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東京二期会オペラ劇場公演 プッチーニ:《蝶々夫人》|藤堂清

東京二期会オペラ劇場
プッチーニ:《蝶々夫人》〈日本語および英語字幕付き原語上演〉
ザクセン州立歌劇場(ゼンパーオーパー・ドレスデン)、デンマーク王立歌劇場およびサンフランシスコ歌劇場との共同制作
G.Puccini:MADAMA BUTTERFLY
Co-produced by Tokyo Nikikai Opera Foundation,
Sächsischen Staatsoper (Semperoper Dresden), Det Kongelige Teater,
and San Francisco Opera
Presented by Tokyo Nikikai Opera Foundation
Opera in three acts
Sung in the original language (Italian) with
Japanese and English supertitles

2024年7月21日 東京文化会館 大ホール
2024/7/21 Tokyo Bunka Kaikan Main Hall
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 寺司正彦/写真提供:公益財団法人東京二期会

<スタッフ>        →foreign language
指揮:ダン・エッティンガー
演出:宮本亞門
衣裳:髙田賢三
装置:ボリス・クドルチカ
照明:喜多村 貴
映像:バルテック・マシス
美粧:柘植伊佐夫
合唱指揮:粂原裕介
演出助手:澤田康子
     彌六
舞台監督:飯田貴幸
公演監督:永井和子
公演監督補:大野徹也

<キャスト>
蝶々夫人:髙橋絵理
スズキ:小泉詠子
ケート:石野真帆
ピンカートン:古橋郷平
シャープレス:与那城 敬
ゴロー:升島唯博
ヤマドリ:小林由樹
ボンゾ:三戸大久
神官:菅谷公博
青年:Chion
合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

 

プッチーニの《蝶々夫人》、東京二期会オペラ劇場により2019年に制作されたプロダクション、演出は宮本亞門。海外3劇場、ザクセン州立歌劇場、デンマーク王立歌劇場およびサンフランシスコ・オペラとの共同制作。コロナの影響があり当初の予定よりは遅れたが、各地での上演を行い、今回はいわば凱旋公演といった位置付けとなった。装置のボリス・クドルチカ、衣裳の髙田賢三、照明のマルク・ハインツ、映像のバルテック・マシスといった国際的なチームによる舞台は、美しく、安心して見ていられるもの。

2019年の公演評でも書いたが、演出面で議論となる可能性があるのは宮本亞門が仕掛けた枠組み。繰り返しとなるが、ここでも書いておこう。
音楽が始まる前の無言劇、ピンカートンは臨終の床に臥せっている。彼はジュニア・バタフライ(蝶々夫人との息子、以後ジュニアと表記)を呼び寄せ、自身と蝶々夫人との間で起こったことを遺言として伝える。それまで何も知らされず、ケートを母として育てられてきたジュニアだが、現実には成長の間でさまざまな差別を受けてきた。彼はこの後、オペラの舞台を外から見るかたちで、父と実母の関係や経緯を知り、自分のアイデンティティを認識、母への共感や同情の念を強めていく。
亞門は、この枠組みを活かすために細かな配慮を加えている。第1幕で蝶々夫人を待つ間に水兵が命令書を持って駈け込んできて近々の出港を暗示。また「本当のアメリカの花嫁」と歌う場面では、シャープレスから渡されたケートの手紙を読み喜びの表情を浮かべる。それなのに、蝶々夫人が登場すると、彼女の前にひざまずき、しがみつき、一瞬で恋に落ちたことを示す、といったように。
第2幕の前にもふたたびベッド上のピンカートンとジュニア。ピンカートンが中国との戦いで重傷を負ったことが字幕で示される。蝶々夫人のもとに戻れなかった理由を暗示する。これをうけ、第3幕で登場するときには、脚が不自由という設定。ケートはそんな彼を献身的に支え、さらに蝶々夫人の息子を引き取り「自分の子」として育てると約束。彼女がそれを誠実に守ったことは無言劇の中で示される。
ピンカートンはジュニアに「自分が本当に愛したのは蝶々夫人だった」と伝え、ジュニアが彼にとって大切な存在であったことを知らせる。蝶々夫人の自死は閉じられた障子が真っ赤にそまることで暗示される。その時、舞台上手にはピンカートンの横たわるベッドが再び置かれる。台本では遠くから「バタフライ、バタフライ」と呼ぶとされているところを、彼のいまわの叫びとして使う。このとき看取っているのはジュニアだけ。蝶々夫人が後方よりあらわれ、結婚式の時と同じ若々しい姿にもどったピンカートンとともに舞台後方へと去っていく。

父と母の関係を追体験したジュニア、その後どのように生きていくのだろう?
一方ケートの長年にわたるピンカートンやジュニアに対する献身はなんだったのだろう? 彼女のこれからの人生を支えるものは何なのだろう?
ジュニアの世話を頼まれ一緒に海を渡ったスズキの今後は?
一見すると、蝶々夫人とピンカートン、二人の愛が成就した救いのあるエンディングと見えるが、それだけではすまないさまざまな問題を考えさせられる演出となった。
5年たっても古びることがない舞台。海外の上演でも演出に関して、よい評価があったという。

演奏面で今回感心したのは、指揮のダン・エッティンガー。彼が桂冠指揮者である東京フィルハーモニー交響楽団を率いてのピットであり、もともと両者の間には良好な関係があっただろう。オーケストラはダイナミクスの大きな演奏を実現して見せた。第2幕から第3幕への移行における弱音のやせない美しさ。第2幕で蝶々夫人がシャープレスに「彼が戻らなかったらどうするか?」と問われた時の衝撃的な響きといったように。これらによりオーケストラがドラマを引き出し、表情の大きな演奏となった。その一方、歌手が歌いやすいように配慮した音量の調節など、指揮者の目配り、コントロールも行き届いていた。

歌手の面では、残念ながら、主役二人が少し弱かった。
蝶々夫人の髙橋絵理は良い声は持っているが、高音域では常に大きな声を出す形となり、歌が平板なものになりがちであった。とくに第2幕、第3幕は蝶々夫人が歌う場面が中心。アリア<ある晴れた日>に始まり、シャープレスとの対話、ゴロー、ヤマドリへの拒絶など休む暇なく歌い続ける。オーケストラが雄弁に表情を作り出していたので悪くはなかったが、彼女が音楽的なイニシアティブをとる場面はなかった。
ピンカートンの古橋郷平、長身を生かし演技面では見栄えがよい。しかしこの役としては少し声が細い印象を受けた。それでも無理に張り上げることはせず、きちんと響きをコントロールしていた点は評価できる。
シャープレスの与那城敬がしっかりした歌で、この役の重要性を十分に聴かせた。第3幕でのピンカートンへの強い叱責の演技は、はっとするほどのものであった。スズキの小泉詠子の言葉さばきの見事さは、第2幕、第3幕での蝶々夫人との対話を聴き応えのあるものとした。

全体として演出が目立つ公演であったが、オーケストラの充実もあり、評価できるものとなった。

(2024/8/15)

関連評:東京二期会オペラ劇場《蝶々夫人》| 岸野羽衣

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<STAFF>
Conductor:Dan ETTINGER
Stage Director:Amon MIYAMOTO
Costume Designer:Kenzo TAKADA
Set Designer: Boris KUDLIČKA
Hair & Make-up Designer:Isao TSUGE
Lighting Designer:Takashi KITAMURA
Video Designer:Bartek MACIAS
Chorus Master:Yusuke KUMEHARA
Assistant Stage Directors:Yasuko SAWADA
           Miroku
Stage Manager:Takayuki IIDA
Production Director:Kazuko NAGAI
Associate Production Director:Tetsuya ONO

<CAST>
Madama Butterfly(Cio-Cio San):Eri TAKAHASHI
Suzuki:Eiko KOIZUMI
Kate Pinkerton:Maho ISHINO
B.F.Pinkerton:Gohei KOHASHI
Sharpless:Kei YONASHIRO
Goro:Tadahiro MASUJIMA
Il Principe Yamadori:Yoshiki KOBAYASHI
Lo zio Bonzo:Hirohisa SANNOHE
Il commissario Imperiale:Kimihiro SUGAYA
Young Man:Chion
Chorus:Nikikai Chorus Group
Orchestra:Tokyo Philharmonic Orchestra