Pick Up (2024/5/15)|国際古楽コンクール山梨2024|大河内文恵
第35回国際古楽コンクール山梨
International Competition for Early Music YAMANASHI, Japan
2024年4月26日~4月27日 甲府商工会議所、Cotton Club
2024/4/26-27 Kofu Chamber of Commcerce and Industry, Cotton Club
2024年4月28日 山梨県立図書館多目的ホール
2024/4/28 Hall of the Prefectural Library, Yamanashi Prefecture
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by 田中優一
甲府に「国際古楽コンクール山梨」が戻ってきて2年目。前回(2年前)の鍵盤楽器&アンサンブル部門は府中と立川でおこなわれたので、これでようやく全部門の開催が山梨に戻ってきたことになる。昨年同様、コロナ前にはおこなわれていた楽器の展示や表彰式後のフェアウェル・パーティーの開催は取りやめられた。
今年も、海外からの審査員を迎え、コンテスタントにも海外からの参加者がみられた。応募者は、鍵盤楽器部門がチェンバロ23名、フォルテピアノ7名の計30名、アンサンブル部門が5グループ。今年は体調不良などでのキャンセルはなく、そういった意味でも元に戻ったと言えるかもしれない。初日の26日には、チェンバロのうちの8名、フォルテピアノ7名の予選がおこなわれた。
ここで楽器のことにふれておこう。今年は、コンクールでの使用楽器に変更があり、新しく製作された楽器が複数使用されたのが特徴的であった。コンクールで使用されたのは以下の6台:
イタリアン・タイプ: A.ウッダーソン製作(ギタルラ東京古典楽器センター所有)
ヴァージナル:久保田彰製作
フレンチ・タイプ:野神俊哉製作
ジャーマン・タイプ:B.ケネディ製作(ギタルラ東京古典楽器センター所有)
フレミッシュ・タイプ:久保田彰製作
フォルテピアノ(A.ワルター・モデル):太田垣至製作
このうち、フレミッシュ・タイプとフォルテピアノが新製作の楽器であった。
これら以外に、コンサートのみで使用された楽器が1台(フレンチ・タイプ(C.ラブレッシュ・モデル):横田誠三製作)。
これまではコンテスタントが事前にa=415かa=440のどちらかのピッチを申請し、それに合わせて予選が組まれていたが、今年は、ピッチはすべて同じに設定され、そのために予選は50音順に組まれていた。会場の楽器が同じピッチであったゆえか、休憩時間に3台同時に調律がおこなわれている場面が印象的だった。
予選2日目は午前中にアンサンブルが5グループ、午後にチェンバロの15人が演奏をおこなった。これまでこのコンクールは、ここはイタリアですか?というくらい休み時間が長かったのだが、今回は昼休みが1時間半、ブロックの途中の休みは15分、ブロック間の休みも30分もないくらいで全体にタイトなスケジュールであった。それでも時間が押すことはほとんどなく、おおよそ予定通りに進行されていた。2日間の予選を経て、27日夜に鍵盤楽器名7名、アンサンブル2グループの本選出場が発表された。
過去の入賞者によるコンサートは、例年通り3回行われたが、昨年度は旋律楽器3名、声楽2名の計5名が入賞したため、実行委員長の荒川氏が3つのグループに振り分けておこなったという。入賞者の中に鍵盤楽器奏者がいないため、3回すべて過去の入賞者である福間彩がチェンバロを担当した。本番3回に加え、リハーサルも含めると厳しいスケジュールだったと想像されるが、何ということもなく3日間入賞者たちを支え続けたのはさすがである。
26日はバロック・ヴァイオリンの丸山韶(旋律楽器部門3位)バロック・チェロの中村仁(旋律楽器部門3位)が組んでおこなわれた(演奏会の曲目は末尾に掲載)。ヴァイオリン、チェロ、チェンバロのアンサンブルで標準的な編成はソナタであろう。しかし、その場合、ヴァイオリンはソロ楽器だが、チェロは通奏低音を担当するため、比重が下がってしまう。奏者間のバランスをとったのであろう、2曲目と3曲目は中村のチェロによる無伴奏作品だった。バッハの無伴奏チェロ組曲に続いてダッラーバコ(1) のやはり無伴奏チェロ作品。中村は昨年の予選・本選を通じて高い技術力を要する作品を多く演奏し耳目を集めたが、ややもすると危うさが感じられた昨年と比べ、技術が安定し、さらに叙情性の高さが加わったことが演奏から感じられた。続くバリエールのソナタも圧巻。コットン・クラブの狭い空間の中で、目の前でこの曲の演奏が聞けたのは幸せな時間だった。
再び丸山が合流してヴェラチーニのソナタ。丸山の柔らかい弓遣いが冴える。アンコールはプラッティのトリオ・ソナタより。この曲はヴァイオリンとチェロが完全に対等で、しかも1楽章は叙情的、2楽章は速いテンポで技巧を聴かせる。初日とは思えないほどの飛ばしっぷりに会場も盛り上がった。
27日はソプラノの西祐麻仁(声楽部門3位)とフラウト・トラヴェルソの大井恵理子(旋律楽器部門2位[最高位])に丸山と福間が加わった布陣。「春らしい音楽」というテーマで最初のうちは比較的よく知られた曲が並び、ゆったりと聞いていたのだが、3曲目のメールラで入ってきたオブリガートのヴァイオリンのよいこと! 鍵盤楽器の伴奏だけでも充分成立するのだが、そこに旋律楽器が入るとこんなに音楽が多面的な豊饒さをみせるのかと驚いた。
イギリス、イタリアと来て、続いてはフランス。クープランの王宮のコンセール第4番を前半と後半に分け、その間に西の歌を入れるという凝ったプログラム。まず、西のフランス語のディクションの素晴らしさに心を掴まれた。古い時代のフランスものを歌える歌手は日本ではかなり限られていたが、頼もしい限りである。ここでもブセの曲に入れられたオブリガートのフラウト・トラヴェルソが良い効果をもたらしていた。
再びのクープランを挟んで、女性作曲家のピネルの小さなカンタータとアーンの可愛らしい曲。終わった時、「贅沢な時間を過ごせた」と心から思った。この日は朝から夜までずっと予選を聞いていて、もちろん心震える時間もあったのだが、やはりずっと聞いていて疲労がたまっていたのだが、すっかり浄化されたような気持ちになった。入賞者コンサートは、第1に、前年度の入賞者のその後の成長を見届ける場であるのだが、こうした役目もあったのだなと実感した。コンサートが終わると、本選出場者の発表があり、鍵盤楽器部門7名、アンサンブル2グループが本選へ進んだ。
最終日は、山梨県立図書館の多目的ホールにて本選会。昨年はコロナ禍で人数が55人に制限されているということで、フラットのまま55個の椅子が置かれていたが、山台が復活し、再び大勢が入れるようになった。このお蔭で早い時間から並ばずに済み、休憩時間にカフェに行く余裕もうまれた。
本選は午前に鍵盤楽器の4名、昼休憩をはさみ、午後にアンサンブル2グループと旋律楽器部門が3名の演奏がおこなわれた。毎年思うが、厳しい予選を潜り抜けてきた出場者たちの演奏は、コンクールであることを忘れそうになる。
入賞者コンサートの最後はソプラノの櫻井愛子(声楽部門2位[最高位])を中心として、大井、中村、福間が加わったもの。櫻井はウィーンで研鑽を積んだ経験があり、ドイツものを中心としたプログラムである。昨日の西のフランス語も素晴らしかったが、櫻井のドイツ語のディクションも絶品。ディクションの音としての美しさと意味を伝える側面とが見事に両立しており、歌詞の内容が深く伝わってくる。3曲目ではシュッツの小宗教コンチェルト集第1部(全24曲)の第1曲目のみが歌われたが、このコンチェルト集の他の曲も聴いてみたいと思った。
このプログラムでは、櫻井の歌のほかにテッサリーニのソナタとキルンベルガーのソナタが演奏され、大井のフラウト・トラヴェルソを再び堪能できたのだが、それだけでなく、ヴィヴァルディのアリアやハッセのアリアでもオブリガートのフラウト・トラヴェルソが活躍したし、バッハの結婚カンタータではチェロの技巧が披露された。1時間というコンサートとしては短い時間のなかに、出演者全体にバランスよく曲を組んであり、もちろん聴きごたえも充分にあり、最後を飾るにふさわしいコンサートだった。
このコンサートの最後にはサプライズが準備されており、丸山、西も参加して昨年の入賞者全員による演奏がアンコールとしておこなわれた。演奏が終わった後、荒川氏より、入賞者コンサートはすべて自分たちだけでプログラムを組み、1年の成長をみせたことを称えるコメントが寄せられ、これから発表される今年の入賞者もそうであって欲しいこと、これらの成果は皆さまの応援あってこそだと強調された。
表彰式の結果発表の前に、コンクールのスポンサーである株式会社印傳の上原勇七氏より挨拶があった。印傳の創業と古楽の時期がほぼ同じであることが語られ、関係者一同への感謝の念が語られた。続いて、審査委員長の大竹尚之氏による講評。コンクールの初期の頃と近年とでは時代の差が大きいことがまず挙げられた。チェンバロに触ったこともない人も出場していた初期の頃と違い、今日ではチェンバロもそしてフォルテピアノも練習する環境ができてきた。そのため、今回はフォルテピアノとチェンバロを同列に扱ったという。
そこで気づいたのは、フォルテピアノとチェンバロの本選出場者数である。フォルテピアノは予選7名のうち3名が本選に出場し、チェンバロは予選23名のうち4名が本選に出場した。単純な数比でみれば、チェンバロの本選出場者が少ないように感じるが、それぞれから選んだのではなく、鍵盤楽器全体から選考したのであれば、予選出場者と本選出場者との比率が楽器により異なっていてもおかしくはない。そういうことだったのかと納得した。
さらに大竹氏は、昨今のAIの発達にも言及し、「演奏をするとはどういうことなのか」という本質に切り込んだ。作品に理想的な完成形が存在していてそれを真似るのではなく、新たに作品に向き合うことが大切であると強調された。
今回、課題曲にバッハのフランス組曲やモーツァルトのソナタなど、大人のコンクールではあまりみかけない作品が含まれていた。これらの曲は、ピアノを学習していた奏者なら子どもの頃に必ず弾いたことのある曲であろう。こうした曲は子どもの頃の癖が手に残っていて、大人になってから弾くのは通常とは異なる困難をともなう。それはチェンバロやフォルテピアノで弾くとしても同じことで、これらの曲に苦労しているコンテスタントは多かった。その中でも、聴いたことのないような豊かな世界を聞かせてくれた出場者がいたのも事実である。「いい曲だけれど、もうこれ以上やることはない」なんてことは決してないのだということを、今回のコンクールを通じて、何度も実感したのは筆者だけではあるまい。
来年度は2025年4月25日(金)~27日(日)に声楽部門と旋律楽器部門で開催されると予告された。また来年甲府でお会いしましょう。
(2024/5/15)
(1)なお、中村がトークの中で「ダッラーバコの作品は近年、モダン・バロックを問わず、チェロ奏者によく演奏されるようになってきた」と語っていたが、このジュゼッペ・マリア・クレメンテ・ダッラーバコは、コンチェルトなどで有名なエヴァリスト・ダッラーバコの息子である。
4月26日(金)
丸山 韶(V) 中村 仁(Vc) 福間 彩(Cem)
於: Cotton Club
トマゾ・ジョヴァンニ・アルビノーニ:「室内での和声の楽しみ」 Op. 6-6 イ短調
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番 BWV 1007 より プレリュード
ジュゼッペ・マリア・クレメンテ・ダッラーバコ:無伴奏チェロのためのカプリッチョより 第2, 10, 11番
ジャン=バティスト・バリエール: チェロと通奏低音のためのソナタ 第1巻より 第5番 ヘ長調
フランチェンスコ・マリア・ヴェラチーニ:12のヴァイオリン・ソナタ集 Op. 1-1ト短調
アンコール:
ジョヴァンニ・ベネデット・プラッティ:トリオ・ソナタ WD678より 第1・2楽章
4月27日(土)
西 祐麻仁(S) 丸山 韶(V) 大井絵理子(Fl) 福間 彩(Cem)
於: Cotton Club
H.パーセル:ひとときの音楽
G.B.フォンタナ:ソナタ3番
T.メールラ:そんなふうに思うなんてどうかしてる
F.クープラン:王宮のコンセール第4番より
I.プレリュード – II. アルマンド – フランス風クーラント
H.ダンブリュイ:私が耐え忍んだ不幸の後に
J–B.ブセ:なぜ、優しいナイチンゲールよ
F.クープラン:王宮のコンセール第4番より
V.サラバンド – VI.リゴドン – VII.フォルラーヌ
J.ピネル:春
T.アーン:蜂が蜜吸うところで
4月28日(日)
櫻井愛子(S) 大井絵理子(Fl) 中村 仁(Vc) 福間 彩(Cem)
於: 山梨県立図書館多目的ホール
アントニオ・ヴィヴァルディ:カンタータ《疑惑の陰の下で》(RV 678)より
レチタティーヴォ「疑惑の陰の下で」 ―アリア「心は慣れない」
カルロ・テッサリーニ:フラウト・トラヴェルソと通奏低音のための12のソナタより
9番 イ短調
ハインリッヒ・シュッツ:神よ 急いで私をお救いください (SWV 282)
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ:
私のイエスよ! 何という心の痛みが(BWV 487)
カンタータ《しりぞけ、もの悲しき影》(BWV 202)より
レチタティーヴォ: 世は装いを新たにし ―
アリア:フェーブスは駿馬を駆り
カンタータ《全地よ、神に向かいて歓呼せよ》(BWV 202)より
レチタティーヴォ: 我は宮に向かいて伏し拝む―
アリア: いと高き者よ、汝の慈しみよ
ヨハン・フィリップ・キルンベルガー:ソナタ ト長調
ヨハン・アドルフ・ハッセ:カンタータ《この美しい胸》(H 62) より
レチタティーヴォ「この美しい胸」 ―アリア「緑の中は甘い春」
アンコール:
ヘンデル:オラトリオ《マカベウスのユダ》より「おお素晴らしい平和よ」