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Pick Up (2022/9/15)|大黒TSUKEMEN THE JAPAN STAGE 2022|丘山万里子

大黒TSUKEMEN THE JAPAN STAGE 2022

Text by 丘山万里子(Mariko Okayama)
写真提供:大黒TSUKEMEN 

大黒 TSUKEMENて、なんだ?
尺八黒田鈴尊の独演会(7/9@サンパール荒川)での古典、現代、初演曲にピアソラなどなどアグレッシブな独演ぶりを楽しんだ帰り道、手にしたチラシでどうにも気になる「大黒TSUKEMEN THE JAPAN STAGE 2022」。TAIRIKvn,va、KENTAvn、SUGURUpfの頭文字を並べた「TSUKEMEN」(2008年結成)はクラシック、ジャズ、ポピュラー、映画音楽、オリジナルまで各種取り揃えのインストゥルメンタル・ユニット。これに和太鼓の大多和正樹(DAI)と尺八の黒田鈴尊(KOK)が加わったのが大黒TSUKEMENとか。結成2018年の異色5人衆だ。面白そう、と、台風接近の午後に出かけたのである。

悪天候予想にもめげず、客席はほぼ満員。
固定ファンがいるようで、若い子らに中高年も、とかなりの幅広さ。黒田独演会は現代音楽がメインの夜の部だったので若者が多かったのは肯けたが(現代邦楽の集客ぶりに驚きかつ心強くもあった)、こちらはTSUKEMEN目当てと思われる。
プログラムなどないから、ただただ音楽とトークの行ったり来たりを、楽しく遊ぶ。前半は「四季」がテーマか。筆者に分かったのは『枯葉』、宮城道雄『春の海』、ヴィヴァルディ『四季』から“春”、なるほど、と思っていると突然、『津軽海峡冬景色』。尺八とヴァイオリンが泣く、泣く。軽快ヴィヴァルディから全き演歌世界だ。スリリング、というか、かなり大胆な大道芸風。で、『蝉時雨』が来る。
こういう音楽のごた混ぜは色々な世界が見えていい、とすっかり股旅気分になった筆者であった。
MCでやはり「四季」つながりと知るが、今は「夏」、しかも台風、みたいなトークに客席は、これこれ、的喜び方だから、おなじみなのだろう。
筆者、5年ほど前にはクラシックの演奏会にMCが入る傾向に異を唱えていたし(音楽に集中できない)、未だに抵抗があるのだが、このように全てが遊び、ならなんてことはない。
しかも白スーツで決めたトリオの真ん中にフラッと立つ羽織袴の黒田、後方には筋肉隆々左官職人みたいな格好の大多和であれば、その取り合わせに何でもありだ、といたってノンシャランになる。
日頃、なんて息を詰め気を張ってステージに対峙していることか、改めて思い知るのだ。

というわけで、知っているような知らないような、似たような違うような、耳あたりよきオリジナル曲も(客席はしっかり把握、待ってました、の反応ぶり)、自在なトークに転がされ、嬉々として楽興の時は流れてゆくのであった。
つまり、心地よい音楽とユーモラスな語りに喜ぶ客席の一員となり、無邪気に笑ったり耳を傾けたり、いわば街の楽士の振りまく音楽の原点に戻してもらった、そういう愉悦(8/2@オペラシティでの SIRBA OCTETにもそれがあった)。
それに、例えばヴァイオリン持ちかえで二胡も弾かれ、奏者の表情が全く異なることが話題になり、KENTAはその理由を「ヴァイオリンは顎で楽器を挟むから顔を動かせない」と言ったが、膝上に抱えて弾く2本弦の楽器のやるせない音色はどうしたってじっとり湿り気を帯びつつ表情も多感様式(?)にならざるを得ないのは一目一聴瞭然。
あるいは、何を吹いても尺八の伝統奏法技法満載黒田の奮闘ぶり、すなわち、あごユリ、よこユリ、たてユリヴィブラートに回しユリ、むらいき、玉音(もあった?)などなど、西洋楽器とは異なる多彩微細な音の変化(へんげ)を至るところに忍ばせつつの熱演、情演にはやはり伝統芸能の凄さを知らしめるものがある。もちろん、彼らをその気にさせる和太鼓の活躍も欠かせない。
西洋楽器と和楽器のアンサンブルの絶妙は、双方が触発しあっての新たな音響世界を生み出しており、それは『真田組曲』でもいかんなく発揮された。客席の「来たーー!」感は、クラシック公演で大河ドラマのテーマ実演サービスに沸くのとはかなり異なる熱さ。この洋和5人衆、日本の音楽大使として世界ツァーをすべき、と筆者もつい熱く・・・。
アンコール、『スペイン』は客席との掛け合いというか、「お決まり」が手拍子で繰り広げられ、いわばクラシック新年定番『ラデツキー行進曲』のようなもの。この曲が彼らのワンステージの定番であることが知れる。乗りそびれるのは筆者くらいであったが、コツを呑み込めばシャンシャン参加で気持ちいい。
最後、大盛り上がりの締めに至っては、客席総立ちのスタンディングオベーションであった。
こんなシーン、久しぶりだ。

さて帰宅後、自分の目撃(そう、撃たれた)がなんであったかをwikiで見ると、トリオは全員、音楽大学出身(vn,va桐朋、pf東京音大)と知る。さらに、ラーメンもどきのネーミングはリーダーTAIRIKの父さだまさしに「お前らイケメンまでいかないからツケメンぐらいだろ」と言われたのがきっかけ、とのこと。そういえば、さだは音高受験失敗のヴァイオリニスト志望(かの鷲見三郎に認められ長崎から上京)だった。そういえば、似てる。そういえばオリジナル曲のメロディーライン、雰囲気、似てる。そういえば、ステージでの掛け合い、弾いている時のパフォーマンス、表情、似てる。と、筆者は驚いたのであった。

つらつら思う。
今年2022年はショパンコンクール第2位の反田恭平のとことんデータ受験法と音楽学校新設の夢が大きく話題になった。彼が示したのは、きょうび国際コンクールでの勝利を得るに必要な二つの要素。一つは徹底的なデータの収集とそれが導く最適解への道。もう一つは、楽しい、が原点であること(厳格・技術詰め込み主義への抵抗)。この二つに加え、ビジネスとして成功すること(オーケストラの設立、室内楽活動ほか)、すなわち場と流通の確保も目指す。
自身をモデルとしての発信力は、コンクールキャリアを「国際派」基準とする旧来の音楽教育のあり方そのもの、それに依拠する音楽業界を大きく変えるものと言えよう。
一方で、もうずいぶん以前から、例えば古澤巌や高島ちさ子、葉加瀬太郎らが様々なシーンで展開してきたポピュラー、エンタメ路線。演奏もすごけりゃトークも楽しい。見た目のパフォーマンスもイケてる。クラシックその他なんでもありのクロスオーバー。
コンクール組にせよエンタメ組にせよ、いずれも腕もさることながらスター性、カリスマ性が肝で、こうしたプロの売れ筋になるのは音大出でもほんのひと握り。あとはオーケストラや街の教室の先生、音楽関連事業要員などなど、津々浦々に散ってゆくのだ。
その一握りにしても、かたや芸術音楽として崇拝され、かたやタレント芸人もどきと軽んじ疎んじられ、がこれまでの図式と言ってよかろう。音大先生方もまた我が愛弟子的派閥意識がいまだに消えず、この手の区分け棲み分け、あるいは貴族平民階級社会構造は戦後復興(音楽教育高度成長期)からバブルを経て今日に至るまで残存していると思われる。
そうした構造を、生徒たち自身、つまり下から揺さぶる力がすでにクラシック牙城を崩し始めているのではないか。
僕たちは、音楽が好き。だから自分たちのスタイルで楽しみたい。それを人と共有したい。そういうシンプルな欲求をシンプルに形にしての活動。
熱く、飄々、軽快な大黒TSUKEMENを見ていると、そんな柔軟な価値観が底に動いている気がする。
もちろん、有名な父を持つメンバーがリーダーのユニット(と筆者は知らなかった)であることはその分、有利に違いない。別段、さだでなくとも、純血サラブレッドなどと呼ばれる若手新鋭はどの世界にでも常にいるが(ここにもエリート/野育ちが透け、反田はそれを逆手に「ふつう」をアピールするわけだ)、それだけではない魅力、技術、発想の新鮮さが彼らにはあり、だから固定ファンがついているのだろう。
結成からかれこれ十数年、欧米、アジアなど600本を超えるツァーを重ねる TSUKEMEN、あるいは邦楽若手実力派とのコラボユニットの和気藹々、丁々発止にも「芯」がある。ゆとりと遊び心に満ちた彼ら5人衆のステージは、旧弊音楽教育や音楽業界にうんざりしている筆者に一陣の風のようだった。
彼らに限らずここ数年、こうしたユニット活動は急速に増えている。「好きなことを好きなように」のメッセージは、減少傾向の音大進学者の新たな活路となる一方で、凝り固まった価値観を洗う波にもなっているのだ。

と、思っていたら筆者母校(桐朋音大)同窓会便りに、新学長就任の辰巳明子氏(ちなみに氏は、鷲見三郎にも学んだ)の次の言葉を発見。同窓会会長に、自身の学生時代と今の学生との相違を問われての答えに曰く。
一握りは自分の時代と変わらない。親も音楽が大好きで、親子一緒になって二人三脚でレッスンに通う方々も残っているが、自分がドイツ留学時に感じたのは、「成熟した国というのはこうなのかな、と思ったことがありました。それは、どんな地方でも音楽のわかる人がたくさんいて、音楽が生活の中に入り込んでいて、でもだからといって、音楽は愛でるけれども、子供に猛練習させるような、あの厳しい音楽家育成のやり方は、ちょっと違うんじゃないかと思っている。ああ、日本もいずれこんな風になるんだろうなあ、と漠然と感じました。」
大学トップのこの発言を筆者は清々しく思う。早期英才教育で一大栄華を築いた時代から何を継承し、新たな何が必要か。
大黒TSUKEMENのような独自の音楽アングルもまた、日本にとどまらず、これからの世界音楽つまり国際派のありようの一つを示しているのではなかろうか。

 

大黒TSUKEMEN THE JAPAN STAGE 2022
2022/8/13@浜離宮朝日ホール

<演奏>
大黒TSUKEMEN:TAIRIKvn,va、KENTAvn、SUGURUpf、大多和正樹wadaiko、黒田鈴尊 shakuhachi

<セットリスト>※セッションごとに記載
1.四季メドレー
 (秋)枯葉 /ジョセフ・コズマ〜 (冬)雪/峰崎検校 〜 (春)ヴィヴァルディ春 〜 (夏)蝉時雨/SUGURU(伊藤優來)
2.真田組曲 大黒TSUKEMEN定番の組曲
 第一楽章「群雄割拠」 〜 第二楽章「青い炎」 〜 第三楽章「疾風迅雷」
3.TSUKEMENオリジナル 大黒TSUKEMENバージョン
 「AKATSUKI」〜「ひかり」〜「風の記憶」〜「虹を見上げて」
4.アンコール 大黒TSUKEMEN迫力の定番
 「スペイン」

(2022/9/15)