Pick Up (2022/3/15) |アップデイトダンスNo.91|瀬戸井厚子
アップデイトダンスNo.91 「子供の情景」ロベルト シューマン
Update Dance #91 “Kinderszenen” R. Schumann
2022年2月4日~14日(13日所見)
カラス アパラタス/B2ホール
Text by 瀬戸井厚子( Atsuko Setoi )
演出・振付:勅使川原三郎
出演:勅使川原三郎、佐東利穂子
シューマンの『子供の情景』と言えば、いわゆるポピュラー・クラシック、つまり一般の人々の多くがなんとなく知っている、聞いたことがあると思うクラシック曲の、代表的なもののひとつ、ではないだろうか。5歳児の筆者は「トロイメライ」の旋律がいたく気に入って、よく口ずさんでいたものだ。そもそも曲名が(日本語の意味は知らずに)魅力的だった。
その懐かしい曲集、作曲者の言う「子供心を描いた大人のための作品」13曲から、「13のテーマが織り込むノスタルジーの向こう側の『大人の情景』に変貌するダンスタペストリー」(案内状の主催者の言葉)を織り成すって、どんなもの? 素舞台に照明が入り、大人二人(勅使川原&佐東)の踊り手が登場する。四肢を緩やかに覆うだけの簡素な衣装をまとった二人が舞う。
音楽はまず『子供の情景』を一通り、次いで『クライスレリアーナ』からの抜粋、そしてまた『子供の情景』。耳になじんだピアノの音(録音による)が、流れ、たゆたい、またリズムを刻む。時には曲の間の暗転中の舞台から、打ち・叩くノイズ音。明と暗、スポットとサスペンションの単純な組み合わせによる照明が、効果的に舞台空間を構成する。光に照らされ、あるいは暗がりの中で、息づき動く人の体。
「見知らぬ国」からもたらされた「不思議なお話」を聞くときめき、「重大な出来事」に直面した後で「トロイメライ(夢)」にやすらい、また「むきになって」がんばったりする。二人は時に連れ立ち、時に対峙し、すれ違い交差し、一人になり、また出会う。全身の繊細精妙な動きが、観る者の目をひたと惹きつけて離さない。遠い歩みを経た二人が「今、ここ」に帰還し、来し方を眺めやるのか。
親愛なる音楽に耳をゆだねつつ、目は踊り手の動きに忠実に随っていく。客席に着座したままの体勢にもかかわらず、いつしか踊り手の息遣いと脈動に同調している自分に気づいた。こうして、1時間足らずの間に筆者の目と耳が受け取ったのは、「ノスタルジー」など一気に飛び越えて、魂の生動と命の揺らめきという楽曲のエッセンスが身体化され視覚化されている、という印象だった。
音楽を聴くことは「時のかたち」を感じ取ることだと、常々筆者は思っているのだが、このたび、その思いを新たにした。当然にも時間的かつ空間的存在である生きている人体による、「形ある時間」の空間化・視覚化を、目の当たりにできた。目と耳を、さらっと洗ってもらえたような感じ。
踊り終えての主催者挨拶も、長く親しまれてきた音楽を今を生きる命の表現へと蘇らせようとする創作意図の真摯さ、舞台表現の成立には不可欠の観客に謝辞を呈する謙虚さが何の衒いもなく示された、まことに好もしいものだった。感覚のリフレッシュというプレゼントを貰ったような幸福感を抱いて帰途に就く。
(2022/3/15)
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瀬戸井厚子 (Atsuko Setoi )
聖心女子大学哲学科卒。お茶の水女子大学大学院哲学専攻修士課程修了。学習院大学大学院哲学専攻博士課程単位取得退学。フリーランスの編集者として人文社会系図書の編集に携わる。