NHK交響楽団 6⽉公演 サントリーホール|秋元陽平
NHK交響楽団 6⽉公演 サントリーホール
NHK Symphony Orchestra June Concerts at Suntory Hall
2021年6月16日 サントリーホール
2021/6/16 Suntry Hall
Reviewed by 秋元陽平(Yohei Akimoto)
写真提供: NHK交響楽団
<曲目> →foreign language
ペルト/スンマ(弦楽合奏版)
シベリウス/ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47
(アンコール:イザイ/無伴奏ヴァイオリン・ソナタ 第1番 作品27-1― 第3楽章)
ニルセン/交響曲 第4番 作品29「不滅」
<出演>
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
ヴァイオリン:青木尚佳
熱のこもったオープニングの拍手のあとにすぐ、水を打ったような静寂が訪れた。疫病のため間引かれた聴衆の期待も、その分だけ張り詰めた熱気を帯びている。ともかくこのゲネラル・パウゼを背後にひきうけ、パーヴォ・ヤルヴィのかすかな合図でピアニシモから滑り出したアルヴォ・ペルトの『スンマ』はもともと混声合唱のために書かれた作品だが、人間の声が想起させる、浮かんでは消える無数の顔の、無表情ではあるが一様に訴えかけてくるような個別性の凄みは、弦楽合奏に置き換えられ、どこか市民的な——ただし高度に抽象化された——夕べの祈りの音楽へと変貌することによって、穏やかな、逆に言えば原曲ほどには凄みがないものになる。だが僅かな高揚も余計に付け加えはしない抑制的な指揮と、N響弦楽メンバーの精密なピッチコントロール、そして集中力の高い聴衆の幸福な出会いを感じさせるに充分であった。
幸福な出会いはそれだけにとどまらない。続くシベリウスの『ヴァイオリン協奏曲』も、『スンマ』の続きかと思わせるような緊張感のみなぎる弱音の弦から始められたが、ソリストの青木尚佳は低弦からフラジョレットに至るまで、すべての音を汲み尽くすように楽器全体で豊かに鳴らし、技量を誇示することなくおのずから、オーケストラの音からソリストとして自らの輪郭をくっきりと示した(アンコールのイザイでもこの天分がよく感じ取れた)。それにしても、シベリウスのこの協奏曲には——というか彼の作品のほとんどすべてに——いわく掴みがたいところがある。神部智のプログラムノーツによれば、シベリウスの「みずみずしい息遣い」が聞きとれると同時に、「より清らかな古典主義の方向に足を踏み入れようとした」作曲家の過渡期を証言する作品であるが、たしかに、青木とヤルヴィ、そしてN響による、三者の自覚的に「協奏的」な実演に接してみると、昔なじみの録音を聴いてどちらかといえば単にソリスティックな奔流、野放図な力の表現のようにわたしがぼんやり思っていたパッセージは実は(ただし、きわめて広義の)古典主義的意匠に関連づけることができ、かつその枠組みをはみ出す力として生き生きと躍動していることに気づかされる。このことは、リズムや音型を丹念に跡付ける演奏でなければ明確にならない。だが、これが明確になってなお、いやむしろ、これが明確になってはじめて、この協奏曲にはどこかアンバランスな魅力というか、形式の麗しい展開を拒否し、爆発と抑制を慌ただしく行き来する危うい均衡があることが分かる。ヤルヴィのきびきびとした衒いのない棒に機敏に反応するオーケストラの精度は申し分なく、そのことによって、この作品の余白の多さ、そして、ものの本によればこの作品においてはすでにそこから遠のいているとされるにも関わらず、間違いなく未だ伏在する作曲家のロマン的な魂のゆくえを聴き手に問わせる。ここから始まるシベリウスの旅——のちに生み出される交響曲のなんと謎めいたことか!しかし良い演奏というのはひとをうっとりさせるだけではなく、こうして作品の内在的な亀裂をあらわにし、つくづく戸惑わせる。
ニールセンの『不滅』は、パーヴォ・ヤルヴィの、複雑な構造物を細部からダイナミックかつスピーディに組み合わせていく、建築士としての手腕が存分に発揮された演奏である。ニールセン独特の、とぼけた持ち味、ユーモラスな迂回を経て、気がつけば巨大な波が寄せ返してくるクライマックスまで、聴衆は大船に乗ったつもりで、小さいフレーズから伽藍が築かれていくさまを堪能することができる。在任中に外国にいたこともあって動向を知らなかったが、N響との相性というものを今更ながら感じさせるものだった。プログラムを見ると、バルトークの『管弦楽のための協奏曲』が予定されているようだが、先述した彼の魅力ががっちりと嵌まる曲目であることは想像に難くないし、才気したたる青木尚佳の日本公演も今後目が離せない。シェフ来日がかなった喜びを共有した聴衆にとって、持ち帰るものが多いコンサートであったのではないか。
(2021/7/15)
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<Program>
Pärt / Summa (String Orchestra Version)
Sibelius / Violin Concerto D Major Op. 47
(Encore : Ysaÿe / Sonate for unaccompanied Violion 27-1 3rd movement)
Nielsen / Symphony No. 4 Op. 29 “The Inextinguishable”
<Cast>
Paavo Järvi, conductor
Naoka Aoki, violin