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CDヘンリー・パーセル歌曲集《美しき島》発売記念コンサート SONGS by Henry Purcell ~Fairest Isle ~|大河内文恵

CDヘンリー・パーセル歌曲集《美しき島》発売記念コンサート
SONGS by Henry Purcell ~Fairest Isle ~

2022年4月20日 古賀政男音楽博物館 けやきホール
2022/4/20 KOGA MASAO Museum of Music Keyaki Hall
Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
写真提供:中嶋俊晴(リハーサル、京都公演) 

<出演>      →foreign language
カウンターテナー:中嶋俊晴
チェンバロ:三橋桜子
オルガン:パブロ・エスカンデ
バロックヴァイオリン:秋葉美佳

<曲目>
H. パーセル:音楽が愛の糧なら
  ばらの花より甘く
J.ブロウ:組曲第2番より グラウンド、ロンド
H. パーセル:孤独
  ひとつの音上のファンタジア
  ヴァイオルをかき鳴らせ
  無伴奏ヴァイオリンのためのプレリュード
  わたしを泣かせて(嘆きの歌)
  聴け!すべての物が

~~休憩~~

H. パーセル:魅惑の一夜
A. コレッリ:トリオソナタOp. 2 no. 12より シャコンヌ
H. パーセル:つかの間の音楽
F. クープラン:王宮のコンセール第4番より、プレリュード、フォルラーヌ
H. パーセル:恋の病から
M. ロック:オルガンのためのヴォランタリー、ホーンパイプ
J. ブロウ:ヘンリー・パーセルの死のためのオードより、地獄に向かって、我らがオルフェウスを返せとは言うまい
H. パーセル:夕べの賛歌
G. F. ヘンデル:オラトリオ《セメレ》より もう絶望も私を傷つけはしない
H. パーセル:喜びの島

アンコール
グリーンスリーブス

 

近年、世界の趨勢並みに勢いを増し、さまざまなタイプの歌手が日本でも活躍するようになったカウンターテノールであるが、その中でも異彩を放っているのが中嶋である。筆者は、3月におこなわれたジュリオ・チェーザレを始め、オペラの中で歌う中嶋を見てきたが、ソロ・リサイタルを聴くのは今回が初めてであった。

歌い手本人が前面に出るタイプと、本人よりも音楽が前に出るタイプとに大きく分けるとすると、中嶋は間違いなく後者であるといえるが、濃密な時間を過ごした後に残ったのは、その時の流れの中で聞いた音楽の手触りと中嶋の徹底した美意識で、聴覚のみならず、視覚・触覚・心の感受性などすべての知覚が研ぎ澄まされていくように感じた。

ミクロな音の粒が同心円状に広がっていく中に自分が浸っているように感じられる中嶋の声は、ホールいっぱいに響く声であっても、ここまで絞るかという弱音であっても変わらない。発せられた音のミストはあちこちに反射して次々に耳に飛び込んできて、全身で音のパワーを浴びている感覚を覚える。

CDの発売記念コンサートであるこのコンサートは、収録されているパーセルの歌曲を中心としながらも、パーセルの師であるブロウやパーセルに影響を与えたロック、同時代人のF.クープラン、パーセルの後の時代のイギリス・オペラを担ったヘンデルなど関連する作曲家の作品が随所に散りばめられ、プログラムに動きを与えている。せつない感じ、しっとりした曲の多い前半の最後に明るい「聴け!すべての物が」を持ってきて休憩に入るところ、最後から2番目にヘンデルで盛り上げておいて、最終曲をCDの表題曲でしめるところなど、緻密に構成されたプログラムには、中嶋の美学が感じられた。

中嶋の美意識には、共演者の選択も含まれているように思われる。CDで共演したチェンバロの三橋、オルガンのエスカンデに加え、東京公演はバロックヴァイオリンの秋葉が参加。三橋とエスカンデは関西を中心に活動しているため、東京での演奏会ではあまりみかけないが、中嶋がCD製作の時点から信頼している仲間だということが演奏からも伝わってくる。秋葉はこれまでに聞いたことがあるはずなのにあまり記憶になかったものの、今回、非常に優れた奏者であると認識を新たにした。

声の充実度が顕著な中嶋だが、歌詞も大切にしているということが、CDや演奏会の対訳を自ら手掛けていること、さらにその言葉の選択にもあらわれている。トークの際にも披露されたように、CD解説の藤原一弘いわく、「彼[パーセル]には英語の歌詞に込められた力を表現する特別な天賦の才があり、その力であらゆる聴き手の情念を揺り動かし讃嘆せしめた」とパーセル没後に出版された曲集の序文にあるという。その言葉通り、パーセルが表現した歌詞の世界を余すことなく伝えるために、ディクションを追求し、声をコントロールする様は、中嶋が歌っているというより、中嶋の身体を借りてパーセルの音楽が現前しているように思えた。まさに憑依する音楽家である。

印象的だった曲いくつかにふれたい。4曲目に歌われた「孤独」は、ジャズもしくはゴスペルを思わせる響きがあり、既存の曲を歌っているというより、舞台の上で即興でセッションがおこなわれているように感じられた。「ヴァイオルをかき鳴らせ」では、touchという歌詞の発音が、まさにtouchという言葉の意味を体現しており、アジリタの自然さが抜群だった。「わたしを泣かせて」では同じ歌詞を繰り返すたびにせつなさが増していき、最後の3語の消え入りそうなギリギリまで絞った弱音が心にずっしりと残った。

後半の「恋の病から」は冒頭2行の歌詞が3回繰り返されるのだが、それらがすべて異なる歌い方がなされ、歌詞と相俟って胸を打つ。何より秀逸だったのは、「夕べの賛歌」で、一見シンプルな曲なのだが中嶋の声で聴くとしみじみ良い。最後のアレルヤは大げさでなく「生きていて良かった」と胸がいっぱいになった。アンコールはグリーンスリーブス。間奏でヴァイオリンとオルガンのソロがあり、共演者に華を持たせる心遣いが憎い。

歌手というよりアスリートのような体躯の中嶋、立ち居振る舞いの優雅さや、共演者への気遣いなど音楽以外の部分では人間性が垣間見えたが、音楽の上では自身は影の存在となって音楽そのものを前面にみせる。そのギャップこそが中嶋の魅力なのかもしれない。今後もっと聴いていきたい歌い手である。

(2022/5/15)

京都公演より

京都公演より

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Counter tenor: Toshiharu Nakajima
Cembalo, Organ: Sakurako Mitsuhashi
Organ: Pablo Escande
Baroque violin: Mika Akiba

H. Purcell: If music be the food of love -1st ver.
  Sweet than roses
J. Brow: Suite II – Ground, Ronde
H. Purcell: O solitude
  Fantasia Upon One Note
  Strike the viol
  Prelude for solo violin
  O let me weep (The Plaint)
  Hark! How all things

–intermission—

H. Purcell: One charming night
A. Corelli: Trio sonata op. 2 no. 12 Ciaccona
H. Purcell: Music for a while
F. Couperin: Concerts Royaux Quatrième Concert: Prélude, Forlane
H. Purcell: I attempt from love’s sickness
M. Locke: Voluntary for the organ, Hornpipe
J. Blow: “An Ode, On the Death of Mr. Henry Purcell” We beg not hell our Orpheus
H. Purcell: An Evening Hymne
G. F. Handel: 《Semele》Despair no more shall wound me
H. Purcell: Fairest Isle

–Encore—
Green Sleeves