PickUp (2022/05/15)|国際古楽コンクール山梨2022|大河内文恵
国際古楽コンクール山梨2022
International Competition for Early Music YAMANASHI, Japan
2022年4月29日~4月30日 府中の森芸術劇場内 平成の間
2022/4/29-30 Fuchu Forest Art Theater Heisei no ma
2022年5月1日 立川 Chabohiba Hall
2022/5/1 Chabohiba Hall
Reported by 大河内文恵 (Fumie Okouchi)
Photos by 荒川洋子/写真提供:古楽フェスティヴァル〈山梨〉実行委員会
1987年に発足し、2011年の東日本大震災の年を除く毎年おこなわれてきた国際古楽コンクール山梨は、コロナ禍のため第33回の開催を2020年、2021年と2回の延期を経て、今年2022年に制限付きながらようやく開催に漕ぎつけた。第3回以降、古楽情報誌「アントレ」に継続的にレポートが掲載されてきたが、2018年8月の同誌の終刊により、現在ではコンクールの公式サイトに記載される記録のみになっている。「アントレ」掲載のレポートのレヴェルには到底達しえないが、3日間の現地に居合わせた記録をここに記しておきたい1)。
古楽に特化して開催されるこのコンクールは、近年では1年交代で開催部門が変わる。今年は鍵盤楽器部門とアンサンブル部門が開催された。コンクールのタイトルにもあるように、山梨の甲府市で毎年開催されてきたが、荒川恒子実行委員長から審査に先立って伝えられたように、コロナ禍いまだおさまらないなか、山梨で大きなイベントを開催することが困難なため、府中と立川にておこなわれた。
例年、コンクールと併せて開催される楽器展示、表彰式後のフェアウェル・パーティーは、コンクール後におこなわれているマスター・コースも含め、開催が見合わされた。また、海外からの審査員としてロレンツォ・ギエルミ氏が予定されていたが、こちらも見合わせとなりコンテスタントも海外からの参加はなかった。日本への入国が厳しく制限されているなか、これは致し方ないだろう。
今回の参加者は、鍵盤部門25名(チェンバロ17名、フォルテピアノ8名)、アンサンブル部門4組で、初日の29日には、フォルテピアノ7名(1名棄権)の予選と、チェンバロ17名によるL.クープランの作品(5分程度)の演奏がおこなわれた。課題曲として、「③ L.Couperin: 任意の前奏曲、舞曲を組み合わせ10 – 12分程度にまとめる」と出ていたものの一部を演奏することとなった。
この企画は、アメリカの篤志家から寄せられた基金により設立された「一般財団法人 チェンバロ振興財団クープラン」の設立記念にともなうもので、クープラン賞(表彰式時には、チェンバロ振興財団クープラン設立記念賞に変更された)の選考をおこなうものであった。選曲は参加者の任意であるため、曲の重複は少なかったが、それでもクープランを続けて聞いていると、改めてその難しさが浮き彫りになる。日本人はバッハが好きとよく言われるが、J.S.バッハの作品はある程度きちんと楽譜を読み込んで演奏すればバッハの曲を弾いているように聞こえるが、クープランは楽譜の音をそのまま鳴らしただけではクープランに聞こえない。そのなかで、中山結菜、中村裕の2名が同賞に選ばれた。また、フォルテピアノ参加者7名のうち、2名が本選に進んだ。
コンクールのために準備された楽器は、フォルテピアノ1台、チェンバロ4台で、フォルテピアノはデュルケン・モデルの太田垣至氏製作のもの。調律・調整も太田垣氏によっておこなわれた。チェンバロは、ギタルラ社から貸し出されたケネディ製作のジャーマン2段チェンバロ、久保田彰製作のフレミッシュ2段チェンバロ、野神俊哉製作のフレミッシュ2段チェンバロ、イタリアンの1段チェンバロで、参加者が弾く曲に合わせて事前に選択する。
2日目には、チェンバロおよびアンサンブル部門の予選がおこなわれた。会場となった府中の森芸術劇場の平成の間は、正面がガラス張りとなっていて、木々の緑がそこに映える。2日目はよく晴れて美しい景色を見ながら演奏を聴いた。チェンバロ部門は、前日に弾いた曲を除く事前提出曲より構成された12分ほどのプログラムを演奏。予選に演奏した曲は本選では弾けないため、それを見据えた選曲となる。前日のフォルテピアノも含め、予選ではミスを少なくするために比較的慎重な演奏が多かったように思う。チェンバロ部門からは5名が本選に進んだ。
今回はアンサンブル部門に4組の参加者があり、すべての組が異なる編成となっていた。声楽2人+チェンバロ、管楽器2人+チェンバロ、弦楽器2人、管楽器1人+弦楽器2人+チェンバロとバラエティ豊かな編成で、このうち2組が本選へ。
恒例となっている、審査の待ち時間におこなわれる過去の入賞者によるコンサートは、29日は、第6回に入賞した夏山美加恵とリュートの佐藤亜紀子によるエール・ド・クール。ジャンル名として知ってはいても、実際に生で聴くことの少ないエール・ド・クールだが、夏山はフランス語のディクションがしっかりしており、フランス語に疎い筆者でも、聞いていると歌詞の意味がわかるような気がするほど伝わってくるものがある。配布されたプログラムに掲載された砂川巴奈歌による解説によれば、「16世紀後半から17世紀のパリにおいて、フランス語をいかに美しく、自然に歌うか」を追求したのがエール・ド・クールであるという。まさにそれが実感される演奏だった。途中、イタリア語とスペイン語の曲が1曲ずつ入っており、そこではがらりと変わってそれぞれの世界が楽しめた。
30日の入賞者コンサートは第32回3位入賞の井上玲とチェンバロの中川岳(第27回第1位)による「ネーデルラントのリコーダー音楽」と題するコンサート。ネーデルラントというとブルゴーニュ楽派・フランドル楽派といったルネサンス音楽を思い浮かべるが、今回は17~18世紀のリコーダー音楽。1曲目に演奏されたファン・エイクの笛の楽園を除けば、初めて聞く曲ばかりであったのは、井上が写本や手稿譜などから探し出した曲を取り上げているためで、こうした優れたレパートリーの発掘にも、演奏を通して説得力をもって当時の様式感を伝える技量にも感嘆した。
最終日は、立川のChabohiba Hallに場所を移し、本選会。午前にフォルテピアノとアンサンブル、1時間半の休憩をはさみ、午後にチェンバロ部門がおこなわれた。チェンバロ部門では、武満徹の《夢見る雨》もしくは、リゲティの《ハンガリー風パッサカリア》のどちらかともう1曲が課せられた。5名のうち、4名が武満を選び、もう1曲の方も3名がC.P.E.バッハの《スペインのフォリアによる12の変奏曲》を選び、同じ曲を何度も聴く、ある意味コンクールらしい展開になった。楽器の選択が1人1人異なるというだけでなく、曲の解釈もそれぞれ個性的で、まったく違う曲に聴こえたのが印象的であった。
入賞者コンサートの最後は第32回2位(最高位)入賞の出口美祈による「フランス・バロックの華」と題するもの。バロック・チェロおよびヴィオラ・ダ・ガンバの島根朋史とチェンバロの寺村朋子が共演をつとめた。出口の演奏は3年前のコンクールの時にも感じたが、決して派手なものではない。しかし、どんな曲も難しく感じさせない高い技術力と、その曲の魅力を着実に伝える表現性が抜きんでている。クープラン賞の設立と出口のフランス・バロックプラグラムとの邂逅は偶然だろうが、図らずもバロック時代におけるフランスの立ち位置を再認識する機会になったと思われる。
入賞者演奏会は通常、入賞の翌年におこなわれ、1年間の成長を見せる場所になるが、今回は延期につぐ延期のため、入賞の3年後となった。その間の2年間はコロナ禍でもあり困難な時期であったはずで、だからこそ一層、彼らの精進の深さに思いを馳せるとともに、コンクールの意義を実感した。
出口は今回、フォルテピアノ部門の本選の課題曲クレメンティの《ピアノとヴァイオリンのためのソナタ第1番》の共演者もつとめた。フォルテピアノ部門では、本選で室内楽や協奏曲などアンサンブルの課題を課されることがこのコンクールの特徴でもある。事前に合わせの時間が必要であるなど、それぞれに負担もあるだろうが、独奏だけでは見えてこない、奏者の音楽性がみられるよい機会であるとともに、コンテスタントにとっても共演者にとってもよい学びの場になっているように感じた。
このコンクールでは、表彰式の結果発表の前に審査員による講評がおこなわれる。今年は大竹尚之氏による総括で、2年開催できなかったことによる影響について述べられた。音楽とは作曲家・演奏家・聴衆の3つがあって初めて可能になるが、演奏・研究・作曲は1人でもできるものの、「聴いてもらう」ことは1人ではできない。こうした状況から、今回は参加者たちが自分の中で固まってしまい、伝わってこないように見受けられたということ、そして次回への期待が語られた。予選のところでも述べたが、「伝える」という面に手ごたえの及ばない演奏が散見され、今後への期待も含めて筆者も同感である。
続いて、上尾直毅氏より、過去の音楽をやっていること、その中でも特殊な古楽器をやっていることの「不自然さ」を自覚すべきとの指摘があり、そのためには「書物」に目を通して欲しいと強調された。出口のコンサート後に荒川委員長が語ったように、今回の入賞者コンサートは、奏者が自分でプログラムを組み、解説もすべて自分たちで準備がなされた。これまでの入賞者コンサートでは荒川氏が解説を書いていることが多かったことを考えると、格段の進歩である。荒川氏によれば、このコンクールは「勝負の時ではなく、学び合う場」であるという。今回、自分の出番が終わっても会場に残り、他の参加者の演奏を聴いているコンテスタントが多かったという。参加者同士で連絡先を交換したり、参加者で集まって話をしている場面を筆者も目撃した。
このコンクールでは、コンテスタントが審査員から直接コメントをもらえるという大きなプレゼントも用意されている。例年はフェアウェル・パーティーの場でおこなわれるようだが、今年はパーティーが中止だったため、本選日の本選開始前にそのための時間が設けられた。その時間だけで足りなかった人には、昼休みやちょっとした空き時間にも熱心にコメントをする審査員の姿が見られた。
出口が入賞者コンサートのトークで、延期に次ぐ延期で演奏するプログラムが変わったと言っていたが、じつは課題曲も2019年のものから変更されている。コンクールを通して、今回はオスティナートを用いる作品が多いと感じた。筆者の勘ぐり過ぎかもしれないが、同じ旋律がひたすら続いたり、何度も戻ってくる曲を繰り返し聞いていると、同じ毎日、同じ時間が続くことの貴重さを連想してしまう。伝染病、ウクライナへの侵略といった先の見えない時代だからこそ、何気ない日常の大切さが身に沁みる。毎日コツコツと日常を積み重ねた先にこそ、輝く未来はあるのだという主催者からのメッセージなのかもしれないと思う。
(2022/5/15)
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注1)2021年10月に、コンクールの立ち上げから昨年までのあゆみをまとめた「国際古楽コンクール〈山梨〉―35年(1987-2021)の歩み そしてこれから―」が刊行された。詳しくはコンクールのサイトを参照されたい。