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アントネッロ<オペラ・フレスカ7>オペラ ジュリオ・チェーザレ|大河内文恵

アントネッロ<オペラ・フレスカ7>オペラ ジュリオ・チェーザレ

2022年3月5日 川口総合文化センター・リリア 音楽ホール
2022/3/5 Kawaguchi LILIA music hall

Reviewed by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)

<出演>           foreign language
指揮:濱田芳通
演出:中村敬一

キャスト:
ジュリオ・チェーザレ:坂下忠弘
クレオパトラ:中山美紀
トロメーオ:中嶋俊晴
アキッラ:黒田祐貴
コルネーリア:田中展子
セスト:小沼俊太郎
クーリオ:松井永太郎
ニレーノ:彌勒忠史

舞踏:聖和 笙

管弦楽:アントネッロ
バロック・ヴァイオリン:杉田せつ子・天野寿彦・遠藤結子
バロック・ヴィオラ:佐々木梨花
バロック・チェロ:武澤秀平
ヴィオローネ:布施砂丘彦
アーチリュート/バロックギター:高本一郎
バロック・オーボエ:小花恭佳
フラウト・トラヴェルソ/リコーダー:中島恵美
ナチュラル・ホルン:大森啓史・ 藤田麻理絵・ 根本めぐみ・ 松田知
チェンバロ/バロック・ハープ:曽根田駿
オルガン/チェンバロ:上羽剛史
パーカッション:和田啓

 

ディーヴァ誕生。
本公演について言うべきことを挙げたらきりがないが、敢えて1つだけに絞るとすればこれに尽きる。言うまでもなく、クレオパトラ役を演じた中山美紀のことである。

バロック・オペラのなかで、日本でもよく上演されるのは断然ヘンデルのオペラで、中でもこの《ジュリオ・チェーザレ》は上演頻度が高い。それは日本だけの話ではなく、世界中同じ状況で、発売されているDVDなども少なくともヘンデルの中では最も多いだろう。

しかし、アントネッロの《ジュリオ・チェーザレ》は過去のどの上演とも一味も二味も異なるものだった。一言でいえば、「やれることは何でもやる」方針で、演出・芝居・音楽が三位一体となって、アントネッロらしさ溢れるものとなった。まず演出についていえば、セミ・ステージ形式で、舞台の中央には器楽アンサンブルが陣取る(器楽詳細は後述)。それを取り囲むようにV字型に階段が配置され、歌手が歌い演技をする舞台となる。正面のオルガンには各場面を象徴する映像が映し出され、舞台の両脇には字幕。

この字幕、ただの翻訳ではない。ヘンデルの作品には当時の社会状況への風刺やわかる人だけに向けた隠された意味、下ネタなどが巧みに忍び込ませてあるのだが、それが訳に反映されていて、思わず笑ってしまう。

風刺という意味では、器楽も一役買う。今回、上羽と曽根田がチェンバロとオルガンを頻繁に入れ替わりながら演奏しており、ちょっとした合間に元のオペラにはない、けれど誰もが知っているようなメロディー(結婚行進曲やメサイアなど)を入れ込んでくる。それは、完全に(現代的な意味での)パロディーになっていて、何度も爆笑してしまった。

さらに、キャスティングが非常に上手くいったように見えたのは、歌の巧さというだけでなく、1人1人のキャラクターがきっちり確立されていて、わかりやすかったことも功を奏していた。目に見える形でそれを実現させていたのは衣装デザインである。チェーザレと部下のクーリオは赤を多用しており、コルネーリアとその息子セストは白を基調とした衣装、トロメーオとアキッラ、ニレーノは黒をベースにしており、クレオパトラは高貴さをあらわす紫、そして身分の高いチェーザレとトロメーオは金があしらわれ、それぞれの陣営と立場が見事に反映されていた。

ジュリオ・チェーザレを舞台でみると、チェーザレ・クレオパトラ・トロメーオ・コルネーリア以外の人物の区別がつきにくく、「今歌ってるのはどっちの陣営の人?」となりがちなのだが、今回はそういった戸惑いは一切なく、それゆえに物語の世界にすっと入り込めたように思う。

バロック・オペラは19世紀以降のオペラに比べて長い(ヴァーグナーは除く)。それはストーリーがそもそも複雑であることに加えて、ダ・カーポ・アリアが用いられるために、1つ1つのアリアが長いことにも起因する。そのため、ダ・カーポで戻ってきたA部分はしばしばカットされることもあるのだが、今回はカットなし。

というより、戻ってきたAでいかにアジリタを回し、見事な節回しを聞かせるかに歌手1人1人が全力を傾けているので、2度目のA部分が楽しくて楽しくて仕方がないのだ。どんなオペラでも第1幕は人物紹介なので飽きるものだが、今回3幕を2部に分けているために最初の休憩まで95分だったにもかかわらず、「え?もう休憩なの?」と思ってしまうくらい、あっという間だった。

休憩直前は、アキッラ、クーリオ、ニレーノの家来衆による上司の愚痴大会。ここだけは元の台本にない部分で、日本語で幕間劇としておこなわれた。3人の「役者っぷり」が楽しめたほか、ニレーノ役の彌勒がヘンデルの別のオペラのアリアを歌いあげる場面もあり、アントネッロのサービス精神の極みであった。

プログラムに記載された濱田の挨拶に、「《ジュリオ・チェーザレ》こそ最高のコミック・オペラだ!」とある。たしかに、コミカルな要素がふんだんに盛り込まれてはいたが、この上演の本当の凄さはそこではなく、レチタティーヴォを思いっきりコミカルに演じた後で、アリアはセリアらしくきっちり歌い上げるところにある。

この使い分けが見事なのは、アリアがそれぞれの情感を器楽と歌とで存分に聴かせているからで、このセリア部分がしっかりしていなければ、コミカルな部分はただ騒いでいるだけになってしまう。そういう意味では、キャストには歌手としての高い技量と役者としての芝居との両方を求められる苛酷な現場だったことだろうが、その危ない橋を全員で見事に渡り切ったことが成功の秘訣だったといえよう。

器楽アンサンブルは濱田肝いりだけあって、巧者揃い。通常、レチタティーヴォの伴奏はチェンバロで演奏されるのだが、今回はチェンバロとオルガン、ハープに高本のリュートおよびバロック・ギターが用いられた。アキッラのレチタティーヴォでバロック・ギターが伴奏を担当したところなど、レチタティーヴォ=チェンバロという定式に固執する必要はないのだなと実感した。パーカッションは立岩潤三の予定だったが、体調不良のため和田が交代した。このアナウンスがおこなわれたのはかなり直前だったのだが、そんなことはまったく感じさせない和田の活躍ぶりであった。多彩な打楽器が入ることによって、異国感と(いい意味での)いかがわしさが出て、それがこのオペラの魅力を引き立てた。

さて、歌手の話を最後にしよう。冒頭でふれたように、クレオパトラ役の中山は抜群。コミカルな演技や小悪魔ぶりで魅せる一方、弱音からホールいっぱいに響かせた澄んだ高音まで縦横無尽。日本でもついにここまでバロック・オペラを歌えるソプラノが出てきたかと頼もしい限りである。

題名役の坂下はチェーザレ役としては珍しいバリトン。タイトルロールなのに後半姿を消す影の薄い設定で、将としての豪勇さと人としての情けなさを併せ持つ難しい役どころを見事に体現していた。カウンターテノールの2人(中嶋・彌勒)はさすが。歌も芝居もこちらの期待をさらに上回ってきた。芝居は敵役と脇役が上手いと盛り上がるというが、その通りになった。

コルネーリアの田中は、透明感のあるたたずまいと歌声で説得力があった。というのも、「母」という設定ゆえにコルネーリア役は年配だったり「母」らしい体型の歌手になることが多く、トロメーオ・アキッラ・クーリオの3人を虜にしてしまうことに違和感を感じることが多かったからだ。田中の歌と演技はまったく違和感なく納得できるものだった。

アキッラの存在感、セスト・クーリオの小物感など、登場人物ひとりひとりがよく練られていて、満足度の高いものだったが、ひとつだけ言わせていただくと、やはりチェーザレはカウンターテナーで聞きたかったと思う。再演の際にはぜひ一考をお願いしたい。

ジュリオ・チェーザレは今年10月に新国立劇場での上演が決まっている。日本で1年に2回別のプロダクションでジュリオ・チェーザレがみられる日が来るなんて、10年前には想像すらできなかった幸せである。
なお、このレビューを書いている間に、濱田の第53回サントリー音楽賞受賞の報が飛び込んできた。このジュリオ・チェーザレ上演が大きな一押しになったかもしれない。

                                      (2022/4/15)


Conductor: Yoshimichi HAMADA
Director: Keiichi NAKAMURA

Cast:
Giulio Cesare: Tadahiro SAKASHITA
Cleopatra: Miki NAKAYAMA
Tolomeo: Toshiharu NAKAJIMA
Achilla: Yuki KURODA
Cornelia: Nobuko TANAKA
Sesto: Shuntaro KONUMA
Curio: Eitaro MATSUI
Nireno: Tadashi MIROKU

Dance: Show Seiwa

Baroque violin: Setsuko SUGIYAMA, Toshihiko AMANO, Yuiko ENDO
Baroque viola: Rika SASAKI
Baroque cello / Viola da gamba: Shuhei TAKEZAWA
Violone: Sakuhiko FUSE
Archlute / Baroque guitar: Ichiro TAKAMOTO
Baroque oboe: Yasuka KOHANA
Flauto traverso / Recorder: Emi NAKAJIMA
Natural horn: Keiji OMORI, Marie FUJITA, Megumi NEMOTO, Satoshi MATSUDA
Percussion: Kei WADA
Cembalo / Baroque harp: Hayao SONEDA
Organ / Cembalo: Tsuyoshi UWAHA