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中江早希 ソプラノ・リサイタル|藤堂清

中江早希 ソプラノ・リサイタル
〈Vollmond Presents “リサイタルシリーズ” Vol.8〉 

Saki Nakae Soprano Recital 

2024年7月13日 Hakuju Hall 
2024/7/13 Hakuju Hall 
Reviewed by 藤堂清 (Kiyoshi Tohdoh) 
写真提供:株式会社フォルモント 

<演奏>        →foreign language
中江早希 ソプラノ
川口成彦 ピアノ

<プログラム>
第一部
《魚とオレンジ》
阪田 寛夫 作詞 中田喜直作曲
1. はなやぐ朝
2. 顔
3. あいつ
4. 魔法のリンゴ
5. 艶やかなる歌
6. ケッコン
7. 祝辞
8. らくだの耳から(魚とオレンジ)

《風に寄せてうたへる春の歌》
三木露風 作詞 山田耕筰 作曲
1. 青き臥床をわれ飾る
2. 君がため織る綾錦
3. 光に顫ひ 日に舞へる
4. たゝへよ、しらべよ、歌ひつれよ

《三つの詩によるソプラノとピアノのための歌》(委嘱作品)
桜木 紫乃 作詞 二橋潤一 作曲
1. ふと 生きて
2. 菩提樹の歌
3. 雨に描く

第二部
《トスカーナ地方の民謡によるワルツの歌》
F. グレゴロヴィウス 作詞
A. ツェムリンスキー 作曲
1. かわいいツバメ
2. 月が悲しそうに昇ってきた
3. 小さな窓よ、おまえは夜閉じている
4. 私は夜にそぞろ歩く
5. 青い小さな星
6. 私は手紙を書いた

《4つの歌 Op. 2》
1~3. リヒャルト・デーメル 作詞
4. ヨハネス・シュラーフ 作詞
A. シェーンベルク 作曲
1. 期待
2. ぼくにあなたの金色の櫛をください
3. 高揚
4. 森の日差し

《女の愛と生涯》
アーデルベルト・フォン・シャミッソー 作詞
R. シューマン 作曲
1. あの人をみたときから
2. 彼はすべての人にまさって
3. わたしは分からない、信じられない
4. わたしの指にはめられた指輪よ
5. 手伝ってちょうだい、妹たち
6. いとしい人よあなたは見つめる
7. わたしの心に、わたしの胸に
8. いまあなたは初めてわたしに苦痛を与えました

(アンコール)
初恋(作詞:石川啄木 作曲:越谷達之助)

 

古楽から現代まで多くのオペラやコンサートで活躍しているソプラノの中江早希のリサイタル。ピアノはフォルテピアノの名手、川口成彦。この二人の組み合わせ、現在の活動からみると接点がありそうに思えず意外な感じを受けるが、配布されたプログラムに答えは書かれていた。大学院時代から何度か演奏会を共にしていたとのこと、同じ時期に東京藝術大学の大学院に在学していたのだろう。
中江は、2009年第78回日本音楽コンクールで入選、まだ北海道教育大学の学生でありながら高い評価を受けた。その後東京藝術大学大学院に進学している。大学院修了後、2015、2018年にはニッセイオペラに出演、モーツァルトの《ドン。ジョヴァンニ》のドンナ・アンナ、《魔笛》の夜の女王を歌っている。また、2020年のバッハ・コレギウム・ジャパンのオペラ・シリーズ、ヘンデルの《リナルド》では、アルミーダを歌い強い印象を与えた。コンサートでもバッハ・コレギウム・ジャパンのソプラノとして不動の地位にあり、カンタータ、オラトリオ、第9などに出演を続けている。オーケストラとの共演も多い。そのほかシェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》を歌うなど多様な活動を行っている。
一方川口は、2018年の第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールで第2位を獲得し、注目を集めた。そのためフォルテピアノの弾き手という印象のみが強いが、モダンピアノでも、音色の多様さ、美しさは際立っている。また藤倉大などの現代作曲家からの作品を受け、その初演や広める活動を積極的に行っている。

プログラムは「愛」をテーマとしたもの。前半、第一部は日本語の歌曲、後半、第二部はドイツ語の歌曲。
1曲目の中田喜直の《魚とオレンジ》は、子どものころの思い出から始まり、通勤電車でのこと、異性との出会い、恋、思春期の様々な思い、結婚、母となる決意といったように、ある女性の愛と人生を描いている。プログラムの6曲目におかれたシューマンの《女の愛と生涯》と呼応するような歌曲集といえるだろう。とは言え、歌われるエピソードは20世紀の独立心の強い女性のもの。シャミッソーの描いた受け身の要素が強い女性像とは異なる。この曲集は、1978年にソプラノ歌手島田裕子のリサイタルのために作詞、作曲されたもの。中江ほど厚みのある声を想定していたわけではないだろうが、中江の歌は軽やかに転がすところでもまったく無理がない。その艶やかな響きとはっきりした日本語で、どの曲も大きな表情を持って歌われる。川口のピアノの音の澄み切った美しさも聴きもの。前奏が始まった段階で引き込まれる。
《風に寄せてうたへる春の歌》は山田耕筰が親交のあった二人に婚礼祝いとして贈ったもの。三木露風の詞は、筆者には歌われる言葉を聴いただけでは完全には理解できなかった。配られた歌詞をみながら聴いた。中江の歌は、十分なダイナミクスを取りながら力むところはなく、歌詞を丁寧に扱っている。ピアノが雄弁に書かれていて、川口の見事なサポートが聴けた。
二橋潤一の《三つの詩によるソプラノとピアノのための歌》はこの日のために委嘱された作品。作詞は桜木紫乃。「愛」をテーマとして書かれたとはいうものの直接的な表現はなく、三曲それぞれに異なる世界を表している。中江の伸びやかな声が美しく聴けた。彼女が大切に歌い続けていくことだろう。
後半の1曲目《トスカーナ地方の民謡によるワルツの歌》は、恋人たちの描写、恋を失った苦しみなど様々な恋模様を歌っている。中江のドイツ語ははっきりしており、キーとなる言葉がよく伝わる。6つの詩それぞれの雰囲気に合ったワルツが、ピアノのリズムに乗って弾きだされる。
シェーンベルクの《4つの歌 Op. 2》は、彼の初期の作品。後期ロマン派の歌曲という趣だが、ピアノの細やかな動きが全体を支配する。川口の繊細な響き、弱音の美しさに引き込まれる。中江の歌も力みなく、実によいバランス。
シューマンの《女の愛と生涯》はタイトルに「愛」が入っていて、この日のプログラムにふさわしいものだろう。彼との出会い、選ばれた喜び、結婚、出産、そして夫の死という、愛と生涯が描かれる。有名な曲だけに個性を出すのはむずかしいところだが、中江はたっぷりとした歌い口で、川口のしっかりしたピアノに乗って、安定した歌唱を聴かせた。

オペラやオーケストラ・コンサートのように大きな枠組みの中で歌うのと違い、リサイタルは歌手が主体的にすべてをコントロールする必要がある。30代半ばの彼女にとって大きな挑戦であっただろう。今持っている力を十分に活かし、すばらしい成果を挙げたと評価したい。
共演者として川口を得たことも大きく寄与したといえる。

(2024/8/15)

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<Players>
Saki Nakae, Soprano
Naruhiko Kawaguchi, Piano

<First Part> (Japanese Songs)
Yoshinao Nakada: Fish and Orange
Kosaku Yamada: Spring songs sung to the wind
Junichi Nihashi: Three Songs for Soprano and Piano
<Second Part>
Alexander von Zemlinsky: Walzer Gesänge nach toskanischen Volksliedern Op.6
Text: F.Gregorovius
1. Liebe Schwalbe
2. Klagen ist der Mond gekommen
3. Fensterlein nachts bist du zu
4. Ich gehe des Nachts
5. Blaues Sternlein
6. Briefchen schrieb ich

Arnold Schönberg: Lieder Op. 2
Text: 1~3. Richard Dehmel, 4. Johannes Schlaf
1. Erwartung
2. Schenk mir deinen goldenen Kamm
3. Erhebung
4. Waldsonne

Robert Schumann: Frauenliebe und Leben
Text: Adelbert von Chamisso
1. Seit ich ihn gesehen
2. Er, der Herrlichste von allen
3. Ich kann’s nicht fassen, nicht glauben
4. Du Ring an meinem Finger
5. Helft mir, ihr Schwestern
6. Süßer Freund, du blickest
7. An meinem Herzen, an meiner Brust
8. Nun hast du mir den ersten Schmerz getan