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ジョーバン・バロック・アンサンブル第31回演奏会 女性作曲家たちの肖像|大河内文恵

ジョーバン・バロック・アンサンブル第31回演奏会 女性作曲家たちの肖像
Joban Baroque Ensemble 31st Concert Portraits of Women Composers

2022年7月9日 日暮里サニーホール コンサートサロン
2022/7/9 Nippori Sunny Hall Concert Salon
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
写真提供:ジョーバン・バロック・アンサンブル

<出演>      →foreign language
リコーダー:高橋明日香
ヴァイオリン:池田梨枝子
ヴィオラ・ダ・ガンバ:武澤秀平
チェンバロ:鴨川華子

<曲目>
アンナ・ボン:トリオ・ソナタ Op. 3-3 ニ短調
      :チェンバロ・ソナタ Op. 2-4 ハ長調
エリザベト=クロード・ジャケ・ド・ラ・ゲール:ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ ニ長調
マッダレーナ・ラウラ・ロンバルディーニ=ジルメン:トリオ・ソナタ Op. 1-2 ハ長調

~~休憩~~

イザベラ・レオナルダ:ヴァイオリン・ソナタ Op. 16-12 ニ短調
アンナ・アマーリア:フルート・ソナタ 変ロ長調
エリザベト=クロード・ジャケ・ド・ラ・ゲール:トリオ・ソナタ 第1番 ト短調

~アンコール~

アンナ・ボン:トリオ・ソナタ 第4番 終楽章

女性作曲家の作品のみによる演奏会がここまで充実したものになるとは、筆者の想像をはるかに凌駕していた。常磐線沿線出身もしくは在住の実力派ピリオド演奏家によるジョーバン・バロック・アンサンブルは、2009年5月の第1回から公演を重ね、14年目の今回31回目。毎回公演タイトルが付き、テーマ性をもった選曲がなされてきたが、意外にも女性作曲家の特集を組んだのは初めてだという。女性作曲家を集めた演奏会はこちらでも取り上げたが、今回はバロック以前の作曲家に焦点があてられたため、1人も重複していない。

まずはアンナ・ボンのトリオ・ソナタから。芸術家の両親のもとに生まれピエタ慈善院で音楽教育を受けたアンナは一家でバイロイト宮廷に雇われ、それぞれ6曲ずつが含まれる作品集3つを立て続けに発表するが、結婚後には音楽家としての活動は見られない。青島の演奏会でも繰り返し強調された「結婚によってキャリアを中断された女性作曲家」の典型例である。

1740年生まれという18世紀半ばに活躍した彼女の音楽は、トリオ・ソナタではイタリア風の快活な旋律が特徴的な一方、次に演奏されたチェンバロ・ソナタでは、古典派を思わせる分散和音や連打が聞かれる一方で、ロココ風の音遣いもふんだんに盛り込まれ、バロック時代から古典派時代への移り変わりの時期に、その当時および前後の様式を全部載せした、なんとも贅沢な造り。楽章が進むにつれて「混合」様式がこなれていって、第3楽章はかなり面白く聴ける。この時代の鍵盤作品は、バロックでも古典派でもない独特の手触りをもつものが多く、演奏者泣かせであるが、ごちゃまぜ感を逆手にとって上手く聴かせた。

ジャケ・ド・ラ・ゲールはルイ14世の庇護を受け、フランス人女性の中で最初にオペラを書いたことで知られる。いわば「スーパー女性作曲家」である。演奏の合間のトークでも語られたように、17~18世紀の音楽の主たるポストは宮廷音楽家や教会関係の音楽家で、そこで演奏する女性はいたにしても、楽譜を出版できたのはごくわずか。それは才能だけでなく(それが可能な)環境に恵まれた人にしか許されなかった。

ヴィオラ・ダ・ガンバの独奏をするにあたって、武澤はヴァイオリン独奏曲の編曲という形を選択した。ヴィオラ・ダ・ガンバ用の曲がなかったことを理由に挙げていたが、実際の演奏を聴くとたしかにヴァイオリン用の速いパッセージをヴィオラ・ダ・ガンバで演奏するのは容易ではないことがわかるが、2楽章の長い音価の音をクレシェンドしながら伸ばすところなど、ヴィオラ・ダ・ガンバならではの味わいがあって良かった。続く3楽章、4楽章はこのままずっと聴いていたいと思うほど、楽器と音楽がしっくりと馴染んでいるように聴こえた。

前半最後のロンバルディーニ=ジルメンはヴェネツィアの慈善院の出身で、タルティーニの弟子となった人物。このトリオ・ソナタは、リコーダー、ヴァイオリン、ヴィオラ・ダ・ガンバの3人で演奏され、破格の出来だった。3人ともどんな音域でもどんなパッセージでも安定していて、しかもバランスがとれている。すぐれたアンサンブル力をもつ3人が集まるとこんなにも豊饒な音世界が繰り広げられるのか。

後半はイザベラ・レオナルダのヴァイオリン・ソナタから。北イタリアの貴族の家に生まれた彼女は、当時の貴族の慣習にしたがい女子修道院に入り、女子修道院長にまで出世した傍らで音楽の才能も発揮し、多くの作品を残した。DISCORSI MUSICALIを主宰する佐々木なおみ氏によれば、修道院長になってから堰を切ったように多くの作品が出版されているという。修道院長という地位が作品の残った要因の1つと考えると、やはりここでも「環境」に恵まれたことがうかがえる。レオナルダの作品の中でも演奏される機会の多いこのヴァイオリン・ソナタを、池田は情感を込めてたっぷりと聞かせ、非常に大人な演奏に彼女の成長を感じた。

アンナ・アマーリアはフリードリヒ大王の末の妹で、J.S.バッハなどの楽譜や書籍を収集した“アマーリア文庫”と呼ばれるコレクションで後の音楽界に大きな影響を与えたことでも知られる。彼女の師であるキルンベルガーが著書のなかで、「見習うべき手本」として彼女を紹介したことからもわかるように、リコーダー、ヴィオラ・ダ・ガンバ、チェンバロで演奏されたこの曲は完成度が高く、いわゆるプロの音楽家ではないということを忘れさせるほどの充実度をもっていた。この作品と最後のジャケ・ド・ラ・ゲールのトリオ・ソナタに関していえば、「女性作曲家」という枠組みでの取り扱いは不要なのではないかと思う。

女性作曲家というと、トークでも触れられたが、本人自身の名声というよりも、「〇〇の××(弟子、妹など)」という枠組みで捉えられ、一段下に見られがちではあるが、そういった社会状況にも屈することなく残った作品というのは、もはや「女性」という色眼鏡は必要ないのだという、奇しくもタイトルからイメージされるものを揺るがすような結果となった。それはある意味、演奏者が意図していたかどうかは別として、「女性作曲家」と銘打つことで、逆にその無意味さを浮き彫りにしたともいえる。それができたのは演奏家の力量であったことは間違いない。

(2022/8/15)

リハーサル映像


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Joban Baroque Ensemble:
Reconder: TAKAHASHI Asuka
Violin: IKEDA Rieko
Viola da Gamba: TAKEZAWA Shuhei
Cembalo: KAMOGAWA Hanako

Anna Bon: Trio sonata op. 3-3
: Cembalo sonata op. 2-4
Elisabeth-Claude Jacquet de la Guerre: Viloa da Gamba sonata D major (original Violin sonata no. 2)
Maddalena Laura Lombardini-Sirmen: Trio sonata op. 1-2

–intermission—

Isabella Leonarda: Violin sonata op. 16-12
Anna Amalia: Flute sonata B flat major
Elisabeth-Claude Jacquet de la Guerre: Trio sonata no. 1

–Encore—
Anna Bon: Trio sonata op. 3-4