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Pick Up(2021/5/15)|子どものためのワーグナー《パルジファル》|藤堂 清

東京春祭 for Kids
子どものためのワーグナー《パルジファル》
(バイロイト音楽祭提携公演)

2021年4月3日 三井住友銀行 東館 ライジング・スクエア 1階 アース・ガーデン
Text by 藤堂 清 (Kiyoshi Tohdoh)
Photo by ヒダキトモコ/写真提供:東京・春・音楽祭

<曲目>
ワーグナー:舞台神聖祝典劇《パルジファル》(編曲版)
※台詞部分は日本語、歌唱部分はドイツ語での上演

<出演>
指揮:石坂 宏
アムフォルタス(バリトン):大沼 徹
ティトゥレル(バス):河野鉄平
グルネマンツ(バス):斉木健詞
パルジファル(テノール):片寄純也
クリングゾル(バリトン):友清 崇
クンドリ(ソプラノ):田崎尚美
クリングゾルの魔法の乙女たち:横山和美、金持亜実、首藤玲奈、江口順子
助演:山口将太朗、北村真一郎、浅野郁哉
管弦楽:東京春祭オーケストラ
芸術監督:カタリーナ・ワーグナー

 

東京・春・音楽祭(以下春祭)は今年で17回目の開催となる。ワーグナー・シリーズ、歌曲シリーズ、合唱の芸術シリーズといったように継続性のあるシリーズや、年ごとに異なるテーマで行われるマラソン・コンサートなど多彩なプログラムが組まれている。
昨年は新型コロナの感染の拡大を受け、オペラ、歌曲など多くのプログラムが中止、音楽祭の規模は大幅に縮小となった。
今年も来日音楽家による演奏を予定していたプログラムを中心にかなりの変更を余儀なくされた。中心の一つである舞台神聖祝典劇《パルジファル》も、歌手らの来日の許可が下りず断念。一方、同じ演目で予定されていた「東京春祭 for Kids」の「子どものためのワーグナー」《パルジファル》は指揮者を変更、カタリーナ・ワーグナーによる演出、演技指導はリモートで行い、上演にこぎつけた。
「子どものためのワーグナー」は2019年にスタートし、今回が二回目となる。バイロイト音楽祭総監督であったカタリーナ・ワーグナーが2009年にバイロイトで始めた「子どものためのオペラ」を、同氏監修のもと東京で上演するもの。対象は小学生以上とその保護者である。今回の演目は2015年にバイロイトで上演されたもので、編曲はマルコ・ズドラレクによる。

全曲演奏すれば4時間半ほどかかる《パルジファル》 を、1時間15分程度の縮小版としている。《さまよえるオランダ人》の場合とは異なり、ストーリー自体の簡略化が大幅に行われている。聖杯や槍といった宗教に関わるシンボルについての踏み込んだ説明はなく、「誘惑される」も「お菓子がもらえる」といったイメージの舞台。子どもが物語の進行について悩むことがないように工夫されている。もちろん知っている大人からすれば、「あの場面がない」「あの音楽がカットされている」というところはあるが、セリフでつないでうまい具合に刈り込んである。

会場は前回と同じ、三井住友銀行東館ライジング・スクエア1階アース・ガーデン。広さ13m×25m、高さ9mのロビー空間で、コンサートが開かれることもあるという。その長い辺の一方に舞台とオーケストラの演奏スペースを、反対側の壁際に関係者席を一列置き、間のフロアに敷かれたフェルトに観客用の四角い枠が書かれている。密を避けるため、使用可能な枠は市松模様状に設定され、一昨年より一回当たりの聴衆はかなり少なく、50人程度に制限されていた。
客席を見回した印象では、子供の年齢は小学校3~4年が多いように見受けられた。

オーケストラは、管楽器は二管、弦楽器は4型と30人規模の小編成。しかしロビーの狭い空間での演奏であり、音の厚みに不足はなく、弱音でも響きの美しさを感じることができた。
前回同様、セリフは日本語、歌唱はドイツ語。グルネマンツが担った物語の説明、聞き取りやすく、子供たちを引き入れる力があった。
歌い手と聴衆の距離が10m以内ということもあり、みな力みなく歌っており、大きなホールでもこのフォルムを維持できれば良いのにという気持ちになった。
クリングゾルの魔法の乙女たちの場面、子供たちに受けていた。長時間続いた暗めな場面や音楽で疲れを感じてきていたとき、カンフル剤のような効果があったようだ。これは演出と編曲の勝利といえるだろう。

この日の子供たちが、オペラの聴き手であることを続けていって、いずれはそれを支える側に立ってくれることを期待したい。
そのための環境として「子どものためのワーグナー」の役割、大きなものがある。

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今年の春祭で行われた新たな取り組みについてふれておきたい。

昨年までは、多くの会場でのコンサートが映像収録され、後日オン・デマンドのストリーミングで無料公開されていた。
今年は、有料ストリーミングを実施した。会場にいかなくとも演奏を視聴できる。ただしオン・デマンドはなく、1回限りの公開となる。コロナ禍でさまざまな形で行われてきた有料ストリーミングだが、このようにリアルタイムで会場と音楽をともにする、まさに一期一会というのは、これから拡がりを見せていく可能性があるだろう。
さらに、演奏家が来日できずに中止となったコンサートを現地で無観客で行い、収録、それを日時を決めてストリーミングするという試みも行われている。
4月17日に「ベルリン・フィルのメンバーによる室内楽」をベルリン・フィルハーモニーで収録したコンサート、5月8日と9日には、ミュンヘン・ガスタイクで収録されたシューベルトの歌曲集《冬の旅》と《白鳥の歌》を中心とした歌曲リサイタルがストリーミングされる。有料ではあるが、世界トップクラスの演奏家の現在を確認することができるはず。

有料ストリーミングの視聴数や収入といった評価はこれからだろう。聴く立場の希望としては、オンデマンドの有料ストリーミング、あるいは時間を決め何度か視聴する機会を設けることがあれば、音楽祭をより身近に楽しむことができるのではないかと考える。

(2021/5/15)