コンテンポラリーダンス《RO’M》@ベトナム|加納遥香
コンテンポラリーダンス《RO’M》 アラベスク・ベトナム
Contemporary Dance “RO’M” by Arabesque Vietnam
2024年8月22~25日 17:30開演 @ホイアン(ベトナム)の田んぼの真ん中
2024/8/22-25 17:30- Amidst a golden rice field in Hoi An (Vietnam)
Reviewed by 加納遥香 (Haruka Kanoh) :Guest
Photos by DaiNgostudio
<スタッフ/出演者>
演出・芸術監督:グエン・タン・ロック
音楽監督:ドゥック・チー
振付:チャン・ヴァン・ティン、ヴー・ミン・トゥー
舞台設計:ホアイ・ナム
音響:レオ・ゴー
ダンサー:ゴー・トゥイ・トー・ニュー、チャン・ヴァン・ティン、ヴー・ミン・トゥー、チャン・ジェ・ハン、ファム・ティ・ホアイ・アイン、フイン・クォック・フック、レー・ティ・トゥイ・リン、レー・トゥイ・リン、ドー・アイン・スアン、チャン・ヴァン・ホアイ・カイン
演奏家:フイン・キム・シン、ダオ・ズイ・トゥン、フイン・チャン・チュック、チャン・ティエン・ラム、グエン・ギエップ
Director & Artistic Director / Đạo diễn & Giám đốc nghệ thuật : Nguyễn Tấn Lộc
Music Director / Giám đốc âm nhạc: Đức Trí
Choreographer / Biên đạo múa: Trần Văn Thịnh, Vũ Minh Thu
Stage Designer / Thiết kế sân khấu: Hoài Nam
Sound Engineer / Kỹ sư âm thanh: Leo Ngô
Dance artists / Diễn viên múa: Ngô Thụy Tố Như, Trần Văn Minh, Chang Chieh-Hann, Phạm Thị Hoài Anh, Huỳnh Quốc Phúc, Lê Thị Thùy Linh, Lê Thùy Linh, Đỗ Ánh Xuân, Trần Văn Hoài Khanh
Musicians / Nghệ sĩ âm nhạc: Huỳnh Kim Sinh, Đào Duy Tùng, Huỳnh Thanh Trúc, Trần Thiên Lâm, Nguyễn Nghiệp
ベトナム中部ダナンから車で一時間弱南下すると、観光地としても有名なホイアンにたどりつく。世界遺産に登録されている旧市街地区から車で10分ほどのところには田んぼが広がる。2024年8月、その真ん中に、ステージが現れた。
これは、8月22日から25日に開催された、ダンスカンパニー「アラベスク・ベトナム(Arabesque Vietnam)」によるコンテンポラリーダンス《RO‘M(ロォム)》のためのステージである。
アラベスク・ベトナムは、振付師グエン・タン・ロック(Nguyễn Tấn Lộc)氏により2008年に設立された、ホーチミン市を拠点に活動する民間ダンスカンパニーで、バレエからネオクラシック、コンテンポラリーまで、多様なジャンルを手がける。かつて日本にもダンス留学をしていたロック氏は、「シルク・ドゥ・ソレイユ」での振付経験をもつ。アラベスク・ベトナムのレパートリーの一つである《ザ・ミスト(THE MIST、ベトナム語ではSương Sớm)》は、2018年に日本公演も果たしている。《ザ・ミスト》も、以下で紹介する《RO’M》もそうであるように、アラベスク・ベトナムはベトナムの農村文化を色濃く映し出す作品をつくってきた。
ホイアン市人民委員会とアラベスク・ベトナムの共催で実現した今回の公演では、ホイアンの農家の方々の協力を得て稲穂を一部刈り取り、そこに舞台を設営したようだ。筆者は知人から「田んぼの真ん中にステージがある」と紹介いただいて興味津々になり、ハノイから飛行機に乗って、日帰りでこの公演を見に行ってきた。田んぼの中につくられたステージには正確な住所はなく、筆者にとって、住所のない会場で舞台を見る初めての機会となった。
幸い道に迷うことなく、開演30分ほど前に会場に到着。その瞬間、藁の匂いがぐっと押し寄せてくる。会場には藁でつくったさまざまなオブジェが飾ってあり、それをバックに、観客たちが和気あいあいと写真を撮っている。観客席には竹の楽器が置いてあり、それを手に取って席に座ると、目の前にはやわらかな色合いの空がずっと遠くまで広がり、その空に、これから始まるショーを祝福するかのように小鳥たちが舞っていた。観客が徐々に着席するのにともない、竹の楽器を持ったり試しに鳴らしたりする音が、もうすぐ始まりますよ、という合図のように、そこかしこからカチャカチャと聞こえてきた。
舞台のタイトルは「RO’M」、読み方は中部・南部の発音でロォム(北部読みだとゾォムになる)、意味は「藁」だ。配布パンフレットの紹介や終演後にロック氏にうかがった話によれば、この作品には次のようなアイデアが込められている。藁塚は常に農民の家族のそばにあり、何も語ることはないが、家族を見守り続けている。若い男女が出会い、結婚して子どもを生み、子どもたちもまた藁塚のそばでじゃれ合い遊びながら大きくなり、いずれ孫が生まれ、祖父母は孫の結婚について考える……。このような暮らしが、世代から世代へと続いていく。
このようなコンセプトはとても面白いと思ったものの、正直なところ、筆者は舞台を見ただけではこれを読みとることはできなかった。筆者がパンフレットを読まないまま鑑賞したことや、ベトナムの農村の暮らしについて無知なことによると思うが、もう一つ理由があるとすれば、ダンスが何を意味しているか、ということより、その動き自体の美しさや舞台空間のつくられ方に、より強く惹きつけられたからであろう。
ダンスの素人である筆者の言葉では陳腐な表現になってしまうが、ダンサーたちの動きは、頭のてっぺんや手の指先から足の先まで、シンプルでありながら極めて繊細であった。しなやかで力強いこれら一つ一つの動きには、観る人をぐっと引き込んで目を離せなくするような求心力が働いているように思われた。対照的に、空間を外へ外へと力を分散させるような遠心力を感じさせたのが、箱も屋根もなく、田んぼや空と一体化した開放感あふれる屋外会場である。この2つの力のあいだに、舞台の左右で演奏される音楽が響く。音楽は作曲家ドゥック・チー(Đức Trí)氏の作曲、使用されている楽器は笛、太鼓、ダンチャイン(ベトナムの琴)やダンバウ(ベトナムの一絃琴)、胡弓、月琴やギターなど。ときおり筆者の耳にも聞き馴染みのあるベトナム民間音楽の響きが聴こえてきた。音楽と呼応しながら、ダンサーたちの一つ一つの動作が波長を成して筆者の身体に流れ込んでくる。こうして次第に、筆者にとってこの舞台は、目で見て鑑賞するものではなく、身体全体で感受するものになった。
この舞台の鑑賞を通して、もう少し具体的に印象に残っていることもある。一つ目は、藁の使い方である。藁は、たとえば家族のかたわらに佇む藁塚や、女性が天秤に藁を乗せて担ぐ姿など、物語の一部として登場する。同時に、舞台上にどっさりとある藁は、藁塚になったり、藁の壁になったり、地面に敷き詰められたりもして、舞台の視覚的な構図に変化を与えていた。舞台装飾としての藁のかたちを変化させていくのはダンサーたち自身であり、さらにダンサーたちが藁を担いだり、掴んだり、投げたり、あるいは藁に埋もれたりというように、藁はダンス表現の一部にもなっていた。これほどまでに藁にこだわり、藁と戯れるパフォーマンスには、ベトナム農村文化に真正面から向き合う姿勢が感じられた。
二つ目は、日が暮れた舞台終盤に、太鼓奏者が舞台上の大きな太鼓を力強く鳴らしたときのことだ。和太鼓を彷彿とさせるドンドンという音が田んぼに響きわたると、ちょうどそのとき、まるで太鼓の音とセッションするかのように、舞台向こうの空にもくもくと広がっていた分厚い雲に、稲妻がピカッ、ピカッと何度も光った。雨が降らないかと冷や冷やする気持ちがなかったわけではないが、筆者はそれよりも、ダンスや音楽と自然の見事な呼応に心が揺さぶられてしまった。日が落ち始める17時30分から日没後の18時30分までという上演時間設定自体が夕暮れの空の変化を演出の一つに取り入れたことによるものだが、それだけにとどまらず、予期しない自然現象もパフォーマンスの一部になり、その晩限りの舞台がつくりだされていたのだから。
筆者の周りの観客たちも、舞台にのめりこんでいたように思う。観客の手元に置かれた楽器は、終盤でダンサーの呼びかけに応じて鳴らすために用意されていたものであったが、筆者のみる限り、それ以外のところでも、パフォーマンスの盛り上がりに乗じて観客たちが手拍子のように鳴らしていた。
終演後には30分ほどのアフタートークがあった。出演者一人一人の簡単な自己紹介があり、アラベスク・ベトナムに入団して10年以上経つダンサーから、まだ数ヶ月のダンサーまでいることがわかった。また、観客からの質問も受け付けられた。ベトナム語でのやりとりをすべて正確に聞き取ることができなかったのだが、特に興味深かったのは、ホイアン在住の方からの、「農家出身だからこそ藁を扱うことの心地悪さや苦労を身をもって知っているが、みなさんはどうだったか」という旨の質問だ。これに対してベテランダンサーから、毎日の練習後には身体をよく洗い、鼻うがいをしたが、それでもかゆくて大変だった、という旨の返答がなされた。
このやりとりを聞いた筆者は、ダンサーたちが藁に身体をうずめ、藁と戯れながら美的な身体表現を追求する姿を、ただ藁を使って農民の生活をダンスで表現する、と捉えるのでは不十分だと気づかされた。日頃は都市で生活するダンサーたちが、藁を通して、五感で農村の文化を感じ、身体を張ってそれと向き合いながら、これまでに訓練してきた身体表現を発現させる。このプロセスを経て、この日筆者が目の当たりにした、農村の美しさとダンスの美しさが融合した空間が生みだされたのではないか。《RO’M》は、藁(に象徴される農村文化)とコンテンポラリーダンスの身体動作や芸術的感性の呼応の一形態であると捉えられるのではないだろうか。
ベトナム発のコンテンポラリーダンスは、ベトナム国内でも広く周知されているわけではなく、頻繁に公演があるわけではない。国外においてはなおさらである。筆者も、アラベスク・ベトナムの舞台を鑑賞したのは今回がはじめてであったが、是非また鑑賞したい、そして彼らの芸術表現やベトナム農村に対する想いについてより深く知りたい、と思わされた公演であった。
(2024/9/15)
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加納遥香(Haruka Kanoh)
2021年に一橋大学大学院社会学研究科地球社会研究専攻博士後期課程を修了し、博士(社会学)を取得。現在、同研究科特別研究員。専門はベトナム地域研究、音楽文化研究、グローバル・スタディーズ等。修士課程、博士後期課程在籍時にハノイに留学し、オペラをはじめとする「クラシック音楽」を中心に、芸術と政治経済の関係について領域横断的な研究に取り組んできた。著書に『社会主義ベトナムのオペラ:国家をかたちづくる文化装置』(彩流社、2024年)。現在、専門調査員として在ベトナム日本国大使館に勤務している。