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Back Stage|繋がれた音楽の灯|星野繁太

繋がれた音楽の灯

Text by 星野 繁太(Shigeta Hoshino)

もう10月、今年も残り3ヶ月か・・・などと時間の過ぎゆくスピードに嘆息しつつ、そういえばだいぶコロナの話題も大きく取り上げられることも少なくなってきたなと喉元を過ぎたような気分になっていたところに、4回目のワクチン接種券が届いた。
まだコロナ禍の長いトンネルの出口が見えていないことをまざまざと痛感させられる気分だった。

今回この寄稿にあたって、「今一番伝えたいこと」というテーマをいただいた。
今一番伝えたいことはこの一言に尽きる。
それは「音楽を止めずに支えてくれた全ての方への感謝」である。
奏者、聴衆、その他あらゆる文化芸術活動に関わっている方々が音楽の灯を消してはならないという一心で様々な動きを重ねてくれた。
だからこそ今がある。

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団(シティ・フィル)がこのコロナ禍という出口の見えないトンネルに突入する前に開催できた最後の定期演奏会は2020年2月22日(土)のベートーヴェン作曲/ミサ・ソレムニス(指揮は弊団桂冠名誉指揮者の飯守泰次郎)であった。
4名の声楽ソリストと合唱という大規模な声楽付きの楽曲をまだ通常通り演奏できていたのだ。
もちろん少しずつコロナという正体不明のウィルスによる重篤な肺炎を伴う症状などは伝え聞こえてきてはいたものの、テレビを通して触れる別世界のことのように感じていた。
ところが翌月あたりから事態は一変する。特別措置法が制定され緊急事態宣言という海外のロックダウンのようなことが日本でも現実的になってきたのだ。
そして一気にコンサートのようなイベント関係は自粛へと入る。
シティ・フィルは3月14日(土)の第332回定期演奏会で、演奏会形式によるこれまた大規模な声楽の伴うプッチーニのオペラ「トスカ」を演奏する予定だったが、感染経路など詳しいことが不明(当時)なこの新しいウィルスの前になすすべもなく、コロナが収束していることを祈り約半年先の8月に公演を延期した。そしてそのまま4月の緊急事態宣言へと至ったのである。

そこから長い苦難の日々が始まるわけだが、それでも音楽業界の動きは迅速だった。特に音楽を続けることに貪欲だったのはやはり奏者だった。
どういう形でもいい。なんらかの形で演奏を届けることができないものか。
奇しくも、世の中は動画配信が新しい表現のジャンルとして興隆を見せていた。
そうであるならば、と自宅でもパソコンやスマホ越しに自分たちの音楽を楽しんでもらえるように、アンサンブルなど小規模なものではあるが動画の形で音楽を届けた。
聴衆の反応もとても迅速で温かかった。一日も早い演奏会の再開を望む声も届いてきた。応援してくれている人たちがいる、それが支えになった。

このような動きの一方で、徐々に感染経路が飛沫に由来するものが主であることなどが判明してくる。ならば演奏会における飛沫のリスクはどの程度なのか?それ次第では演奏会の再開も可能なのでは?
待ち焦がれている聴衆のため、感染リスクとイベント実施のボーダーラインを検証し、演奏会開催のガイドラインを作成するプロジェクトが始まる(この部分について詳しくはBack Stage|コロナ禍の先にある風景|入山功一氏寄稿を是非ご覧いただきたい)。
このプロジェクトとそこから生まれたガイドラインがクラシック音楽のコンサート再開に大変な後押しをしてくれた。

第332回定期演奏会

紆余曲折を乗り越えて、シティ・フィルは8月に延期した第332回定期演奏会より有観客での公演を再開する。ただ、プログラムは当初予定していた「トスカ」からブルックナーの交響曲第8番に変更しての再開だった。
常任指揮者の高関健のタクトのもとで、駆けつけてくれた聴衆の前で今できる最大規模の楽曲を届けた楽団員たちの晴れ晴れしい顔は忘れることができない。
そして熱い拍手を送ってくれたたくさんの聴衆の方々の顔も。

それからはとにかく安全にコンサートを開催することを第一に2020年度は突き進む日々で、ただただ音楽をお届けできることが喜びだった

しかし2021年度になってまた新たな問題に突き当たる。
もちろんコロナは収束していないが、それよりもオーケストラ自体が運営の危機に直面したのだ。
シティ・フィルは自主運営のオーケストラで、その運営費の大部分を公演によるチケット収入やご依頼いただいて出演した公演の出演料によって賄なっている。
しかし公演の相次ぐ中止により収入は著しく減衰し、過去に経験したことのない文字通りの存続の危機となった。
この危機を救ってくれたのはやはり音楽を愛する人々の力だった。
2021年の8月末にシティ・フィルはこの危機を脱するべくクラウドファンディングで目標金額1000万円の支援をお願いするプロジェクトを開始した。
するとシティ・フィルのファンのみならずクラシック音楽の愛好家や他ジャンルの音楽の愛好家、それに同業である演奏家や音楽業界に従事する人たち、さらには音楽愛好家ではないもののこのコロナ禍で文化芸術が衰退していくことを無視できないと考えている人たちまで、多数の方々の賛同を得ることができ、
クラウドファンディング募集終了まで1ヶ月を残したタイミングで目標金額の1000万円に到達したのだった。このご支援の輪はネクストゴールとして設定した2000万円まで伸びることとなる。
ここでもシティ・フィルは音楽の灯を消してはならないという大きな意志に救われたのだった。

お陰様でシティ・フィルは一旦の危機を脱し、2025年には創団50周年を迎えようとしている。
まだまだ安定した運営という意味では問題は山積みだが、3年後の記念すべき年にどのような音楽を届けることができるか、そして「音楽を止めずに支えてくれた全ての方への感謝」を伝えられるかに知恵を絞る日々である。

そしてもうひとつ片づけなければならない課題がある。
幻となってしまった歌劇「トスカ」を改めて実現することだ。大規模は声楽を伴うプログラムが実現できる、その時こそコロナ禍の長いトンネルの出口に至ったということなのかもしれない。

星野繁太(東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団 事業部長)

(2022/10/15)

東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団公式ホームページ
https://www.cityphil.jp/