3月の2公演短評|齋藤俊夫
2024年3月の2公演短評
♪kasane vol.3 Circulation -類質と多様-
♪星谷丈生作品個展 刹那の慣習
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
♪kasane vol.3 Circulation -類質と多様- →演奏、曲目
2024年3月16日 オーキッドミュージックサロン
今月号の別の記事にも書いたが、前衛派電子音楽はもはや古典的・伝統的なものとなっていると筆者は考える。さらに言えば、電子音楽を本歌としてアコースティック音楽を書くことも可能である。今回のkasaneのヴァイオリンとエレクトロニクスによる諸作品を聴いて筆者が受け取ったのは古典的前衛音楽としての電子音楽が今なしうることは何か、また古典的前衛音楽としての電子音楽を通過したアコースティック前衛音楽に何がなしうるか、という挑戦の心意気である。
全体を通して感想を言えば、実に攻撃的な作品が揃ったものだ。電子音楽と言えば攻撃的、という発想はまさに古典的前衛音楽としての電子音楽の伝統なわけだが、今回もそれに倣っている。ただし攻撃性がこちらの耳への刺激となってくると楽しいことこの上ない。
コマス、陳銀淑、モミそれぞれの電子音楽の姿勢の「類質と多様」が見えてくる。中でも筆者が楽しんだのはモミのヴィオラと2台のスピーカーによるエレクトロニクスの競争的(とでも呼べるだろうか)室内楽作品である。ヴィオラはじっくりゆっくり弓奏するのだが、エレクトロニクスが広範囲に拡がったり収束したりして聴き手もヴィオラ奏者の松岡もじっくりなどしていられない。松岡がヴィオラに息を吹きかけたり歌ったりするのをマイクで拾ってノイズとして拡声するなど、よく考えつくものだと感心することしきり。最後は人かエレクトロニクスかどちらが音源かわからないが息を切らしたような、あるいは口笛のような音が現れて消えてゆく。
アコースティック前衛音楽たる佐原、イアノッタ、ベドロシアン作品群も負けてはいない。佐原作品ではミニマル・ミュージック的とも言い得るだろう素材と手法の限定、具体的に言えばハーモニクスによる伴奏と調的なメロディーが2人でズレてすれ違い続けることが強い表現力を勝ち得ていると筆者は見た。イアノッタ作品は2人がスコルダトゥーラ(弦楽器の変則的な調弦法)で重音を奏でるのでどうしても不協和ならざるを得ない。そこに譜めくりの2人が弱音でハーモニカを吹き始めて、それがヴァイオリンのハーモニクスのさらに高音の倍音のように聴こえてきて、神秘的な様相を呈して終わる。ベドロシアンは音がほとんど無いハーモニクスに始まったと思ったら突如暴れ、またハーモニクス……また暴れる……今度は弓を振り回して……と手のつけようがないかのようでいて、河村と松岡の2人の見事な再現で有無を言わさぬ謎の説得力で押し切った。
2022年始動のkasane、その心意気やよし、これからも要注目であることを改めて認識した演奏会となった。
♪星谷丈生作品個展 刹那の慣習 →演奏、曲目
2024年3月27日 ミュージション新江古田コンサートホール
筆者と同世代の作曲家の中でも指折りの知性派作曲家と見込んでいる星谷丈生の個展である。
『祖先の歌III』は特殊奏法は多々使えどヤナーチェクの発話旋律を思わせるユーモアに満ちた作品、と思ったが、曲間の作曲者解説と休憩時間の楽譜閲覧でとんでもなく難解な微分音による微分音和声に則ったものと知る。星谷は早くも勝負にかかってきていたのだ。
『三重奏曲』、筆者の愛聴盤であるCD『四季』に収録されたピアノ独奏曲『四季』と同じく拡大五線紙を用いた本作、編成こそ違えど筆者は『四季』と同類の感触を得た。ある一音が、その直前とその直後と繋がることもあれば、全く繋がらないこともあるが、部分を捉えるとそれが一個の完結したパートを形成し、さらに全体も緩やかに繋がって一曲をなす。その全体としての音楽体験は個と部分の緩急強弱あれど、どこか柔らかで自由。こういう音楽が聴きたかった。
『2月のチェロ』これは気持ち悪い(半ば以上の褒め言葉)。チェロとピアノの一音ごとに何らかの仕掛け――ハーモニクス、微分音、縦のリズム線ずらし、異化的挿入句、ピチカートなどによる特殊奏法、サブ・ハーモニクスによる超低音などなど――が仕込まれているのに、どういうわけだか音の進行に説得力がある、が、やっぱりカオスだ。どういう感覚でこのようなものを作曲し演奏するのか?
『刹那の慣習I-5』、♩=40-300の様々な速度が目まぐるしく変わっていくという本作、作曲者自身が「暴力的音楽」と言った通り、これを演奏しろと言う方がおかしい。ゆっくりとした楽想が地となり、高速あるいは超高速の部分が図のように聴こえ、聴くだけならば拍節や旋律が乱れ飛ぶ楽しい音楽であるが、奏者を見ていて辛くなるのは否めなかった。楽しかったが、楽しんで良かったのかどうかわからない。
聴かせたい音楽を確固たる手法で実現させる星谷丈生の音楽が存分に楽しめた演奏会であった。
(2024/4/15)
♪kasane vol.3 Circulation -類質と多様-
<演奏>
ヴァイオリン:河村絢音(全ての曲で演奏)
エレクトロニクス(*):佐原洸
ヴァイオリン(**)、ヴィオラ(***):松岡麻衣子
<曲目>
ヌリア・ヒメネス・コマス(1980-):『レッド・ハーシュ』(2013)(*)
佐原洸(1989):『ラプソディー』(2018/24)(**)
陳銀淑(1961-):『ダブル・バインド?』(2016)(*)
クララ・イアノッタ(1983):『レモン』(2011)(***)
マルコ・モミ(1978-):『無に関する最初の子守唄』(2019)(*)
フランク・ベドロシアン(1971-)『取り憑かれた部屋』(2017)(**)
<演奏>
Cl: 菊池秀夫、Vn: 印田千裕、Vc: 印田陽介、Pf: 榑谷静香、Cond: 星谷丈生
<曲目>
(全て星谷丈生作品)
『祖先の歌III』(2017)
Cl
『三重奏曲』(2024)
Cl,Vn,Vc
『2月のチェロ』(2008)
Vc,Pf
『刹那の慣習II-5』(2024)
Cl,Vn,Vc,Pf,Cond