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WELTENTRAUM ワールドドリーム~世界をつなぐ音楽(日本編)|柿木伸之

WELTENTRAUM ワールドドリーム~世界をつなぐ音楽(日本編)
WELTENTRAUM — Music between the Worlds

2024年3月22日(金)19:00開演/ゲーテ・インスティトゥート東京ホール
March 22, 2024 / Auditorium of the Goethe-Institut Tokyo
Reviewed by 柿木伸之(Nobuyuki Kakigi)
写真提供:ゲーテ・インスティトゥート東京(Photos by Goethe-Institut Tokyo)

〈演奏〉        →foreign language
クラリネット:イブ・ハウスマン
ヴァイオリン:レア・ハウスマン
チェロ:サミュエル・シェパード
能声楽:青木涼子

〈曲目〉
フランツ・ヨゼフ・ハイドン:クラリネット、ヴァイオリン、チェロのための三重奏曲変ホ長調Hob. IV: Es1
細川俊夫:クラリネットのための《エディ》(2009)
レインゴリト・グリエール:ヴァイオリンとチェロのための8つの小品Op. 39より
ベルント・フランケ:謡のための《IZUTSU ‒ Memento》(2020)
モートン・グールド:《ベニーズ・ギグ》
細川俊夫:チェロ独奏のための《小さな歌》(2012)
ダリウス・ミヨー:ヴァイオリン、クラリネット、ピアノのための組曲Op. 157bより《あそび》
山口恭子:《動物の歌》(2013)より謡とクラリネットのための「鶯(うぐひす)のうた」
イブ・ハウスマン:クラリネットのための《Ohnung》(1996)
山口恭子:《動物の歌》より謡とクラリネットのための「まいまいのうた」
フランツ・ヨゼフ・ハイドン:クラリネット、ヴァイオリン、チェロのための三重奏曲変ロ長調Hob. IV: Es3
〈アンコール〉(いずれもヴァイオリン、クラリネット、チェロのための編曲による)
ユハ・T・コスキネン:謡、クラリネット、ヴァイオリン、チェロのための《Yugao – Dance》(2023)
ヨハン・ゼバスティアン・バッハ:コラール「われ汝に呼ばわる、主イエス・キリストよ」BWV177

 

クラリネット奏者のイブ・ハウスマン、ヴァイオリニストのレア・ハウスマン、そしてチェリストのサミュエル・シェパードにより結成されたアウレウス・トリオの東京滞在に合わせ、3月22日に実現した演奏会「WELTENTRAUM」はごく短期間で企画されたと聞くが、一つの時の流れに聴き手を誘うものとして構成されていた。プログラムに挙がった11曲は、作曲時期もさることながら、曲が生まれた場所も実に多様であるが、不思議な照応を示しながら一つの潮流をなしていたように感じられた。
それはまず、11曲が80分ほどのあいだに、ほぼ間を置かずに演奏されたことに起因していようが、その効果が最も顕著に現われたのは、山口恭子の謡とクラリネットのための「動物の歌」からの二曲が、イブ・ハウスマンの作品──彼は作曲家でもある──を挟むかたちで演奏された終盤の流れだった。ハウスマンのクラリネットと青木の謡の絶妙な掛け合いのなかから、生きものたちの世界とその彩りが、生きものの側から紡ぎ出されるユニークな作品のカデンツァのように《Ohnung》が響いた。それほど一連の流れは自然だった。

ハウスマンの《Ohnung》も興味深い作品と思われた。その表題は、一つの音に聴き入るなかから音楽を展開しようとする姿勢を暗示しているように思われる。それはドイツ語で「予感」を意味するAhnungの語と、「耳」を意味するOhrの語の組み合わせと見える。あるいは「住まい」を意味するWohnungの語から最初のWを抜いたと取ることもできるかもしれない。最初の音が静かに持続するなかから徐々に渦巻くような運動が始まり、やがてそれが激しく、多元的に展開する過程には、眩暈を覚えるほどの勢いがあった。
もしかすると宙に消え入った最後の渦は、耳を別の生き物の世界へ引き込むものだったのかもしれない。山口の「動物の歌」の二曲においては、人間が意識できない生きものの世界の動きを、間歇的ながら独特の歌に貫かれたクラリネットの独奏が暗示する。その動きは、例えば一枚の葉の上の、あるいはそこから滑り落ちる様子を感じさせながら、一つの流れを形づくる。それに、「鴬」と「まいまい」がみずから歌うユーモラスな詩が応える。そのなかで生きものの願望が吐露される際、謡の声色がおもむろに変化するのも面白い。

その瞬間、音楽の別のひだが開かれると同時に、生きものが見る夢の世界へ誘われるようでもあった。今回の演奏会のドイツ語の表題「WELTENTRAUM」は、直訳すれば、「さまざまな世界の夢」となるが、それはたんに地球上のさまざまな地域に暮らす人々の世界を夢想すること──取り上げられた11曲はそれを可能にする多様性を示していた──だけでなく、さまざまな生きものの世界を夢見ることも含意していたと思われる。種の境界を越えて。山口の「動物の歌」からの二曲の演奏は、そのような夢想へ聴き手を誘っていた。
これに対して、青木の謡のために書かれたベルント・フランケの《IZUTSU ‒ Memento》は、能における夢幻という出来事を、音楽によって掘り下げるものと思われた。ただしこの作品における音楽は、鳴り響くことはない。それはむしろ、身ぶりとそのリズムから感じ取られる一つの流れである。世阿弥の「井筒」のテクストの断片が一陣の風のようにささやかれた後、謡われるというサイクルが、三つの場所を移動しながら繰り返されるが、そこに拍子木を打ち鳴らすリズムと足拍子のリズムが加わってくる。

とりわけ足拍子は、何かが迫り来る気配を伝えながら、身ぶりの一連の流れに奥行きをもたらしていた。それによって緊張感が高まったところで青木は中央へ移動し、鉢に溜められた水を汲んでは注ぐ。それに謡が続くことによって、紀有常の娘の霊の到来が一つの情景として浮かび上がる。そのなかで青木の声は、徐々に艶やかさを増しながら、この井筒の女の在原業平への恋慕の情の高揚を伝えていた。その霊が水音を残して消え去るまでの過程が一つの出来事として演じられたのは、今回の演奏会において最も印象的だった。
フランケの《IZUTSU ‒ Memento》は、「井筒」の舞台における現象を、その空間の開かれから一つの音楽として構成しようとする試みとして興味深い。今回の演奏会で、この作品とともに細川俊夫の二つの作品を聴けたのも貴重だった。クラリネット独奏のための《エディ》の音楽は、最初の音のなかから、これも螺旋を描くように繰り広げられるが、その過程がひと筋の太い線として響いたのが印象的だった。それを支える強い息によって、特殊奏法も自然な流れのなかに位置づけられる。

ハウスマンの《エディ》の力強い演奏に耳を傾けながら、一つの響きにもう少し深く聴き入る時間があってもよいのではと思ったが、同様のことはサミュエル・シェパードのチェロによる《小さな歌》にも感じた。彼の演奏に関しては、一つの音から聴き取られるひだを豊かに繰り広げる音楽に、若々しい情熱が込められていたのに清新さを感じた。類いまれな豊潤さを持つレア・ハウスマンのヴァイオリンの音の魅力は、グリエールの小品において発揮されていた。憧れに満ちた歌が、闇のなかから艶やかに広がっていく。
アウレウス・トリオの特徴は、このように多様な作品を取り上げながら、それぞれの作品の世界へ聴き手を誘い、その音楽の愉悦をどこか舞台芸術のように生き生きと伝えるところにある。ミヨーとグールドの作品からは、それがもたらすグルーヴも感じられた。プログラムの両端に置かれたのは、ヨゼフ・ハイドンに帰せられるクラリネット、ヴァイオリン、低音のための二曲の三重奏曲。その闊達な演奏は、音楽によるさまざまな世界の旅の出発点と着地点を示すとともに、このトリオの自由な音楽の姿も暗示していた。

(2024/4/15)

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[Performers]
Clarinet: Ib Hausmann
Violin: Lea Hausmann
Violoncello: Samuel Shepherd
Noh-Singer: Ryoko Aoki
[Program]
Franz Joseph Haydn: Trio for Clarinet, Violin, and Violoncello in E-flat major Hob. IV: Es1
Toshio Hosokawa: “Edi” for Clarinet (2009)
Reinhold Moritzevich Glière: From Eight Morceaux for Violin and Violoncello Op. 39
Bernd Francke: “IZUTSU ‒ Memento” for Noh-Song (2020)
Morton Gould: “Benny’s Gig”
Toshio Hosokawa: Small Chant for Violoncello (2012)
Darius Milhaud: “Jeu” from Suite for Piano, Violin, and Clarinet Op. 157b
Yasuko Yamaguchi, “Song of Bush Warbler” from “Songs of Animals” for Noh-Song and Clarinet (2013)
Ib Hausmann: “Ohnung” for Clarinet (1996)
Yasuko Yamaguchi: “Song of Land Snail” from “Songs of Animals”
Franz Joseph Haydn: Trio for Clarinet, Violin, and Violoncello in B-flat major Hob. IV: Es3
[Encore] (Both pieces were arranged for violin, clarinet, and violoncello)
Juha T. Koskinen: “Yugao – Dance” for Noh Voice and Clarinet, Violin, Violoncello (2023)
Johann Sebastian Bach: Choral “Ich ruf’ zu Dir, Herr Jesus Christ” BWV 177