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2~3月の4公演短評|大河内文恵

2~3月の4公演短評

♪古楽を愉しむ~天正遣欧少年使節と南蛮音楽~
♪親愛なるザクセン人 CD発売記念コンサート
♪井上玲・芥川直子 デュオリサイタル
♪Stabat Mater –悲しみの聖母

Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)

古楽を愉しむ~天正遣欧少年使節と南蛮音楽~→演奏:演目
2023年2月18日(土)@戸塚区民文化センターさくらプラザ・ホール

さくらプラザ春の芸術祭2023関連事業 名曲サロンシリーズVol.35として開催された演奏会。この座組みは、2021年11月に近江楽堂で開催された「ひと時の音楽」と同じもの。天正遣欧少年使節は天正10~18年(1582~1590年)にヨーロッパを訪れ、現地で様々な音楽に触れた。彼らが聞いたであろうとされる曲、およびもしかしたら耳にしたかもしれない音楽が前半で採りあげられた。といっても、お勉強感とか教養とかいった堅苦しいのは一切なし!
もちろん、レパートリーの選定や演奏はよくぞここまでと思うほど究めているのだが、そこに濱田芳通の遊び心がブレンドされて、良い感じに楽しめる。当時の曲のなかに日本のわらべ歌に似た旋律やら節回しなどがあるとちょっと懐かしい感じがしてしまう。それらに影響関係はあるのか、あるとすればどういうルートなのか、もしくは共通の典拠があるのかなどついつい突っ込みたくなってしまうが、それでもこれだけの実例を耳にすると、事実はどうであれ、なんらかの繋がりはあるんだろうなと思わされてしまう説得力が彼らの演奏にはあった。
後半は当時のイタリア・オランダ・スペインの音楽。筆者が学生の頃、中世・ルネサンス音楽の大家がオラショについて学会発表しているのを聞いて、何故この人はヨーロッパ音楽の研究者なのに、いきなり日本のことをやり始めたのだろう?と不思議に思ったのを思い出した。いや~当時の私、本当にモノ知らずだったなぁと恥じ入る次第。あれはこういうことだったのかと気づけたのは、このアンサンブルの演奏があればこそ。

親愛なるザクセン人 CD発売記念コンサート→演奏:演目
2023年3月11日(土)@神田キリスト教会

アニバーサリーイヤーでも何でもないのだが、今年はハッセの当たり年である。と思っているのは筆者だけかもしれないが。カウンターテナーの青木洋也とリコーダーの高橋明日香が「親愛なるザクセン人~ハッセ・ヘンデル作品集」というCDの発売を記念して、CDのオリジナル・メンバーのうちチェロ:武澤秀平、チェンバロ:山縣万里とともに演奏会をおこなった。
リコーダー愛好家として有名なアナウンサー朝岡聡が、コンサートソムリエとして熱のこもった解説で会場を盛り上げた。採りあげられたカンタータに失恋の曲が多いのは、パンという羊飼いの守護神が失恋した際に水辺の葦を吹いたという逸話から来ているのだという朝岡の解説で、このCDおよび演奏会のコンセプトがぴたりと言い表される。
ヘンデルもハッセも当時オペラ作曲家として活躍し、耳に残る旋律と律動感のある音楽が特徴的なのだが、ハッセのカンタータ「美しき人よ、わたしは去る」の1つめのアリア「あなたの目の前から去らなければならないことを考えると」では、キャッチーなだけではないハッセの音楽を聴くことができた。愛する人を失う苦しみが初期バロックのような一音一音和声が移り変わることで表現され胸が締め付けられる。そういう意味では、次の「リコーダーのためのカンタータ」(器楽曲)の方がハッセらしい曲であった。
アンコールは朝岡がマイクをリコーダーに持ち替え演奏に加わる。にこやかな朝岡が一層嬉しそうな表情で演奏する姿が印象に残った。

井上玲・芥川直子 デュオリサイタル:リコーダーとチェンバロの音楽 イタリア、1600~1730年ごろ→演奏:演目
2023年3月12日(日)@求道会館

仏教による交流のための教会堂という少し変わった会場でのコンサート。教会とは違うのだが、響きがよくこの規模の演奏会にふさわしい器だった。芥川直子はドイツ在住で日本ではめったに演奏を聴く機会がない。筆者は生で聴いたのは初めてだったが、単なる伴奏ではなく、がっつり攻めていくところが「デュオ」なのだと実感した。芥川のソロがチャッコーナとフォリアだったのが個人的にツボで、特にフォリアは啞然。いつか芥川のソロ・コンサートも聞いてみたい。
今回のプログラムは、リコーダーが前世紀の繁栄から遠のき、ヴァイオリンや他の管楽器に独奏楽器としての地位を脅かされていた17世紀において、その価値をどう見出していくのかということに焦点が当てられていた。
おそらく井上のこの春に提出された修士論文と関連するプログラムなのであろう(17世紀後半から18世紀前半を扱った修士論文から、このコンサートはさらに時代を遡っている)。井上の問題意識は、「編曲行為を歴史的演奏習慣として捉え、時代や地域に即した編曲習慣を知り実践することで、リコーダーをめぐる音楽文化の実態をより深く理解することができる」(当日配布の解説より)ところにある。
17世紀前半にリコーダー編曲が大掛かりになされた証拠はなく、「ささやかなファンタジー」と控えめに解説には書かれていたが、演奏を聴く限り、違和感は微塵もなく、当時この編曲はなかったかもしれないけれど、あったとしても不思議はないよねと言えるくらいの説得力があったと思う。
コンサートは前半と後半とで時代設定が異なり、使用楽器も分けられていた。17世紀初期の素朴な楽器の響きにうっとりしたと思えば(そのなかでもヴィルジリアーノのリチェルカータが圧巻!)、後半のフィオレンツァの終楽章の頭おかしいところ(←最大の賛辞)、コレッリの涙が出そうな美しさ。会場全体が何ともいえない幸せな空気に包まれたことを報告しておきたい。

Stabat Mater –悲しみの聖母→演奏:演目
2023年3月31日(金)@日本基督教団 聖ヶ丘教会
2023年4月1日(土)@日本聖公会 志木聖母教会

聖金曜日の1週間前の金曜日は「悲しみの金曜日」と呼ばれ、今年は3月31日にあたった。この日とその翌日に、ペルゴレージのスタバト・マーテルを中心とした演奏会がおこなわれた。
前半のハッセおよびポルポラのサルヴェ・レジーナも素晴らしかったのだが、ペルゴレージのスタバト・マーテルが沁みた。一般には合唱で歌われることが多い曲だが、ソプラノとカウンターテナーの重唱で歌われると、歌詞がよりはっきりと聞こえ、この曲は、聖母マリアの目からみた受難の物語(受難曲)なのかと気づかされた。
1日目と2日目とでは会場は異なるものの、曲目も演奏者も全く同じ。だが、会場が異なることで音響が違う(志木聖母教会の方が天井が高く、響きが良かった)というだけでなく、2回目ということで特に楽器奏者に余裕が出て、あちこち仕掛けているのが興味深かった。
受難週だから受難曲をというだけでなく、こういったバリエーションが増えてくると、多面的に理解が深まると実感できた二日間だった。(i)

(2023/4/15)

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古楽を愉しむ~天正遣欧少年使節と南蛮音楽~
2023年2月18日(土)@戸塚区民文化センターさくらプラザ・ホール

出演:
中山美紀(ソプラノ)
新田壮人(カウンタテナー)
上羽剛史(チェンバロ)
濱田芳通(リコーダー)

曲目:
アントニオ・ヴァレンテ:パッサメッツィ
作者不詳:ももやももや ~ アロンゾ:とりこてあ
作者不詳:漆黒の南蛮履
作者不詳:大いなる秘蹟ゆえ(サカラメンタ提要より) ~ 作者不詳:向こう山の兎は(古謡)
作者不詳:川内の子守唄(古謡) ~ アントニオ・カレイラ:ファンタジア
ジュリオ・カッチーニ:翼を持つ愛の神よ,天にはそれほど多くの光はない
ファブリツィオ・カローゾ:花の舞
ディエゴ・ピサドール:ロマンセ(聖ホアンの日の朝)
~休憩~
ジローラモ・フレスコバルディ:そよ風吹けば
ルッツァスコ・ルッツァスキ:おお春よ
モンテヴェルディ:かくも甘い苦悩が
ヤコブ・ファン・エイク:ナイチンゲール,ブラヴァーデ
作者不詳:おお、栄ある聖母マリアよ(グレゴリオ聖歌) ~ 作者不詳:ぐるりよざ(オラショ)
作者不詳:ロドリゴ・マルティネス

親愛なるザクセン人 CD発売記念コンサート
2023年3月11日(土)@神田キリスト教会
出演:
コンサートソムリエ 朝岡聡
カウンターテナー 青木洋也
リコーダー 高橋明日香
チェロ 武澤秀平
チェンバロ 山縣万里

曲目:
G.F.ヘンデル:カンタータ「わたしの心は脈打つ」
ヘンデル:リコーダー・ソナタ ト短調
J.A.ハッセ:カンタータ「美しき人よ、わたしは去る」
~休憩~
ハッセ:リコーダーのためのカンタータ 変ロ長調
ハッセ:カンタータ「名前」
~アンコール~
J.S.バッハ:マニフィカト 変ホ長調 BWV 243a より Esurientes implevit bonis

井上玲・芥川直子 デュオリサイタル:リコーダーとチェンバロの音楽 イタリア、1600~1730年ごろ
2023年3月12日(日)@求道会館
出演:
井上玲 リコーダー
芥川直子 チェンバロ

曲目:
ジョヴァンニ・バッティスタ・リッチョ:リコーダーまたはコルネットのためのカンツォン
ダリオ・カステッロ:ソナタ2番
ベルナルド・ストラーチェ:チャッコーナ(チェンバロ独奏)
アウレリオ・ヴィルジリアーノ:リチェルカータ第8番
ジョヴァンニ・バッティスタ・フォンターナ:ソナタ2番
ジョヴァンニ・アントニオ・パンドルフィ・メアッリ:ソナタ1番『ベルナベア』
~休憩~
ニコラ・フィオレンツァ:リコーダーソナタ イ短調
アレサンドロ・スカルラッティ:フォリア(チェンバロ独奏)
イニャーツィオ・ジーバー:リコーダーソナタ第2番 ト短調
アルカンジェロ・コレッリ:ソナタ第11番 ト長調

Stabat Mater –悲しみの聖母
2023年3月31日(金)@日本基督教団 聖ヶ丘教会
2023年4月1日(土)@日本聖公会 志木聖母教会
出演:
ソプラノ 澤江衣里
カウンターテナー 青木洋也
ヴァイオリン 原田陽、廣海史帆
ヴィオラ 伴野剛
チェロ 山本徹
オルガン 新妻由加

曲目:
ヨハン・アドルフ・ハッセ:サルヴェ・レジーナ  ソプラノ:澤江衣里
ニコラ・ポルポラ:サルヴェ・レジーナ  カウンターテナー:青木洋也
~休憩~
ジョヴァンニ・バッティスタ・ペルゴレージ:スタバト・マーテル

(i) この演奏会には筆者自身が解説を書いており、採りあげるかどうか迷ったが、短評ということでお許しいただきたい。