Menu

五線紙のパンセ|「自分は何モノか? 2」〜東京での企画より〜|福井とも子

「自分は何モノか? 2」〜東京での企画より〜

Text by 福井とも子 (Tomoko Fukui)

①手作りカードで配列を考える(1枚紛失)

今回は、2021年に現音(日本現代音楽協会)の企画としてプロデュースしたマウリシオ・カーゲルの《国立劇場/Staatstheater》について、裏話など書いてみたいと思う(2010年に松平頼暁氏より現音国際部長を引き継いだことから、ほぼ毎年東京でも演奏会を企画することになってしまった)。20世紀には多くの個性的な作曲家がいたわけだが、今は人々の関心が、少しずつ21世紀の作曲家に移りつつあるように感じる。それは自然なことだとは思うが、日本ではまだ20世紀の作品も十分に消化されていない。《国立劇場》が名曲なのかどうかは意見の分かれるところかもしれないが、カーゲルの生誕90年と現音設立90周年が重なったこともあり、この企画を提案した。

②舞台監督の手作り

《国立劇場 / Staatstheater》というタイトルには、昔ながらのオペラ劇場、あるいはそれに代表されるような音楽の制度そのものに対する風刺の意味がある。楽器を使う場面もあるが、ここでは通常主役になり得ないもの、舞台の小道具、ただの日用道具、雑品、おもちゃなどを使ってオペラやオペラ劇場が異化される。この作品に限らずカーゲルの、特にシアトリカルな作品は、滑稽でユーモラスな面ばかりが聴衆に印象付けられてしまったり、あるいはそのように錯覚されるが故に、逆の反応を示されてしまったりすることがあると思うが、どちらも作曲家の真意ではないだろう。

③ついたて

《国立劇場 / Staatstheater(1969-70)》は全9曲からなり、我々が上演した《レパートリー》はその第1曲目にあたる。個々にタイトルの付けられた100個のアクション(小品)から成る作品である。カーゲルが亡くなってしまっているので、数少ないネット上の演奏動画や、カーゲル自身が出演している動画を参考にしたが、100個全てを演奏しているものは見つからず、最後まで解釈の判然としないものもあった。実は筆者は、90年代にこの作品の半分程を演奏した経験があるが、2021年の上演では100アクション全曲演奏(日本初演となる)を目指した。カーゲルが最も信頼を寄せていた演奏家の一人、中村功氏(打楽器奏者)から聞かせていただいたカーゲルの言動やリハーサルの様子などは、とても貴重な情報であった。

④球体。実は高級品。

楽譜は、各アクションがそれぞれ1ページで完結するように書かれていて、各ページには、数小節の短い楽譜と説明文、そして使用する小物と演奏例がイラストで描かれている。100のアクションは部分演奏も認められていて、演奏の順番も自由であるが、それらは全て、舞台の上に並べられたつい立ての周りで演奏されることになる。そのつい立ても、サイズや並べ方が指定されていて、飾り気のない簡素なつい立てを準備するように書かれている。多くのアクションは、どこから出てきて、どの方向へ、どうやって(後退りしながら、など)引っ込むのか等、細かく指示されている。演出については比較的自由が認められていて、異なるアクションの同時進行等も許されるが、最も大事なことは、各アクションの順番や演奏位置、始まるタイミングなど全てがリハーサル段階でよく練られ、決定されることだろう。カーゲルは、特にシアトリカルな作品において、パフォーマンスが常にクリアで整然と淡々と進められることを強く望んでいた。

⑤これも超入手困難。

主役の小物たちは、加工するための道具を入れると250点近く必要で、数ヶ月間は100均ショップやホームセンター、道具屋街、ネットショップ等々で物を買い漁る時間となる。そして次にはプロデューサーも舞台監督もスタッフも、さらには演奏者たちも、一丸となって作る時間である。用いるものは、楽器、おもちゃの楽器、自分で作った楽器もどき、ガラクタ(または日常品)のまま音を出すもの、楽器ではないが音を出す目的で作られたもの、などに分類できるだろうか。これらの多くはミリ単位まで指定されていて、現代では入手困難なものがいくつもあった。

⑥とても似合っている・・・(橋本さん)

音については、視覚以上に丁寧な再現に心血を注いだが、楽器以外のものは、作曲者の望む音かどうかの判断がとても難しい。一つ例に挙げるならバネ。様々な種類のバネを使うアクションは10個以上あるが、求める音によって当然バネの大きさは全部違う。例えば直径5cm以上、長さ1m以上の大きなバネから一体どのような音が出るか、想像付くだろうか? バネはバネ屋、ということで専門家に実験までしていただいて、巨大バネを入手した。そして半信半疑、楽譜通りにやってみる。するとストンと腑に落ちる。そんなことが他の小物類についてもしょっちゅうあった。

⑦例のバネ

100アクションの配列は作品の要であるが、演奏のインストラクションには「順番は決められていない」ということと「個別アクションを絶え間なく交替させる」ということが書いてあるのみである。アクションは「個別」であると書かれているので、アクション同士の脈絡を感じさせるべきではないということだろう。一方で関連性を完全に否定しているように見えないところもある。事実カーゲル自身の演奏ビデオも、部分的にアクション同士のつながりが見て取れる。またこのビデオを見る限りでは、各アクションは、まるで音を並べて作曲するように、絶妙なタイミングで配列されているようにも感じられる(これは筆者の勝手な感想で、カーゲル自身は連続性を感じさせるべきではないと明言してはいる)。ストーリーという意味ではなくて、カーゲルのビデオでは、あまりに音が美しく繋がっているので、音楽家の本能を感じてしまうのだ。全く脈絡がないものを作るというのは、思いのほか難しいものかもしれない。カーゲルは弟子に、「新聞を読む時の、記事から記事へ気の向くままに移っていくような感覚で」と言っていたらしいが・・。

これらアクションの中には、呼吸、消化、排泄、誕生(流産や帝王切開などというタイトルがついていたりする)、性的行為、死、など人間の最も根源的な部分に関するものが多くあり、それ故真剣なパフォーマンスが笑いを誘ってしまうこともある(嫌がる人もいる)。非西洋(アルゼンチン)で育ったカーゲルは、ドイツ系のユダヤ人である。ナチス政権下には、ヨーロッパから亡命してきた大勢のヨーロッパ音楽家たちから影響を受けつつ、戦後26歳でドイツへ移住。その後ドイツで音楽家として成功を収めながらも、祖国アルゼンチンへの郷愁の念は消えることはなかったと言う。彼が西洋の制度や文化をアイロニカルに風刺するのは、そういった生い立ちが関係している。《国立劇場》などについて、どのように酷評されようともビクともしなかったのは、こういった背景での強靱な信念があったためと推察する。

ところでこの作品が作られたのは1970年である。当時と比べて音楽ホールの規制が厳しくなっているのは万国共通のようではあるが、日本は特に顕著で、年々禁止事項が増えていく。2021年の上演時には、ホールの多大な協力を得てやっと、この作品の実演に漕ぎ着けることができたが、作品中マッチ1本擦るのにも、消防署の許可が必要で(どこのホールでも同じ)、そのために大層な手続きを要した。また、カーゲルと同じ年に生まれた松平頼暁氏は、1967-71年に《What’s next?》という作品を書いた(この作品については雑誌「洪水13号」に寄稿)。ソプラノと2人のノイズメーカーのために書かれたこの作品は、当時のアメリカから見た日本観を日本人が模倣するという、かなりアイロニカルなものだった。同じ頃カーゲルは、西洋から見たエキゾティックな楽器を用いて、西洋人にとってのエキゾティシズムを風刺するという作品《エキゾティカ(1972)》を書いている。同時期に同年の作曲家が遠く離れた地で書いたこれらの作品は、大掛かりなシアターピースということでも共通している。《What’s next?》も、やはり楽器以外の多くの小物が必要で、その中にはオートバイ2台が含まれるために、近年上演が難しい(ホール持ち込みを認められなくなったため)。21世紀に入ると、ある意味もっと大掛かりなマルチメディアの作品がどんどん作られるようになった。こちらは機材などの制約はあるものの、禁止されるようなことはあまり起こらなそうである。20世紀のアナログでちょっとあぶない作品は、ますます再演の機会が少なくなるのだろうか。

最後に、《レパートリー》のメンバーを記載いたします。
 2021年12月3日(金)オペラシティリサイタルホール
  演奏:Ree、青山貴、木ノ脇道元、新垣隆、橋本晋哉
  演出:福井とも子
  舞台監督:小田原築(株式会社アートクリエイション)
  楽譜翻訳:石見舟
  スタッフ:竹田知弘

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次回最終回ではもう少し自分のことを何か書けると良いのですが。。。

福井とも子

(2023/11/15)

関連評:M.カーゲル「国立劇場」より“レパートリー” |西村紗知

―――――――――――――――
これまでダルムシュタット国際夏期現代音楽講習会(ドイツ)、エクラ音楽祭(ドイツ)、ベルリンメルツムジーク(ドイツ)、Ars Musica音楽祭(ベルギー) 、ヴェネツィアビエンナーレ(イタリア)、バルトークフェスティバル(ハンガリー)、武生国際音楽祭、パンムジークフェスティバル(韓国)、ムジカラマ音楽祭(香港)、VICO Festival(カナダ)その他から招待や委嘱を受ける。
ISCM世界音楽の日々/香港大会(2002)、同クロアチア大会(2005)、同オーストリア・スロバキア大会(2013)に入選等。日本音楽コンクール管弦楽部門入選、室内楽部門第3位、ダルムシュタット国際夏期現代音楽講習会奨学生賞、秋吉台国際作曲賞受賞等。

作曲活動に加え、北海道教育大学、大阪大学、東京音楽大学、京都精華大学、国立音楽大学、シュトゥットガルト音楽大学、サイモンフレイザー大学(カナダ)等々、国内外の大学等でのレクチャーや、演奏会の企画・制作等を行う。2001年より現代音楽演奏団体next mushroom promotionのプロデュースを手掛け、第8回公演「細川俊夫特集」は2005年度サントリー音楽財団佐治敬三賞を受賞した。同団体は2008年から2012年まで武生国際音楽祭に、また韓国、香港、ハンガリー、メキシコ等の音楽祭にも度々招かれている。
日本現代音楽協会副理事長、国際部長。ISCM(International Society for Contemporary Music)の理事に、アジア人女性としてはじめて就任。

<講演会情報>
●2023年12月21日(木)19時開演 オペラシティリサイタルホール
日本現代音楽協会主催 作曲新人賞本選会「現在形のデュオ」
(審査員長として出演)
https://www.jscm.net/awardforcomposer/

●2024年1月7日(日)第一部15:30 第二部19:00 オペラシティリサイタルホール
日本現代音楽協会主催 ISCM”世界音楽の日々“100周年記念コンサート
(ディレクター兼プロデューサーとして)
https://www.jscm.net/mot2023/

●2024年1月21日(日) シュトゥットガルト
岡静代(cl)、オーサ・オカベルク(vc)
福井とも子 / interaction (仮題、2023)

<最近のCD情報>
◆“ARCS” (2021) コジマ録音
演奏:土橋庸人+山田岳 ギターデュオ
福井とも子 / doublet III (2017 / 2020)
https://www.amazon.co.jp/ARCS-土橋庸人/dp/B0932JC9VT

◆24 Preludes from Japan (2017) stradivarius / STR
演奏:内本久美 ピアノ
福井とも子 / A walking man does not walk nor does a dancer dance.(short version 2016)

◆to the forest [現代日本の作曲家シリーズ] (2014)
福井とも子作品集
color song III for guitar solo(2013), doublet+1 for cl, vn, vc(2012), Schlaglicht~for vn & pf(2002), to the forest I & II for mixed chorus and Trio Accanto(2011), doublet for vn & vc(2011), Golden drop~for 9 players(2005)