パリ・東京雑感|ウィンザー城の黒い結婚式 愛の力を歌った奴隷たちへのオマージュ|松浦茂長

ウィンザー城の黒い結婚式 愛の力を歌った奴隷たちへのオマージュ

text by 松浦茂長(Shigenaga Matsuura)

メガン・マークルさん

イギリスのハリー王子の結婚式はすごかった。きれいな少年合唱が聴けるかな?くらいの軽い気持ちでウィンザーからの中継を見始めたのだが、だんだん引きつけられ、びっくりしたり感嘆したり、すっかり興奮させられた。
そもそも花嫁が来るまでハリー王子がそわそわ手のやり場に困ったような、落ち着かない様子だったのがヘンだった。王子ともあろうものが、花嫁を待つのに気持ちの動揺を隠せないはずがない。あんなにキョロキョロするのは、よほど気がかりなことがあるに違いない。……そう、あの大胆不敵な結婚式―『デーリ・メール』紙がいみじくも「ミニ革命」と形容した式を見た後から振り返れば、王子の不安は理解できる。「妻が王族・貴族から総スカンを食うかもしれない。彼女が英国民に憎まれたらどうしよう。」――予想されるリスクの大きさに、さすがの王子も冷静なふりができなかったのだ。
もっとも、式の前からこの結婚は「ミニ革命」だった。花嫁のメーガン・マークルさんはアフリカ系混血アメリカ人で再婚、王子より3歳年上の36歳である。1936年には、国王エドワード8世が、離婚歴のあるアメリカ人ウォリス・シンプソンと結婚するため退位した――あの「王冠を賭けた恋」を思えば、時代は変わった。ともあれ、英王室にアフリカ人の血が混じるのは「革命」としか言い様がない。
英国を奴隷貿易のチャンピオンにしたヒーローはフランシス・ドレークという海賊である。ドレークを支え、ドレークから莫大な富を受け取る一方、彼に爵位を与えたのがエリザベス1世。英王室はアフリカ系アメリカ人の苦難の歴史に責任があるのだ。
花嫁のお母さんドリア・ラグランドさんはエリザベス女王の真向かいに座った。彼女は南部アメリカの農場奴隷の子孫だそうだ。端然と座るドリアさんから女王に負けない威厳を感じたのはなぜだろう?
ゲストにはアメリカのセレブリティが招かれ、テニス選手セレナ・ウィリアムズ、テレビ司会者オプラ・ウィンフリーという、アフリカ系の超大物が圧倒的な存在感だった。(『ガーディアン紙』は「オプラ・ウィンフリーがチャペルに入った時が、真の女王到着の時だった」という声を紹介している)

ザラさんどうしたの?

文字通り王族・貴族が腰を抜かすほど衝撃的だったのが、マイケル・カリー主教の説教である。(エリザベス女王の孫ザラさんがショックのあまりぱっくり口を開き、目玉を空ろにくるくる動かす映像がソーシャルメディアで大ヒットした。)カリー師もアフリカ系アメリカ人。この人が米国聖公会のトップ=総裁主教なのだから、聖公会は革新的だ。
説教は聖書の愛の賛歌『雅歌』で穏やかに始まった。

「わたしを刻みつけてください
あなたの心に、印章として
あなたの腕に、印章として。
愛は死のように強く
熱情は陰府(よみ)のように酷い
火花を散らして燃える炎 
大水も愛を消すことはできない
洪水もそれを押し流すことはできない……」

ところが、カリー主教、愛はセンチメンタルな感情ではなく、力、世界を変える力であるとして、ただちにマーチン・ルーサー・キング牧師を引用する。

「愛の力、愛の贖(あがな)う力を我々は見出すべきです。そうするとき、我々はこの旧き世界を新しき世界にする。愛こそが唯一の道だからです。」

ウィンザー城

ウィンザー城は実際使われている城としては世界最古だそうだ。式が行われた城内のセントジョージ・チャペルは15世紀の新しい華麗な建築だが、ウィンザー城全体からはどこか薄気味悪い気配が漂う。中世の血の匂い?惨殺された者らの呪い?アフリカから奴隷船に詰め込まれ、故郷から遠く離れた洋上で衰弱死し、あるいは砂糖農場で消耗品のように酷使されて死んでいった人々の悲嘆と怨念?
奴隷貿易の大パトロンだったイギリス王家の根城で、しかも女王を目の前にして、説教の冒頭からキング牧師の名前が飛び出したのにまず度肝を抜かれた。カリー主教のイエス・キリストは体制に好都合な物わかりの良い道徳家ではなく、革命家である。「イエスは全人類史上最も革命的な運動を始めた」人なのだ。
人種差別と闘ったキング牧師、革命家イエスの登場だけでも、この先どうなることかと聞き手はハラハラさせられたのに、続いてずばり「奴隷」という言葉が発せられた。とはいえ、奴隷の苦難を語るのでも、奴隷制と人種差別を批判するのでもない。かつて奴隷たちが自由を奪われた境遇の中で磨き上げた知恵、愛によって人間性を回復し得た、かれらの魂の深さを語るのである。

マイケル・カリー総裁主教

「私がいま語っているのは、本物の力、リアルな力のことです。世界を変える力です。私を信用しないなら、米国の南北戦争以前の南部にいた奴隷たちのことを考えてみてください。
そのなかに、愛のダイナミックな力、そしてなぜそれが人間と社会を変える力をもっていたかを説き明かした人たちがいました。彼らは捕囚のただ中で一つの霊歌をうたいました。ギレアドに乳香がある、癒しの乳香がある、という歌です。ギレアデの乳香は傷ついた者を健やかにし、罪に病む魂を癒やしてくれる。それは歪んだものをまっすぐに正してくれる乳香である、というのです。」

『ニューヨークタイムズ』のアフリカ系女性記者マラ・ゲイさんは、ハリー王子の結婚式取材を命じられ、できれば断りたかったと告白している。「ゲスト、衣装、型どおりに華麗な王室行事を書いて済ますつもりだったけれど、ゴスペル・コーラスのなじみのメロディーを聞き、カリー主教がキング牧師と愛の力について説くのを聞き、王室の出席者が卒倒しそうになるのを見るうち、夢中になってしまった。そして泣いてしまった。私はこうなるのがいやだった。これを避けたかったのだ。黒人女性にどこまでの可能性があるのか、アメリカ人にどこまでの可能性があるのかについて希望的になることのはかなさ、苦しさを避けたかった。」と屈折した気持ちを告白している。
オバマ大統領の登場で、アフリカ系アメリカ人の夢は大きく膨らんだが、手ひどく裏切られ、白人のモラルの衰弱を象徴する男が大統領の座を占めた。うかつに希望を抱くまいという苦い思いがあるのだろう。
そういえば、式の後半で、19歳のアフリカ系イギリス人青年(BBCヤング・ミュージシャン・コンクールで優勝したシェク・カネー・メイソン君)がチェロを弾いたが、その曲目がフォーレの『夢のあとで』だった。<君>と一緒に地上を離れ、天上の幸福を垣間見たあとの強烈な失望、胸を締め付けるメランコリーの歌である。

「だがなんということだ、このみすぼらしい夢の目覚めよ!
私はおまえを呼ぶ、おお夜よ、返しておくれ、おまえが織りあげたあのいつわりを、
戻ってこい、戻ってきてくれ、輝かしい人よ、
戻ってきてくれ、おお、神秘な夜よ!」

だが、夢の後の悲哀の深さは、逆に一瞬ほの見えた閃光の強さを聴き手にありありと感じさせる力を持っている。喪失感の深さは、失ったものの高さの反映なのだから。
アメリカからウィンザーにやってきた女性は「奴隷の子が、奴隷制を支えた王家の子と結婚する。ライオンが子羊と一緒に憩うのね」と語っているが、多くの人がこの日ここに楽園的平和の閃光が射すのを見た。
しかし幸福の涙の後には、トランプ的現実が待っている。『夢のあとで』は絶妙の選曲だった。

(2018年5月28日)