ブルーノ・ジネール : オペラ《シャルリー ~ 茶色の朝》|大田美佐子
ブルーノ・ジネール : オペラ《シャルリー ~ 茶色の朝》
Bruno Giner : CHARLIE
Opéra de poche d’après la nouvelle “Matin brun” de Franck Pavloff
2021年10月31日 神奈川県立音楽堂
2021/10/31 Kanagawa Prefectural Music Hall
Reviewed by 大田美佐子(Misako Ohta)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi)
〈出演〉 →foreign language
アデール・カルリエ (ソプラノ)
エロディー・ハース (ヴァイオリン)
グザヴィエ・フェルタン (クラリネット)
マリー・ヴィアール (チェロ)
セバスチャン・デュブール (ピアノ)
グレゴリー・マサット (パーカッション)
クリスチャン・レッツ (演出、美術)
アントニー・オーベリクス (照明デザイン、技術監督)
〈プログラム〉
第1部 「禁じられた音楽」による室内楽コンサート
ベルトルト・ブレヒト/ クルト・ヴァイル: 『三文オペラ』より「メッキー・メッサーの哀歌」
モーリス・マーグル/ クルト・ヴァイル: セーヌ哀歌
ロジェ・フルネ/ クルト・ヴァイル:ユーカリ
ベルトルト・ブレヒト/ クルト・ヴァイル『三文オペラ』より「大砲ソング」
アルヴィン・シュールホフ: ヴァイオリンとチェロのための二重奏より第二楽章 ジンガレスカ
バウル・デッサウ: ゲルニカ~ピカソに捧げる
ブルーノ・ジネール:バウル・デッサウの”ゲルニカ”のためのパラフレーズ
第2部 オペラ〈シャルリー〉
作曲: ブルーノ・ジネール – フランク・ パヴロフの『茶色い朝』にもとづくポケット・オペラ(日本初演)
第3部: ブルーノ・ジネールとのトーク・セッション
神奈川県立音楽堂でブルーノ・ジネール作曲のオペラ《シャルリー》(2008)を観た。
原作はフランスの心理学者フランク・パヴロフが1998年に出版した『茶色の朝』。全体主義が人々の日常生活に無意識のうちに巣喰い、やがて圧政が牙を剥き、人々の生活と心を破壊してしまう末路までを短い寓話で描く。冷戦後の極右政党の台頭に警鐘を鳴らす意味で話題になり、世界中で広く読まれてきた作品で、日本でも2003年の翻訳出版後、現在では21刷を重ねている。
「茶色の朝」そのものは短い寓話なので、オペラの前には作曲家のジネールが大きな関心を持ち、研究してきたという大戦間期の作品が演奏され、オペラの後には作曲家と哲学者の高橋哲哉氏とのトークショーが行われた。
今回、演奏するアンサンブルKは歌手、ヴァイオリン、チェロ、クラリネット、ピアノ、パーカッションという編成。第1部の「禁じられた音楽による室内楽コンサート」では、1933年にユダヤ系の作曲家としてドイツから迫害され2年の間パリで過ごしたクルト・ヴァイルの音楽劇《三文オペラ》(台本ブレヒト)から〈モリタート〉と〈大砲ソング〉、そしてフランス語のシャンソンが二曲歌われた。ヴァイオリンで奏でられた〈モリタート〉は、ドイツの民衆歌の伝統からフランスのエスプリを感じさせる「亡命時代のセンチメンタルな哀歌」に変容した。クローズド・ハーモニーで彩られ、フランス語が美しく響いた〈ユーカリ・タンゴ〉やアンサンブル総出で歌う〈大砲ソング〉では、楽器の音色のそれぞれの個性が際立つようにアンサンブルの特性を生かしたセバスチャン・デュブールの洗練された巧みな編曲が楽しめた。ジネール自身、クルト・ヴァイルの音楽に関するモノグラフィーを出版しているほどのヴァイル通であるという。そして、第1部の終盤には、パウル・デッサウのピアノ曲、ピカソに捧げられた《ゲルニカ》と、その作品を「忘却から掘り起こし、記憶に留めるために」、パラフレーズしたジネールの作品が演奏された。
オペラを中心としたこのプログラム全体の根底には、まさに語り継ぐべきものを「歴史の忘却から掘り起こし、記憶に留める」というメッセージが感じられた。オペラ《シャルリー》は、視覚的にはまるでクリスチャン・ボルタンスキーの作品を想起させるようなシンプルで美しい舞台で、登場人物と語りを兼ねた女性歌手が囁き、語り、歌って、パヴロフのテクストを進行する。パヴロフとジネールのテクストと音楽の関係性は、ブレヒトとヴァイルの作品のように、音楽がテクストを解釈する関係性を意識したものだった。異化の仕掛けとしても、ショパンのピアノ曲《子犬のワルツ》をちらっと響かせたり、《三文オペラ》の〈快適な生活のバラード〉を連想させる〈安心な茶色のバラード〉では、キャバレー・ソングのような親しみやすいメロディーに辛辣なアイロニーの歌詞が当てられた。ここでは、いわゆるオペラに期待されるような感情の劇的な動きや響きのカタルシスは、あえて抑制されている。ブレヒトの「教育劇」を思わせるような、合唱の厳格で規則的なリズム。この叙事的な音楽劇には、ラジオ・オペラのような趣もある。ブレヒトとヴァイルの音楽劇を知り尽くした作曲者の狙いが痛いほどわかる作品であり、おそらく、演者にとっても、演奏を繰り返すたびに、その巧みな音と言葉の仕掛けが深く味わえる作品に違いない。
第3部のトークショーでは、パヴロフの「茶色の朝」の日本語版に解説を書いた哲学者、高橋哲哉が登壇し、パリのジネールとオンラインで結んだ対話が行われた。この日は、ちょうど日本でも衆議院議員総選挙という大きな節目。「全体主義はソフトな顔をしている」こと、「様々な色が存在できる社会を」というメッセージは今も大きな意味を持つことが確認された。欲を言えば、せっかくコロナ状況下に来日したフランスの音楽家たちに、演じた感想や気づきも聞いてみたかった。《シャルリー》のような啓蒙的な背景を持つ作品は、演じている者の思考にとっても影響が大きいからだ。ただ見るだけでなく、考えることを含めた行動を起こす、その一歩になり得たのかどうか。
かつて、全体主義の暗闇へと突き進んでいったワイマール時代に、残念ながら、オペラという芸術は警鐘を鳴らしつつ世界を変えることはできなかった。それでも芸術は、受け止めようとする者に、感じ、考え続けるきっかけを与えてくれる。歴史と対話し、未来に繋げていこうとするジネールの創作理念に共鳴し、神奈川県立音楽堂という公共ホールの志の高さに、気概を感じた良質なプロジェクトだった。
関連評:ブルーノ・ジネール オペラ『シャルリー~茶色の朝』|齋藤俊夫
(2021/11/15)
Opéra de poche de Bruno Giner d’après la nouvelle “Matin brun” de Frank Pavloff
Amandine Trenc, chant
Elodie Haas, violon
Xavière Fertin, clarinette
Thérèse Bussière-Meyer, violoncelle
Sébastien Dubourg, piano
Grégory Massat, percussion
Metteur en scène : Christian Rätz
Lumière et technique : Anthony Auberix