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Ftarri Classical

Text by 鈴木美幸 (Yoshiyuki Suzuki)

今年2022年は、Ftarri が東京水道橋に実店舗を構えて10年目の節目の年です。とはいえ、Mercure des Arts の読者の方々からは「そんなこと言われても、一体 Ftarri って何?」という声が聞こえてきそうです。それも当然でしょう。まずは、Ftarri とは何者なのかの説明から始めましょう。

Ftarri は個人経営の即興音楽専門レーベルであり、CDショップです。Ftarri の前身は Improvised Music from Japan (IMJ) と言い、日本で活動する即興演奏家を海外に紹介する目的で、1996年にウェブサイトを作りました。2002年にオンラインのCDショップをスタートすると共に、レーベルも始めてCDをリリースするようになります。そのうち名前が長くて言いづらいので短くしようと数年考え、辿り着いたのが Ftarri でした。「ふたり」と読みます。この名前を最初に使ったのは、Ftarri レーベルから最初のCDをリリースした2006年。その後、個人事業の屋号もオンライン・ショップの名前もすべて Ftarri に統一し、2012年には実店舗を持ち今日に至ってます。

Ftarri の正体はわかったとして、じゃあ即興音楽専門の Ftarri がなぜここで記事を書いているんだ? との疑問が湧いてくるでしょう。まったくです。即興音楽とクラシック音楽は基本的に別物でしょう。ところが「現代音楽」に限れば話は別で、ふたつの領域には大きな壁が存在しているようでいて、実はかなり接点のある近しい間柄なのです。

実を言いますと、Ftarri の店には開店当時から現代音楽関連のCDコーナーがあります。21世紀に入ってから欧米の即興演奏家の多くが、ドイツのヴァンデルヴァイザー派の影響を強く受けて、曲を作り(テキスト・スコアを使うことが多いです)演奏するようになり、今ではヴァンデルヴァイザー派の影響はともかく、作曲作品を演奏することが大きなトレンドとなっています。即興音楽で作曲というのも変なので、海外の記事などでは例えば、エクスペリメンタル・ミュージック(実験音楽)の作曲家とかいう言い方をしていますね。2007年に即興音楽専門でスタートしながら、今や作曲ものばかりをリリースするようになり、それでいて即興音楽界隈で重要視される英国の Another Timbre のようなレーベルも存在します。というわけで、Wandelweiser Records や Another Timbre のCDは極力全タイトル在庫を持つようにしたり、 ヴァンデルヴァイザーは元々ジョン・ケージの影響が強いので、じゃあケージやモートン・フェルドマンもと。そんなこととは関係なく、欧米の即興演奏家、ことにエレクトロニクス演奏家を探っていくと繋がりの深い現代音楽レーベルに自然と辿り着いたりもして、ドイツの Edition RZ や米国の Mode Records などのCDを取り寄せたり。かなり偏りがあるにせよ、当時から現代音楽と付き合う素地はあったわけです。

そこに、もっと重要な現代音楽との接点が Ftarri に訪れます。それは、日本人のクラシック演奏家 / 作曲家との出会いです。大きくふたつの出会いがあります。というか、この2つしかないです。最初の人物は、ピアニストの井上郷子さんです(さん付けなんておこがましい、ほんとは大先生と呼びたいのですが、ここでは全員さん付けでいくと決めましたので、井上さんで行きます)。このきっかけを作ってくれたのが、浦裕幸くん(さん付けで行くと言った矢先に早くもくん付けで逸脱してますが、浦くん若いし、「浦さん」なんて気恥ずかしくてすみません。特別扱いです。あっ、でも彼は2020年に私の師匠になりました。浦師匠です。本文に関係ないので、いちいち説明はしませんが)。浦くんは即興 / 実験音楽の演奏家ですが、作曲の才能もあって、彼の曲を彫刻家の金沢健一さん、井上さんとトリオで演奏するという、なんともものすごいプロジェクトを数年続けていた時期があります。2016年の10月ごろに、美術館でのライヴ録音を浦くんから聴かせてもらい一聴して感動、翌年2月に早くも『Scores』とのタイトルでCDリリース。さらに翌年2017年にも、浦くん作曲によるこのトリオのCDを2タイトル制作しました。これらを通して始まった井上さんとのお付き合いは次なる展開を生んでいきますが、その話はまた後ほど。

もうひとつの出会い。確か2017年だったと思うのですが、作曲家で演奏もする木下正道さんと池田拓実さん、それにチェロ奏者の多井智紀さんの3人がやっている電気楽器をノイジーに即興演奏するプロジェクト「電力音楽」のコンサートを、Ftarri の店の空きスペースでおこないました。これ以降も、この3人には Ftarri のスペースで電力音楽やその他の企画でたまに演奏してもらうこととなり、それは今も続いてます。この継続的な3人との交流は、最終的に Ftarri に現代音楽専門のサブレーベルを発足させるに至る大きな力となるのですが、その前に、2019年に開催した Ftarri Festival 2019 について触れておきたいと思います。

Ftarri は2008年から数年ごとに2〜3日間かけたフェスティヴァルを開催してきました。でももう最後にしようと決めて、2019年11月に2つの会場で2日間ずつ全4日間と、これまでより規模を拡大して Ftarri Festival を実施しました。最初の2日間は東京永福町のソノリウムという小ホールでおこない、即興音楽のイヴェントにもかかわらず作曲作品に焦点を当て、浦くんと木下さんには新曲を委嘱して、浦くんの曲は浦・金沢・井上トリオに、木下さんの曲は木下さんや多井さんらに演奏してもらいました。こうして2016/7年に始まり2019年のフェスティヴァルを経て今に至る彼らとの交流が原動力となり、現代音楽専門サブレーベル発足は2021年9月に結実することとなります。

ところで2020年の春からコロナ禍が始まり、お店にとっては苦難の時期となりました。これはまだ終わったわけではなく、もともとCDが売れない昨今なうえに、ますますお客さんの足は遠のき、店は長期休業を余儀なくされたりと、踏んだり蹴ったりのここ数年。しかし、Ftarri Festival 2019 を無事実施できてホント良かったなあと安堵もしました。それに、今後どうしようかと考える時間を持てたのも事実。こうして熟慮、という程でもなく、なんとなく考えた後に得た結論は、店にある大量のデッドストックを今後3年で極力減らし、他レーベルの作品を売るのはできるだけ抑えて、Ftarri のレーベルからのリリースとその販売に今までの10倍注力しようということでした。言い遅れましたが、Ftarri にはレーベルを始めた時から、Hitorri(ひとり)、Ftarri(ふたり)、Meenna(みんな)という3つのサブレーベルがありました。突然話は変わりますが、かつてギリシャに Absurd という即興 / 実験音楽レーベルがありました。このレーベル、やはりいくつもサブレーベルを持ち、CD、CD-R、カセットテープ、レコードと色々な形態で、さらにはパッケージもデザインもまちまちで、しかも発売部数も97部とか137部とかいい加減ないかがわしさで、まるで玩具箱をひっくり返したような楽しさ満載で、私は大好きでした。で、これを模倣したいという欲求に駆られたものの、如何せん、ものぐさな私にはとても真似ることはできずじまい。逆に、CDジャケットは紙質もサイズもすべて同じと安易な方向で統一してるのですが、唯一複雑さを増しているのがサブレーベルの数。最初に既に3つでしたが、その後、歌もの専門の Ftarri Uta、デジタル・リリース専門の Ftarri Live ができて、遂に2019年9月、現代音楽専門の Ftarri Classical の誕生です。

渋谷由香ピアノ作品集

それにしても、既に述べた方々のお力添えがなかったら、こうも簡単に発足できていないでしょう。案外すぐにサブレーベル・デビュー作は決定し、スムーズにリリースの運びとなりました。お世話になっていた電力音楽の御三方のアルバムは必ず出そうと決めていたのですが、最初に木下さんのリリースが決まりました。その木下さんから、渋谷由香さんという作曲家の作品集はどう? と打診され、渡されたCD-Rを聴いてみたら、Another Timbre から出ていそうな素晴らしい内容で、ぜひリリースしたいと即伝えました。しかも、そのピアノ作品集のピアノを弾いているのが井上郷子さん!! 井上さんのCDも出したいけどそんなこと言うのは恐れ多いなあと躊躇していたら、なんとあっけなく願いは叶いました。うれしい限りです。こうして2021年9月に、渋谷由香 / 井上郷子『Works for Piano』、木下正道『アンデルセン白鳥の歌』のCD2枚を同時発売。同年10月には木下正道『Study in Fifths I』を、今年2022年2月には「電力音楽」の池田拓実さんの『Musical Procedure』を発売しました。

木下正道『アンデルセン白鳥の歌』

そして今、11月となってこの文章を書いているのですが、今年12月には、Ftarri Classical の5作目と6作目が出ます。ひとつは、井上さんから話があったのですが、大阪に住む作曲家、飛田泰三さんの作品集で、ピアノ演奏が井上さんのCD『of rain』。これ、曲も演奏も録音も最上で、私にとっては感涙ものです。こんなすごいものを Ftarri みたいなインディなレーベルから出していいんでしょうか、というぐらいの代物です。飛田さんとはまだ会ったこともないのですが、Ftarri の前身IMJのネット・ショップを通して10年以上も前から名前だけは存じ上げていました。でも、作曲家だとはまったく知りませんでした。こうして彼のCDをリリースすることになるのですから、男女の仲じゃないですけど縁とは異なもの。世の中というのは実に不思議なものです。もう一枚は、「電力音楽」メンバー、多井智紀さんの『《糸竹初心集》によるパラフレーズ』。彼の自作電化チェロを使って江戸時代に出版された三味線「譜」を演奏した、とんでもない異色作。ノイズ・ミュージックにしか聞こえないので、「海外の実験音楽シーンで受けても、日本のクラシック / 現代音楽界からはおそらく完全無視だな」と、当初私は海外での販売に注力する算段をしていました。でも、多井さんから糸竹初心集について話を聞いてからは考えを変えました。これは超話題作じゃないか! ほんとに無知ですみません。

というわけで、12月のリリースに向けて大忙しの真っ只中にいますが、ちょうど運良くこうして文章を書く機会を提供していただいて大変感謝している次第です。でも、CDの宣伝に使ってもよろしいのでしょうか。とても不安ではありますが、Ftarri とクラシック音楽との関わりなんてまだまだほんのちょっとしかないので、こんなところでご勘弁いただければ幸いです。

鈴木美幸 (Ftarri 店主)

(2022/11/15)

◆CD情報
2022年12月25日発売予定 税抜 1,500円
飛田泰三 / 井上郷子 – of rain (Ftarri Classical, ftarricl-661)
多井智紀 -《糸竹初心集》によるパラフレーズ (Ftarri Classical, ftarricl-662)

◆公演情報
2022年12月5日 (月) 午後7時30分開場、8時開演
会場:東京水道橋 Ftarri
『Ftarri 水道橋店10周年記念コンサート』
木下正道 (作曲)、渋谷由香 (作曲)、多井智紀 (チェロ)
2,500円 (要予約、20名限定)
予約:info@ftarri.com (氏名、人数、電話番号をお知らせください)
詳しくは https://www.ftarri.com/suidobashi/