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Pick Up (2022/8/15)|”TANZ!” SIRBA OCTET|丘山万里子

”TANZ!” SIRBA OCTET

Text & Photos by 丘山万里子(Mariko Okayama)(アンコール時スマホ撮影可につき)

”TANZ!” SIRBA OCTET。カラフルな字の踊るプログラム表紙は、当夜ここに集った人々すべての想いをのせているようだった。

前半終了前のこと。ナビゲーターSunnyの「このコンサートはTANZ! みなさん聞いているだけじゃなく、さあ立って! 踊りましょう!」にホールを埋めた観衆が(1階のみだが満席に近い盛況)「えー!」と言いつつホイホイ立ち上がるではないか。
彼女の指導に従い、「はい、左に4歩、1、2、3、4、最後は前に! 次、右に4歩1、2、3、4、最後は前!」。一人座っているわけにもゆかずステップを試みるが....ん?もつれる。みっともない。悔しい。社交ダンスにトライした頃もあったではないか、と懸命に脳内イメトレで2回目にはなんとかクリア。「みなさん素晴らしい!」の甘い声におだてられ、「ではここでくるっと回って1、2、3、4!」「ここで指パチン!」「はい、最後は両手でわーい!」。
なんとなんと、ぴっちり詰まった客席全員、見事に一緒のステップに指パチン! おお、気持ちいい! 久しぶりだぞ、全身が動く、揺れる、気持ちいい!(そもそもは手繋ぎ輪になって、だそうだが、この日は横一列で手繋ぎなし)。
バンドメンバーも喜色満面、「ヘイ!」と掛け声決めまくり、客席をうきうき踊らせてくれる。おお、豪華! パリ管などからなる腕っこきメンバー8人バンドが奏でるクレズマー&ロマ(ジプシー)音楽の切ない旋律に弾むTANZ ! その生音で踊るなんて! ホール中Happyハッピーあちこち笑顔。

思い出す。
ポーランドはクラコフ、民族音楽バンド(5名ほど)の一員と踊ったこと。夕食の合間に奏でられる音楽。手を取って引っ張り出され、東洋女でも「らしく」踊れる巧みなリード、目と目を熱く合わせてのグルグル回転にふらふら、最後は抱き上げられて席に戻されたっけ。
翌日、訪ねたアウシュヴィッツ。
走馬灯の如く点滅する記憶。

ディアスポラが生み出したユダヤ文化。インドから北上したロマ文化。二つの道に思えるが、実は交錯する混淆世界。ケルトがアイルランドまで流れたように、クレズマーとロマは東欧各地に息づくが、俯瞰するなら中央・周縁辺境、先進・後進の色分けはモザイク模様でしかない(道にはむろん海路もあり、アフリカはカリブから新大陸、ジャズを生み、だけでない、大小無数の文化がその毛根を伸ばし、絡みあっての世界であろう)。
イスラエルはヴィア・ドロローサ(十字架の道行き)の終着、ゴルゴタの丘に建つ聖墳墓教会の堂内宗教混淆(カトリック、ギリシア、アルメニア、コプト、シリア各宗派)の響き(ミサ)の混然に(よくまあ争いが起きないものだと思ったが、訪問後しばらくの年、乱闘になったと聞いた)、おそらくこのごた混ぜこそが本来の人の内外世界ではあるまいか、と思った。
このオクテットの音楽もそんなごた混ぜ感があり、クラリネットなんか、時々チャルメラ(と言っても今どきの人にはわからないだろうが)みたいだった。
そうして、都会のホールに流れる哀愁郷愁の旋律と賑やか情熱ダンスの組み合わせ(そういう構成)は、誰もが知る悲喜交々たる人生そのものであるかに思えた。
違うようで、底の底はおんなじ。とってもシンプルな、人間の喜怒哀楽。
パンデミックで隣席も憚られるこの2年、ぶつからないよう、なんて気遣いなど忘れステップに興じ、指を鳴らす私たち。
さあっと風が吹き通るような心地。
そう、人心地、人として生き返ったみたいな。

休憩時間のロビーでさらにたまげる。
シャンパングラスを合わせ、コーヒーカップを手に、アイスクリームをすくい、あちこちで繰り広げられている、パンデミック以前のあのさざめきが。
なんだか遠い昔に戻ったみたい....ロビー飲食解禁か?
パンデミック以来、初めての「歴史的経験」だった。

8人のソロ、アンサンブルの弾けっぷり(特にクラリネットが最高!)、ツィンバロンの野の香りに思う。
ほんとうは、音楽は、せいぜいこれくらいの人数で、素敵に上手い奏者がいて、周りに人が集まって、みんなで囃し立て、踊り明かし、その群れがあちこちに散在していて、それがあちこちを流れ歩いていて、そうやって運ばれていたもの、楽しまれていたもの。それが一番自然な姿だったはず。
彼らは、そう笑いかける。
大きなホールに大人数のオーケストラ、オペラの引越し公演などなど、膨張し続け浮かれ続け金にまみれた挙句の今、もう一度原点に戻って、それこそ『世界がもし100人の村だったら』(2001)規模で、周りを眺めてみたらどうだい?
オクテットの音楽と演奏が、当夜の観客に贈ってくれたのは、そう言うメッセージだった気がする。

後半での『トゥンバラライカ』、今度はみんなでハミングだ。バラライカを弾き、歌ってみよう、との意味だそうで、イディッシュ語の有名なユダヤ民謡の一つ。どこかで聞いたことのあるような素朴な旋律を、口ずさむ。温かで優しいメロディーが私たちを包む。
響き、流れるみんなの歌声。

アンコール、芸術監督のリシャール・シュムクレールvnが赤いはっぴを羽織っての『東京音頭』の一節に、客席が沸く。
街角で盛り上がる楽人、楽団、観衆の親しい会話と音楽。
歌って、踊って、飲んで、食べて、おしゃべりして。
それが僕らの原点じゃないか。
小さな幸せを、大切にしよう。
みんなそんな気分で、家路についたろう。

(2022/8/15)

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『踊れ!SIRBA OCTET』
2022/8/2@東京オペラシティ コンサートホール

<演奏>
リシャール・シュムクレール(ヴァイオリン&芸術監督)
ローラン・マノー=パラス(ヴァイオリン)
コランタン・ボルドロ(ヴィオラ)
クロード・ジロン(チェロ)
スタニスラス・クシンスキ(コントラバス)
ジョエ・クリストフ(クラリネット)
ルリー・モラール(ツィンバロン)
クリストフ・アンリ(ピアノ)
シリル・レーン(編曲)

<曲目>
コロミーシュカ
ルーマニアン・ファンタジー
モルドヴァ組曲
羊飼いのドイナ/シルバ(スルバ)
お前はどこにいた/エルサレムのユダヤ人/サラタのバトゥタ
ベッサラビア
ドイナ/少年のホラ
キャロブの木の下に佇んで(作曲:ハヴァ・アルベルシュタイン)
〜〜〜〜〜
コラギャーシュカ(船乗りのダンス)
ジプシーの嘆き/少女よ/安息日
良き一週間
2つのギター
道端に立つ木/盗人アヴレミ
トゥンバラライカ/ルーマニア・ルーマニア
戦いのホラ・デ・ムナ/酒
(アンコール)
カチューシャ/黒い瞳
ベッサラビアのホラ
東京音頭/コロミーシュカ