Menu

NHK交響楽団 第2001回定期公演 Aプログラム|藤原聡

NHK交響楽団 第2001回定期公演
NHK Symphony Orchestra, Tokyo the 2001st subscription concert

2024年1月14日(日) NHKホール
2024/1/14 NHK Hall
Reviewed by 藤原聡 (Satoshi Fujiwara)
写真提供:NHK交響楽団

<曲目>        →foreign language
ビゼー(シチェドリン編):バレエ音楽『カルメン組曲』
ラヴェル:組曲『マ・メール・ロワ』
ラヴェル:バレエ音楽『ラ・ヴァルス』
<演奏>
指揮:トゥガン・ソヒエフ
コンサートマスター:伊藤亮太郎

 

昨年11月にウィーン・フィルを指揮しての来日公演を成功裡に終わらせたトゥガン・ソヒエフがそれからわずか2ヶ月後の1月に再度来日、もはや相思相愛の仲と言っても過言ではないN響の定期公演と大阪公演(計7回)に登壇、そのプログラムAを聴いた。ソヒエフの色彩感覚と微細なニュアンスの表出の手腕が堪能できるであろうビゼー〜シチェドリンとラヴェルの楽曲。後者はともかく、ソヒエフが前者を取り上げたのは意外な感もあるが、さてどうなることか。

ところでビゼー〜シチェドリン編の『カルメン組曲』と言えば、好楽家であれば思い出すであろう録音がロジェストヴェンスキー盤ではないか。あれはいかにもロシア的な原色的にギラギラした音色、千変万化する表情とリズムの精彩がその都度聴き手の耳朶および神経を刺激する麻薬的な危なさを湛えた演奏であった。対してソヒエフはどうか。この指揮者は「導入」や「第2間奏曲」でN響の弦楽器群から非常に艶かしくしっとりとした音色を引き出すが、それ自体大変な耳のご馳走である。これはデュトワ以来聴いたことのないような音だ。「踊り」におけるアラゴネーズの切れ味、「闘牛士」での彫りの深い表現、「終曲」の痛切さなどソヒエフの独壇場と言っても過言ではない。先述したロジェストヴェンスキーの演奏があくまでオケの表現力を即物的に生かしたものだとすれば、このソヒエフのそれはより『カルメン』の内面的なドラマに沿ったもののように思われた。優劣ではなく指揮者の志向する方向性の問題だが、誤解を恐れずに言えばソヒエフの演奏はよりアダルトであろう。改めて演奏行為の奥深さを思い知らされる。

そして後半のラヴェルは洒脱さを感じさせるよりも細部をじっくりと描いた意外に重心の低い演奏で、この辺りは典型的なフランス的色彩感とはいささか異なる。とは言え『マ・メール・ロワ』の「パゴダの女王レドロネット」主部における非常に典雅で繊細の極みのような表現、その中間部における時間が止まるかのような緩やかさ、「妖精の園」での入念なニュアンスの作り込みは指揮者の力量を示して余りある。『ラ・ヴァルス』では破滅的なテンションで盛り上げるのではなく、部分部分の表現をていねいかつ緻密に構築して誠に整然とした演奏に仕上がっていた。本作にカタストロフィックあるいはカオティックなものを求めるならば、この演奏はかなり理知的でクールなものと感じられるかも知れないが、これもまたラヴェルの本質を突いたものに違いあるまい。

申すまでもなくN響は世界的に見ても最高の技術を誇る名オーケストラだが、欧州の名門のようなオケ自体の強烈な色合い、個性があるという訳ではない(それを言うなら日本のオケはおしなべてそうとも言えるが)。それがためか、ソヒエフがこのオケを振るとオケの独自色にスポイルされないためにその「やりたいこと」「結果としてアウトプットされたこと」が明快に聴き取れる。その意味ではウィーン・フィルはもちろんのこと、長年音楽監督を務めていたトゥールーズ・キャピトル管を指揮した場合よりもソヒエフという稀有な指揮者の個性が顕になる。よって、「ソヒエフを聴く」ならN響こそがベストマッチ、との結論となる。われわれ日本の聴衆にとっては何と幸せなことか。

関連評:NHK交響楽団 第2001回 定期公演 Aプログラム|秋元陽平

(2024/2/15)

—————————————
〈Program〉
Georges Bizet/Rodion Shchedrin:Carmen Suite,ballet
Maurice Ravel:Ma mère l’Oye,suite(Mother Goose)
Maurice Ravel:La valse,ballet

〈Player〉
NHK Symphony Orchestra,Tokyo
conductor:Tugan Sokhiev
concertmaster:Ryotaro Ito