言葉が単なる口先だけでないことを、三宮は実験してみせた。まったく同じモデルで柘植・黒檀・プラスチックと材質が違う3つの楽器を吹き比べ、どれがプラスチックかを当てる試みを観客とおこなったのだ。TVの格付け番組さながらの緊張感のなか、票は見事に割れた。プラスチックの楽器はオリジナルを3Dプリンタで出力したもので、寸法は完全に一致しているはずであるが、だからといって同じ音が出るわけではないことが、各自の耳で確かめられた。

先におこなわれたショパン・コンクールでも、使用楽器が話題になり、今年はイタリアのファツィオリのピアノが本選でも使用されたことに注目が集まった。音楽というと、演奏者に目が向きがちであるが、楽器の製作者(メーカー)もそれを支える重要な一員であることが詳らかになった出来事であった。音楽を聞くとき、目の前にいるのは演奏者であるが、その後ろで支えている人々がいることに、少しでも想像力を傾けていきたい。

(2021/11/15)


—————————————
Players:
Masamitsu San’nomiya (Baroque Oboe)
Makiko Mizunaga (Cembalo)
Chie Hirai (Fortepiano)

Talk guest:
Akira Kubota (Keyboard Instrument Maker)

Program:
Antonio Soler: Concerto for 2 keyboards C-major
Domenico Scarlatti: Sonata K. 208 A-major
Carlos de Seixas: Sonata c-minor
D. Scarlatti: Sonata K. 89 d-minor
Luigi Boccherini: Introduction and Fan dango (arr. Julian Bream)

–intermission—

D. Scarlatti: Sonata K.481 f-minor
A. Soler: Fandango
C. de Seixas: Sonata g-minor

–encore–
Joan Baptista Pla/Josep Pla: Sonata in c D:Ⅰ1, 2nd mov Andante