Menu

5月の2公演短評|齋藤俊夫

♪團伊玖磨生誕100年記念コンサート
♪ラ・フォル・ジュルネTOKYO2024 ミチヨシ&山根VS伊福部の伝説、再び!

♪團伊玖磨生誕100年記念コンサート→演奏・曲目
2024年5月4日 紀尾井ホール

筆者の先入観として、團伊玖磨の音楽は芥川也寸志や黛敏郎のそれに比して鈍重でキレがなく野暮ったいものだという印象があった。その象徴として、筆者にはどうしても彼の作品で人口に膾炙している「さん」三部作「ぞうさん」「ありさん」「やぎさん」の童謡が良いものとは思えなかったのである。そんな先入観を持ってしまった身として、今回のコンサートは史的な意味合いは濃いが音楽的にはあまり期待していなかったというのが正直なところである。
しかしその筆者の先入観を思い切り覆す稀有な体験を得られた。
前半、『夕鶴』より「つうのアリア」がしんみりと美しく感じられたのは想定内として、驚かされたのは交響曲第2番のソリッドな構築性と豊かな歌心のアマルガムとでも言うべき完成度であった。CD録音も持っているのに、今まで私は何を聴いていたのかと自分に問いただしたくなるような体験。
後半、聴き慣れたはずの『祝典行進曲』の溌剌とした生命力の新鮮さにまた唸らされた。齊藤一郎と読売日響の実力や恐るべし。『筑後川』『西海讃歌』も交響曲第2番に通じる構築性と歌心に満ちており、その感興は他に代え難く、また音楽的ノスタルジアを呼び覚ます。アンコールの『花の街』まで喜びに満ちた会となった。
会場には『祝典行進曲』を贈られた上皇・上皇后ご夫妻が臨席され、盛んな拍手をもって迎えられていた。このことも、このような背景を持った「戦後文化人」としての團伊玖磨を象徴していたように感じられた。「さん」三部作にも改めて向き合えば新しい何かが見えてくるのかもしれない、そんなことも考えてしまった。

♪ラ・フォル・ジュルネTOKYO2024 ミチヨシ&山根VS伊福部の伝説、再び!→演奏・曲目
2024年5月5日 東京国際フォーラムホールA:グランディオーソ

2016年7月10日東響の奇跡的ライヴ録音が今でもマスターピースとして語り継がれている井上道義&山根一仁のタッグが再び!と事前からワクワクのヴォルテージが凄いことになっていた伊福部昭『ヴァイオリンと管弦楽のための協奏風狂詩曲』、予想も期待も遥かに上回る会心の演奏となった。
第1楽章の序幕から、井上は山根に全てを委ね、全オーケストラを山根が牽引するような演奏。山根の身も音もしなやかにかつ獰猛な様は黒豹を思わせ、あるいはなよやかにかつ艷やかな様は絶世の美女を思わせる。伊福部がコメントしていたようにジプシー(ロマ)ヴァイオリンのような淀み、濁りも含んだその音で何かに憑かれたシャーマンのように音を虚空に捧げる山根とそれを取り囲む新日フィルの一体感ときたら! 最後に井上がクルッと回ってこちらを向くまでこちらも彼らと伊福部の音楽に憑かれてしまった。
2022年11月N響の、何故不満足だったのか判然としないが筆者には確かに不満足だった『シンフォニア・タプカーラ』に井上が再チャレンジということでプログラム後半も興味津々な演目。
結論から言うと、以前の『タプカーラ』に欠けていたと今なら思われる野趣に満ちた再現で、筆者は終始感激し続けてしまった。
伊福部がどこかで言っていたように、「都会のペーヴメントを革靴を履いて歩くのではなく、田舎の泥道を裸足で歩くような音楽」こそが伊福部音楽の真髄だと筆者は捉えているが、その泥臭い音楽――あえて言えば西洋文明に反する――を井上と新日フィルが実現してくれた。その秘訣は旋律の荒っぽさもさることながら、伴奏とオブリガートの分厚い層に支えられたオーケストラ全体の轟々たる響きにあると筆者は聴いた。だが(たしか石井眞木をして)「マーラー以上のレント」と言わしめた第2楽章の息を飲む神聖な響きもまた感激させられた。第3楽章では打楽器群がマレットではなく素手で楽器を叩くというこれまた野趣に富んだ趣向を見せ、終盤どんどん加速していくなか、どんどん動きが簡略化していきもうなんだかよくわからない踊りを見せてくれる井上、最後は踊り抜いて打楽器奏者と井上でクラッカーを「パン!」と弾けさせて全曲終了。チャーミング!
井上・山根・新日フィルと伊福部昭との幸せな邂逅に付き合えたことを心から喜べる、だがもう2度とないという意味でも心に刻まれる演奏会であった。

♪團伊玖磨生誕100年記念コンサート

<演奏>
指揮:齊藤一郎
演奏:読売日本交響楽団(コンサートマスター・林悠介)
ソプラノ:小林沙羅(*)
ヴァイオリン:小林武史(**)
合唱:東京混声合唱団(***)、團伊玖磨生誕100年記念合唱団(***)
<曲目>
歌劇『夕鶴』より前奏、つうのアリア(*)
ヴァイオリンとオーケストラのためのファンタジア第1番(**)
交響曲第2番変ロ調全3楽章
祝典行進曲
混声合唱組曲『筑後川』(作詩:丸山豊)(***)
合唱と管弦楽による『西海讃歌』(作詩:藤浦洸(***)

♪ラ・フォル・ジュルネTOKYO2024 ミチヨシ&山根VS伊福部の伝説、再び!

<演奏>
ヴァイオリン:山根一仁(*)
新日本フィルハーモニー交響楽団
指揮:井上道義
<曲目>
伊福部昭:ヴァイオリンと管弦楽のための協奏風狂詩曲(*)
伊福部昭:シンフォニア・タプカーラ