東京フィルハーモニー交響楽団 第1000回オーチャード定期演奏会|齋藤俊夫
東京フィルハーモニー交響楽団 第1000回オーチャード定期演奏会
Tokyo Philharmonic Orchestra The 1000th Orchard Hall Subscription Concert
2024年6月23日 Bunkamuraオーチャードホール
2024/6/23 Bunkamura Orchard Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 上野隆文/写真提供:東京フィルハーモニー交響楽団
<演奏> →foreign language
指揮:チョン・ミョンフン
ピアノ:務川慧悟
オンド・マルトノ:原田節
東京フィルハーモニー交響楽団
<曲目>
メシアン:トゥランガリーラ交響曲
第1楽章 序奏
第2楽章 愛の歌1
第3楽章 トゥランガリーラ1
第4楽章 愛の歌2
第5楽章 星々の血の喜び
第6楽章 愛の眠りの庭
第7楽章 トゥランガリーラ2
第8楽章 愛の展開
第9楽章 トゥランガリーラ3
第10楽章 終曲
「愛」とはなんだろうか? 恋人たちの恋愛、親子や家族の中の愛、あるいは友情をも愛の一種と捉えることもできよう。古代ギリシアのエロース、キリスト教のアガペーや、仏教の四無量心、さらには仏教でもその中の密教の秘儀やイスラームの神秘主義の業も我々の生活の内にある愛とは遠いようでいて実は同じ愛の範疇に入るのかもしれない。熱く情熱を燃やす愛もあれば、温かくいつまでも浸り抱き合い続ける愛もあろう。そんな様々な愛の深奥に到る音楽体験、それがメシアン『トゥランガリーラ交響曲』である。
しかし何度聴いても「第1楽章 序奏」の全曲のイントロダクションには驚かされる。複雑なジグザグ模様からつんざくような「彫像の主題」の提示。愛とはかくも激しくかくも難しいものであったのか、と己に問いかけてしまう。今回オーチャードホールのいわゆる「ライブ」な音響特性が仇をなして耳に届く各パートの縦の線にごく僅かな、それこそコンマの世界のズレが生じていたように感じられたが、それでもオーケストラ全体の迫力は揺るがない。
「第2楽章 愛の歌1」、原田節のオンド・マルトノのソロの色気・艶やかさにやられてしまう。恋人たちの恋愛、それも相当に深い仲の恋人同士の愛、睦言であろうか。後半の様々な色が眼前に散るがごときアンサンブルの妙! ミョンフンの采配あってのことであろう。
「第3楽章 トゥランガリーラ1」、クラリネットの神秘的瞑想的ソロもまた「愛」の諸相の一つ。そこから厳かにトロンボーン等が主題を奏で、やがてトランペットや打楽器群とポリフォニックなテクスチュアを作り出す。愛の秘儀、秘教。
「第4楽章 愛の歌2」、穏やかに包み込む愛と迸る愛が交代で現れる。ここも室内楽的な楽想を統率するミョンフンの采配が冴えた。そして務川慧悟の激烈なピアノ!
「第5楽章 星々の血の喜び」、全曲の半ばの頂点をなす楽章。激しすぎる愛。提示部で主題が現れた後の展開部がただひたすらに凄くあっけに取られる。常人には激しすぎる愛、メシアンでしか、そしてミョンフン=東フィルでなければ表現できない愛だ。耳も割れよとつんざくようなラストのロングトーンが愛の有頂天を示す。
「第6楽章 愛の眠りの庭」、第5楽章で激しく愛を交わした後の満たされた安らぎに心が染み入る。務川のピアノによる鳥の鳴き声が窓の外から聴こえてくる。言葉はいらない世界。
「第7楽章 トゥランガリーラ2」、ピアノが名刀の切れ味で跳ね回り、打楽器、オンド・マルトノを巻き込んでケッタイなアンサンブルが浮かび上がる。これも、愛、なのか?
「第8楽章 愛の展開」、愛の主題がパート間で受け渡されつつ次々に展開していく。「愛」とは何なのか、その諸相をひたすらに探求して追いかけるような音楽。最後にまた愛の有頂天が押し寄せるが、務川のピアノが全てを叩き切り、大太鼓と銅鑼が打ち鳴らされる。愛の残酷さ?
「第9楽章 トゥランガリーラ3」、神秘主義的思索に満ちた密やかな楽想。ディオニュソス的ではなくアポロン的な愛。
「第10楽章 終曲」、最後にこれまた凄すぎる過剰な愛の奔流が押し寄せる。オンド・マルトノとピアノを含んだ高速のトゥッティで愛を享楽し、ロングトーンでその官能に溺れる。何を言っても野暮で無駄な究極の愛が形而下に現象する。「愛」の奇跡をこの耳に焼き付け、最後の長い長い和音で歓喜の真の有頂天に至って全曲が了。即座にブラボーの声が満場から湧き上がる!
「愛」なくして人間は生きられず、筆者もまたその「愛」の分身たる「音楽」なしには生きられない、いささか偉そうだがそんな感動を得たまさに字義通り有り難いステージであった。
(2024/7/15)
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<Players>
Conductor: Myung-Whun Chung
Piano: Keigo Mukawa
Ondes Martenot: Takashi Harada
Tokyo Philharmonic Orchestra
<Piece>
Messiaen: TurangalÎla Symphony
I. Introduction
II. Chant d’amour 1(Love Song 1)
III. TurangalÎla 1
IV. Chant d’amour 2(Love Song 2)
V. Joie du sang des étoiles(Joy of the Blood of the Stars)
VI. Jardin du sommeil d’amour (Garden of Love’s Sleep)
VII. TurangalÎla 2
VIII. Développement de l’amour (Development of Love)
IX. TurangalÎla 3
X. Finale