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コンポージアム2022「ブライアン・ファーニホウの音楽」|齋藤俊夫

コンポージアム2022「ブライアン・ファーニホウの音楽」
COMPOSIUM2022 The Music of Brian Feneyhough

2022年5月24日 東京オペラシティ コンサートホール
2022/5/24 Tokyo Opera City Concert Hall
Reviewed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by (C)大窪道治/提供:東京オペラシティ文化財団

<演奏>        →foreign language
指揮:ブラッド・ラブマン
クラリネット:ヤーン・ボシエール(*)
アンサンブル・モデルン

<曲目>
(全てブライアン・ファーニホウ作曲)
想像の牢獄I
イカロスの墜落(*)
コントラコールピ(日本初演)
クロノス・アイオン(日本初演)

 

複雑極まりない――彼の音楽を指してこう形容詞を綴るのはほぼ同語反復であるとは知りながら、これ以外に適切な語を筆者は知らない――ファーニホウ『想像の牢獄I』が手練中の手練たるアンサンブル・モデルンによってその姿を見せた時、当然のごとく筆者は恐れおののいた。音楽というものがこんな形姿をして現前することがあるのか、と。だが、聴き入っているうちに自分の内と、外から流れてくる音楽との間に謎めいた平衡状態が保たれていることに気づいた。確かにファーニホウの「新しい複雑性の音楽」には作曲家の唯一無二の個性が刻まれている。しかし、それでいて(アンサンブル・モデルンが生で演奏する)ファーニホウはロマン的、あるいはベルクの表現主義的音楽――もちろんこの対義は古典的、ウェーベルン的音楽だ――と情念的な世界観・音楽観を共有しており、それは決して人間的なものを排してはいないと筆者には聴こえてきたのだ。『想像の牢獄I』で音の密度が疎になるとはっきりと聴こえてくる各パートの旋律的フレーズに、さらに音が密になった合奏部分にも聴き取ることができたこの〈情念〉を〈取っ掛かり〉とすると、俄然この作曲家の音楽を間近に寄って楽しめるようになった。
『イカロスの墜落』が叙述的・叙景的なのはこの作品が表題音楽であることからして当たり前といえば当たり前かもしれない。過剰に細分化された音楽的背景の中でのたうちまわるようにもがき苦しむクラリネットソロの情念、特に孤独に荒ぶるカデンツァで表出されるそれは激烈と形容できよう。そこからピッコロ、ヴァイオリンなどが加わり、打楽器の連打で全てが掻き消える終曲部分で、〈ファーニホウ的情念〉の〈ロマン派的形姿〉が明らかに見えた、ような気がした。
複雑なかすれ音の点描的合奏で始まる『コントラコールピ』は今回のプログラムでは最もウェーベルンに近い、いわゆる室内楽的な細やかな書法で描かれた作品。結晶的に精緻なアンサンブルからは情念が排除されるようでいて、その結晶の中から赤い血がほとばしるようなシーンが少なからずある。いや、〈血〉と言うより、もっと温度の高い〈火花〉と呼ぶべきか?〈血〉もしくは〈火花〉が聴いているこちらの心の内奥に達したとき、痛みと熱さがはじけた。
それぞれ異なる速度の時間の層が幾重にも折り重なり、互いにしのぎを削る、プログラム最後の約30分の大作『クロノス・アイオン』。ここで筆者はベルクと共に、ヴァーグナーをも想起した。多層的な時間を統一した音楽的ベクトルがベルク&ヴァーグナー的情念によってもたらされている。また音楽の形姿の過剰な複雑さに反してその情念は決して複雑ではないことにおいて、本作品と対極にあるのはシューベルトやシューマンの諸作品ではないだろうか? ウェーベルンではなくベルク的な点描から、無常感漂う弱音に至り、打楽器の「シャラシャラシャラシャラ……」という擦音で終曲した時、筆者は不思議な安堵を覚えた。それは本作品が〈始まり〉〈中〉〈終わり〉という構造に則っており、曲の最後にきちんと〈終わり〉が来たった、からではないだろうか。
〈ファーニホウ的情念〉について語る、という、本稿には異論も少なからずあるだろう。できれば筆者のように情念・情緒に傾くことなく音楽が聴ける人、特に作曲家に本演奏会がどう聴こえたか聞いてみたい。いずれにせよ、ファーニホウの音楽の〈ただものではない深さ〉を思い知った稀に見る好企画であった。

(2022/6/15)

関連評:〈コンポージアム2022〉ブライアン・ファーニホウの音楽|西村紗知
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<Players>
Conductor: Brad Lubman
Clarinet: Jaan Bossier(*)
Ensemble Modern

<Pieces>
(All pieces are composed by B.Ferneyhough)
Carceri d’Invenzione I for ensemble
La Chute d’Icare for solo clarinet and chamber ensemble(*)
Contraccolpi for chamber ensemble (Japan premiere)
Chronos-Aion for ensemble (Japan premiere)