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日本フィルハーモニー交響楽団第740回東京定期演奏会|齋藤俊夫

日本フィルハーモニー交響楽団第740回東京定期演奏会
Japan Philharmonic Orchestra 740th Subscription Concert

2022年5月27日 サントリーホール
2022/5/27 Suntory Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by Ⓒ山口敦

<演奏>        →foreign language
指揮:カーチュン・ウォン
ビアノ:務川慧悟(*)
ソプラノ:三宅理恵(**)
日本フィルハーモニー交響楽団

<曲目>
伊福部昭:ピアノと管絃楽のための『リトミカ・オスティナータ』(*)
(ソリスト・アンコール)J.S.バッハ:フランス組曲第5番より第1曲アルマンド(*)
G.マーラー:交響曲第4番ト長調(**)

 

ピアノという楽器はかくも強靭な音を出すことのできる楽器であったのか! 伊福部昭『リトミカ・オスティナータ』のソリスト・務川慧悟の演奏を聴いての筆者の驚愕と感動である。筆者が前から4列目真ん中、ピアノの反響板を見上げる位置に座ったということもあるが、とにかく務川のピアノがスゴい。スゴすぎる。A1(急)―B(緩)―C(急)―D(緩)―A2(急)の構成の、緩であるB,Dの部分ではピアノの音以外聴こえなくなるほどに猛り吠えることもあった。ただし、筆者所蔵の総譜には指示のない多くの箇所で務川がペダルを使用していたことは注記しておきたい。
オーケストラだって負けてはいない。低音部の重厚な響きを土台として、高音部が空間を切り刻むように閃くその猛々しさ。C部の後半、金管がロングトーンによる息の長い旋律を奏でる部分の轟きはまさに破壊的と言えた。
しかし、その強靭で破壊的な〈怪獣的演奏〉を繰り広げた務川と日フィル、カーチュン・ウォンに隙がなかったかというと、かなり大きな隙が空いていたとも言わざるをえない。ピアノとオーケストラを打楽器的に扱う本作品の、その〈打楽器性〉において隙があったのである。
〈打楽器性〉とは、旋律的論理、和声的論理とは別物の、〈数学的論理〉によって音楽を把握する所に要がある。本作で例えれば、序奏の後、ピアノによって提示される第一主題のリズム3+2+3+2+2+3+2+3+3+2を〈数学的〉に把握する、それが〈打楽器的〉音楽の構築・再現法である。伊福部のこの打楽器的音楽は極めて熱いが、他方でこの数的な冷徹な感覚を保ち続けなければならないというアンビヴァレンスを内包している。このアンビヴァレンスが破綻するとき、音楽が崩壊してしまうのだが……今回のラストの爆音トゥッティは崩壊一歩手前まで全員が暴走してはいなかっただろうか? ラスト以外でも縦のリズムの線がブレるところが其処此処であり、痛快な演奏、いわゆる爆演ではあったが、筆者の思い描く完璧な演奏とは少々焦点がズレていたと正直に述べておきたい。
アンコールのJ.S.バッハは、とても辛いものを食べた後に飲む水の美味しさ、と言うべきか、あるいは幾何学的・数学的な形姿が伊福部に通じるのか、いずれにせよホッと一息つける音楽であった。

後半のマーラー交響曲第4番、この作品はかくも幸せな音楽だったのか! と筆者はまた驚愕と感動を味わった。
マーラーというと、独特の転調、さらに調性が不安定になるマーラー的調性感の〈異質さ〉や、突然それまでと性格や形式が異なる楽想が挿入されることによって作り出される〈異質さ〉をどう扱うかが聴きどころとなると思われるが、今回はそのような〈異質さ〉がどこにも感じられなかった。
第1楽章の、ともすれば狂気を感じさせるようなフォルティシモも明るく、まろやかに響く。第2楽章もマーラー的危険を孕んだワルツのはずが、あくまではろばろとして実に心地よい。第3楽章は「平和に満ちてRuhevoll」という指示の通り安らかで、何回か訪れる奈落からの響きも平和を飾る彩りとしか感じられない。第4楽章、ソプラノの三宅理恵のなよやかなたおやめぶりは特筆すべき。「天上の生活」というタイトルを屈折させる〈異質さ〉は全くなく、天上での幸福をとことん味わい尽くして全曲が終わった。
終演後鳴り止まない拍手に応えてカーチュン・ウォンが(日本語で)語ったことには、1週間前に子供を授かり、それによって彼にとってのマーラーの4番がそれまでとは全く異なる幸せな音楽になったとのことである。なるほど!

来年2023年9月よりカーチュン・ウォンは日フィルの首席指揮者に就任することが決定しているが、今後大いに期待できると太鼓判を押せる演奏会であった。

(2022/6/15)

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<players>
Conductor: Kachun WONG
Piano: MUKAWA Keigo(*)
Soprano: MIYAKE Rie(**)
Japan Philharmonic Ohchestra

<program>
IFUKUBE Akira: Ritmica ostinata per pianoforte ed orchestra(*)
J.S.Bach: French Suites No.5 , I. Allemande(*)
Gustav MAHLER: Symphony No.4 in G-major(**)