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パリ・東京雑感|“Are You OK?”に救われたメーガン妃|松浦茂長

“Are You OK?”に救われたメーガン妃
Meghan Has Changed the Way We Talk About Suicide

Text by 松浦茂長(Shigenaga Matsuura)

メーガン妃が暴露するまでもなく、英王室が黒人の血を恐れているのは自明だ。ハリー王子との結婚式で、黒人司教がキング牧師の名前を出し、南北戦争前の黒人奴隷たちに触れると、王室の出席者のなかに目がくるくる回転し卒倒しそうになるレディーがいた。司教は、奴隷の苦難を語るのでも、人種差別を非難するのでもなく、かつて奴隷たちが自由を奪われた境遇の中で磨き上げた知恵、愛によって人間性を回復し得た、かれらの魂の深さを、かれらの残した歌を通して語ったからだ。

マルセイユに上陸するマリー・ド・メディシス(ルーベンス)

王制というのは国民国家などという狭苦しいシステムが出来るよりはるか昔からあるのだから、王様が外国人だったり外国の血が混じったりするのは当たり前のことだ。英国ハノーバー朝の開祖ジョージ一世は英語の出来ないドイツ人だったし、ルーブル美術館にはアンリ四世のお妃がイタリアのメディチ家から輿入れしてくる華麗な絵が飾ってある。マリー・ド・メディシスも、はじめフランス語がしゃべれなかった。

聖ジョージ礼拝堂での結婚式(2018年)

ハリーとメーガンの素敵な結婚式――黒人のゴスペルコーラス、アフリカ系青年のチェロによるフォーレの『夢のあと』――を眺めたとき、王室の白い肌の人々とはひと味違うドッシリした威厳と(苦難の歴史によって磨かれた精神的高貴さだろうか?)天性の美的才能を持つアフリカ系の血が王家に注ぎ込まれれば、英王室もリフレッシュするのでは?一瞬そんな思いさえ浮んできた。国民国家という窮屈な制約を楽々と飛び越えられるインターナショナルな伝統が、王制には備わっているのでは?
いや、やはりそれは一瞬の『夢』だったのか?(パリ・東京雑感|ウィンザー城の黒い結婚式 愛の力を歌った奴隷たちへのオマージュ|松浦茂長 | (mercuredesarts.com)

去年11月、ニューヨークタイムズのオピニオン・ページにメーガン・サセックス公妃と言う筆者名をみつけて、びっくりした。投稿は「それは7月のある朝、朝食を用意し、犬に餌をやり、ビタミン剤を飲み、なくした靴下を見つけ、いつもと変わらない平凡な一日の始まりでした」という書き出しの、飾り気ない告白だった。
その朝彼女は「息子のおむつを替えると腹部に激痛を感じ、息子を抱いたまま床にしゃがみこんでしまいました。」
流産したメーガン妃は病院のベッドで夫の濡れた冷たい手を握る。白い壁を見つめながら、どうすれば流産の打撃から立ち直れるだろうかと思いめぐらす。
そこで記憶は前の年、ハリーと南アフリカを訪ねたときにさかのぼる。長旅の終わりが近づき、くたくたに疲れていたけれど、息子に母乳を飲ませたあと、公式の場に向けてよそ行きの表情をつくろうとしていた。
そのとき一人のジャーナリストが彼女に“Are you OK?”と聞いた。メーガンが必死で封印してきた思いが、この一言によって堰が切られたようにこみ上げてきて、「妊娠している女は傷つきやすいですし、子供が生まれて……」と口ごもる。ジャーナリストはたたみかけるように「本当はOKじゃないのですね。闘いだったのですね?」と聞くと、メーガンは静かに“Yes”と答えた。
大衆新聞を激高させたインタビューである。メーガンはこう振り返る。

私を救ってくれたのは正直に答えられたということより、あの質問の方なのです。
私はジャーナリストにこう言いました。「聞いてくださってありがとう。私にOKかって聞いてくれる人はあまりいません。」

メーガンの人生にとって、これはインスピレーションの瞬間だったのだろう。病院のメーガンは“Are You OK?”によって流産の打撃から立ち直ろうと決意する。
彼女は十代、ニューヨークに来たばかりの頃、タクシーの窓から舗道をのぞくと、電話しながら滝のように涙を流す女性が見えた。運転手に、「止まって、彼女が助けを必要としていないか、様子を見なくてはいけないでしょう?」と聞くと、「ニューヨーカーは街の真ん中で愛したり、大通りで泣いたり、皆の前に自分の感情と自分の物語をさらけ出すのだよ。心配するな。」と言って走り過ぎた。
でも、新形コロナのため親しい人が死に、ロックダウンによって人とのつながりが断たれた今、メーガンは、「もし誰も立ち止まって声をかけなかったら?」とあのときのことを思い返す。過去に戻り、あの女性に“Are You OK?”と声をかけてあげられればと思う。
そして(思いは飛躍し)、誰も語りたがらない流産体験を、自分から進んで公表すれば、流産の悲しみを一人で抱えて苦しむ女性達のためになるのではないか。“Are You OK”と悲しみを分ち合う空気を作るのに役立つのではないかと考えた。

お腹の子を失うのは耐えがたい悲しみです。100人中10人から20人が流産を経験するというのに、皆沈黙を守ります。流産について話すのはタブー、恥とされ、孤独な喪の悲嘆に閉じこもるのです。
でも、勇気を出して自分の経験を話す人がいた。彼女達は、一人が真実を語れば、私たち皆に話す自由を与えることになるのだと思い、扉を開いたのです。
誰かが私たちの誰かに、「大丈夫ですか?」と尋ね、その答えに心から耳を傾けるなら、悲しみは軽くなります。心の痛みを分ち合おうと声を掛けられたとき、治癒への第一歩が始まるのです。

そういえば、フランスで生活すると、「大丈夫ですか?」と声をかけられることが多い。展覧会で椅子に座って休んでいると僕の顔をのぞいて「大丈夫ですか」と言う人が必ずいる。よほど憔悴した顔をしているのだろう。
妻は、母を喪って教会に座っていたら、女性が近づいてきて「一緒にお祈りしましょうか?しばらく一緒にいてよろしいですか?」と言われたそうだ。

オプラ・ウィンフリー

CBSテレビで、メーガンが自殺の思いを語れたのも、インタビューをしたオプラ・ウィンフリーの共感力に支えられたからだろう。オプラといえば、ハリーとメーガンの結婚式に招かれたとき、英国の新聞に「オプラ・ウィンフリーがチャペルに入った時が、真の女王到着の時だった」と書かれたほどの貫禄の持ち主だ。
オプラは終始対談の主導権を握っていて、メーガンが息子のアーチーに将来王子の肩書きが与えられないこと、従ってボディーガードがつかないこと(メーガンは一家への憎悪が強いためテロなどの危害を恐れている)を嘆くと、オプラは、なぜ王室が王子のタイトルを拒んだのかをしつこく問い詰める。メーガンが口ごもると、「人種のせいですか?」と、助け船を出す。メーガン、溜息。オプラ「あなたを罠に掛けるような質問なのは分かってます。でも……」。ここでメーガンは覚悟を決めて、「膚の色がどれくらいダークな子が生まれるかが話題になっていたのです」と口に出してしまう。オプラは「何ですって」と驚愕の応答。「誰が?」「どんな集まりで?」と質問攻めにする。
こうした激しいやりとりに続いて、「私はもし<それ>を言わなければ、<それ>をしてしまうのが分かりました。生きるのがいやになったのです。」と遠回しな発言が飛び出す。すかさずオプラは「自分を傷つけることを考えたのですか?自殺の想念を持ったのですか?」とたたみかける。この質問が南アフリカでのAre you OK?と同じようにメーガンの心の封印を取り除いたのだろう、彼女は状況を克明に説明し始める。
メーガンは、王室上層部の一人に、精神科の治療をうけるため入院させてもらえないかと尋ねるが、王室の評判に関わるからと拒否される。彼女は、死という抽象的な考えを持ったのではなく、夜昼生々しく死を感じ、一人でいるのはあまりにも危険になったので、ハリーに打ち明ける決心をする。

自殺願望は普通に考えられる以上にありふれていて、アメリカでは1年間に一千万人が深刻に自殺を考えるが、多くは誰にも死の想念を語らないそうだ。強制的に入院させられるのではないか、烙印を押されるのではないか(キリスト教で自殺は大罪とされた)、人に余計な心配を掛けるのではないか、話しても助けられるはずはない……彼らは不安と不信でいっぱいだ。自殺の思いに取り憑かれて悩む無数の人々にとって、メーガンの告白は贈り物――サイコセラピストで自殺学者のステイシー・フリーデンソール氏はこう言う。

有名人が自殺すると翌月自殺者が増える。そう、自殺は伝染する。しかし、希望も伝染するのだ。
自殺想念に逆らって実行しなかった人の物語は、自殺者減少につながる。回復の物語は、きっと希望といやしを吹き込むのだろう。
メーガンのインタビューは回復の物語だ。ハリーの王室から離れる決断が、メーガンの命を救った。彼女は、<愛する人に秘密を打ち明け、解決策を一緒に考え、生活を変えることで自殺への道を閉ざす>――この回復物語を人々と分ち合おうとしたのだ。

民の悩み苦しみに注意を払い、「大丈夫ですか?」と聞いて回るのは、昔から良き王さまの勤めだったのではないか?わが平成天皇夫妻が模範的にその勤めを果たしておられたように。メーガンの生む子の膚の色におびえ、黒い血の混じった子は王子にしないと決めるような共感力欠如の家族の中で、ハリーとメーガンは、民への共感を表わす王の役割を単独で担おうとしているかのようだ。

王室メンバーと記念撮影

ハリー王子夫妻が王室を離れたとき、ニューヨークタイムズはこう書いて彼らの門出を祝福した。

王室の真の価値は、決して儀式に出席したり、大衆紙にニュースネタを提供したりすることではなかった。フェアリーテールの世界の王様たち、女王様たちが、現実の世界と折り合いを付けてゆく長い連続大河小説――そこに王室の真の価値があった。この王室物語の中で、ハリー王子とメーガンのことを、古い秩序からの脱走者として嘆くべきではない。王室物語の次の巻のヒーローとして――現実世界での幸運を求め、特権を手放す現代の王族の冒険として、讃えるべきである。幸せな新生活を!(パリ・東京雑感|ハリー王子とメーガン妃追放に成功した英国大衆紙|松浦茂長 | (mercuredesarts.com)

いや、ハリーとメーガンの冒険は現実世界での幸運探求に止まらなかった。太古から王の使命だった“Are You OK”を、かれらが引き継ぎ、王室物語の真のヒーロー役を奪い取ってしまうのではないか?

(2021/4/15)