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NHK交響楽団 第2001回 定期公演 Aプログラム|秋元陽平

NHK交響楽団 第2001回 定期公演 Aプログラム
NHK Symphony Orchestra No.2001 Subscription (Program A)

2024年1月14日 NHKホール
2024/1/14 NHK Hall
Reviewed by 秋元陽平 (Yohei Akimoto)
写真提供:NHK交響楽団

<キャスト>         →Foreign Languages
トゥガン・ソヒエフ(指揮)
NHK交響楽団

<曲目>
ビゼー(シチェドリン編)/バレエ音楽「カルメン組曲」
ラヴェル/組曲「マ・メール・ロワ」
ラヴェル/バレエ音楽「ラ・ヴァルス」

 

ソヒエフが卓越した色彩感覚を持った音楽家であるということにはすでに前のレビューで触れたし、聴衆の多くもまた、それをよく知られた事実とみなすだろう。今回の演奏会にあたってこの事実に付け加えるべきこと、それは、彼のタクトは色彩的であるだけでなく、すぐれて触覚的だということだ。触覚的というのは、滑らかであったり、ざらりとしていたり、粒々していたり、ずっしりとしていたり、とにかく音が運動する何かとして生々しくわたしたちの鼓膜に届くということだ。つまり、ひとつひとつの美しい色彩が静的に立ち並ぶのではなく、それらが時空間上で他の音ともたれあって、生々しく訴えてくる質感を表現するのだ。シチェドリンによるビゼー編曲は、もちろん多くの打楽器が導入されることによってそれ自体舞曲としての運動性を高め、その意味でさまざまな打点のテクスチュアに満ちているのだが、よく聴くとまた、これらの打楽器によって、弦楽器たちも動きを鮮明にするように迫られている。彼らは茶々を入れるウッドブロックやせき立てるスネア、さまようギロと並走しながら、それらにおとらずさまざまな手触りを表現する。
この音にベクトルを与えることによって生まれる手触りの多様さこそ、ソヒエフがテンポを落としても音楽のはこびが全く遅滞しない理由だろう。『ラ・ヴァルス』の混沌の渦から浮かび上がる舞踏の断片もそうだが、真に瞠目すべきは『マ・メール・ロワ』だ。それは細密画であると同時に、天鵞絨のように触れることのできる異世界でもあった。その都度じっくり音響をひろげながらも、御伽話をめくる手は淀むことがない。それは、きらびやかな細部がつねに振動し揺蕩っているからであって、残響の少ないNHKホールで、塗りの薄くなって個々の音素材がいわば透けてみえる状態であっても音楽の豊かさがいっこうに損なわれない。『妖精の園』は、その「Lent et grave(ゆったりと、厳かに)」というテンポ指示のままに、連弾ピアノにおいては簡潔にみえる和音のつらなりがこの上ない豊穣さのうちに滞留し、最後のtuttiにおいてもティンパニのロールがわずかに先に飛び去っていき、弦楽器群が最後の和音の残響の余韻を、冬の夜空のように晴れやかにきかせたことは忘れがたい。ソヒエフとの演奏ではつねに、N響がほんのわずかな細部にも敏感に反応して万華鏡のように光彩を変じてゆく繊細なオーケストラだと思い知らされる。この卓越した指揮者とオーケストラの蜜月が少しでも長く続くことを願わざるを得ない。

関連評:NHK交響楽団 第2001回 定期公演 Aプログラム|藤原聡

(2024/2/15)

<Cast> —————————————
Tugan Sokhiev (Cond.)
NHK Symphony Orchestra

<Program>
Bizet / Shchedrin / Carmen Suite, ballet
Ravel / Ma mère l’Oye, suite (Mother Goose)
Ravel / La valse, ballet