劇団四季 『ロボット・イン・ザ・ガーデン』 |田中里奈
劇団四季 『ロボット・イン・ザ・ガーデン』
2020年11月21日 自由劇場
2020/11/21 JIYU Theatre, Tokyo
2020年11月22,23日 オンライン配信
2020/11/22.23 Live Streaming
Text & photos by 田中 里奈 (Rina Tanaka)
劇団四季による一般向けオリジナル・ミュージカルとしては実に16年ぶりの新作『ロボット・イン・ザ・ガーデン』が10月3日に自由劇場で幕を開け、翌月の22・23日に劇団初のオンライン配信も実った。創設者・浅利慶太の没後、2019年に初演された新作ファミリー・ミュージカル『カモメに飛ぶことを教えた猫』も旧来的な制作方法を一新した意欲的な作品だったが、『ロボット・イン・ザ・ガーデン』には手堅い作風とさらなる挑戦の双方が読み取れた。
『ロボット・イン・ザ・ガーデン』は、英作家デボラ・インストールによる同名小説を原作としたミュージカルだ。人工知能(AI)と人間が共存する近未来を舞台とした点では、『エルリック・コスモスの239時間』(または『エルコスの祈り』、1984)が連想されるし、生と死をめぐる問題というテーマ性では、『ユタとふしぎな仲間たち』(1977)や『夢から覚めた夢』(1988)が思い起こされる。いずれも、ニッセイ名作劇場の流れを汲んだファミリー・ミュージカルとして、劇団四季が独自に打ち出した作品だ。
ハートフルな癒し系ミュージカル?
とはいえ、ポスターに描かれたかわいらしいタッチの四角いロボットを見て、ハートフルな癒し系ミュージカルを連想した観客は、開幕直後に耳を疑うかもしれない。朝から家の中を忙しそうに歩き回り、仕事で帰りが遅くなると告げる妻に、ニートの夫がのほほんと言う。「ボクは夕飯、どうすればいいかな?」。
登場してものの数十分で妻は夫に離婚を宣言し、家を出て行ってしまう。残された夫は、庭に落ちていた、妻曰く「粗大ごみ」のようなオンボロの人型ロボット・タングを修理するべく、修理予定先に碌にアポも取ることなく、ロンドンから海外旅行に乗り出す。その旅行費用は元妻持ちなんじゃ…?などと突っ込んではいけない。
旅をするうち、謎めいたタングの出生の秘密が徐々に暴かれていく。その道中、人間とAIが共存する社会で生じたさまざまな問題も浮き彫りになる――人間の失業や放射能汚染環境におけるロボット、フェイクニュース、そしてロボット三原則。目を引いたのが生殖に関わる描写だ。不妊に悩む妻が登場したかと思えば、人間が人間のようなAIとセックスに興じる場面が描かれもする。
また、人間役とAI役はいずれも劇団四季の俳優が演じているのだが、人間役はカラフルで現代風のファッション、AI役は白いボディ・スーツ(または暗闇で蛍光色に光って見える線が四肢にペイントされたコスチューム)と対照的だ。メイキャップと衣装による差別化だけでなく、独特の動きや発声で、AIは人間と区別される。劇団四季による特殊な発声方法と超人的な身体訓練がAI役の人間をいっそうAIらしくみせることに寄与するとは正直予想外だったが、これがかなり堂に入っている。
SF風の物語世界に対し、物語の中核を担う人型ロボットと犬型ロボットの存在はアナログだ。両者ともに愛らしく、どこか懐かしい造形のパペットには、1-2名の人間がつねに随行し、操作とアテレコを担当する。「イヤ!」と叫んでその場から逃げ出したり、階段を一段一段ヨチヨチと登ったりする――幼子のようなロボットの細やかな仕草が印象に残る。そんなロボットの新米パパよろしく、夫の方はロボットにいちいち世話を焼き、その存在を一心に守ろうとする。そうして人間とロボットは、主従でもなく消費する/される側でもなく、疑似的な家族のような関係を樹立するのだ。
家庭的な大団円は当たり前か
しかし、ロボットの子どもと人間の父親のコンビが生じるのかと思えばそうではなく、物語はごく凡庸なハッピー・エンドに着地する。冒頭で別れた夫婦は元の鞘に納まり、妻の妊娠と出産を経て、家族が増えたことを(ロボットを含めた)皆で祝う場面で終わりを迎えるのだ。AI社会の近未来を描き、無生物の心に一石を投じていても、結局、本作のロボットは人間関係が変化するきっかけに過ぎず――だから「ロボットが庭にいた」というタイトルなのかもしれない――、この作品の主役は人間である。本作をSFとみなしてはいけない。
人間中心的と言えば、劇団四季がターゲットに据えてきた客層にも着目したい。同劇団は長いこと、次世代の観客育成に取り組んできた。2008年から全国の小学生を無料で劇場に招待し、2019年には招待数が約608万人を突破したi。四季が制作に携わってきた「ニッセイ名作劇場」の分を合算すれば、その数は倍以上に膨れ上がる。今日、「初めての劇場体験が劇団四季のミュージカルだった」という人は決して少なくない。
観客「育成」とはよく言ったもので、幼いうちから「劇場が身近にある生活」に慣れさせておけば、成長して経済的に安定する頃に観客は戻ってくる。家族連れになっていれば上々で、次世代の観客育成が待っている。生き残ってきた「老舗」劇場は多かれ少なかれ、そうして何世代にもわたって観客との関係を繋いできた。
この関連で思い出されるのが、ヴィーン劇場協会によるオリジナル・ミュージカル『シカネーダー』(2017)だii。『シカネーダー』はタイトル通り、『魔笛』の興行主であるエマーヌエル・シカネーダーを扱った作品だが、その内実は、「夫・エマーヌエルのビジネスパートナーとしての地位を確立した妻・エレオノーラが、夫の浮気相手が生んだ子どもを共に育てる」という、なかなか攻めた展開だった。日本では、『エリザベート』や『モーツァルト!』の生みの親として知られる同協会だが、2012年以降の主催ミュージカルでは、堕胎(『老婦人の訪問』)や孤独な老後(『ドン・カミロとペッポーネ』)といったテーマをさらりと扱っている。また、『ロボット・イン・ザ・ガーデン』と同時期に世田谷パブリックシアターで上演されていた演劇『幸福論』も、近代家庭の幻想を暴き、まったく他者同士の三世代が有機的につながっていく様子を描いていたiii。社会における家族のあり方が多様化している今日、絵に描いたような大団円は決して当たり前のものではない。
穿った見方をするならば、『ロボット・イン・ザ・ガーデン』のターゲットに据えられたのは、近代家庭を――それは見方を変えれば、劇団四季にとって未来の観客を育む母体を――再生産することのできた人だ。現実には最早幻想となりつつあるその種の大団円を、『ロボット・イン・ザ・ガーデン』は、作品の「健全な」本質を損なわない程度に、程良くスパイシーな現代風の味付けで提供している。自由劇場の1階席は、前後左右に観客を入れた状態でほぼ満員だった。劇団四季は、自分たちに期待されているものが何なのかをよくわかっている。
ミュージカルの配信という壁を越えて
『ロボット・イン・ザ・ガーデン』を考えるうえで、もうひとつ欠かせないのが劇団四季初のオンライン配信という快挙だ。私は自由劇場で公演を観た翌日にオンライン配信を視聴したが、劇場では音が反響して聞き取り辛かった台詞や歌詞がマイク越しだと実に明瞭だった。演奏はそもそも録音なので、配信で聞こえ方が大きく異なることはない。劇場で観た方が臨場感はそりゃ高いが、正直なところ「どっちもアリ」だ。
だがどうして、四季のオンライン配信がこんなに出遅れたのだろうか。この話題で思い出されるのが、トニー賞で史上最多ノミネートを記録した、アメリカの大ヒット・ミュージカル『ハミルトン』(2015)だ。同作が今年の7月、定額式動画配信サービスDisney+のラインナップに入った時、『ニューヨーク・タイムズ』紙に次のような見出しが載った――「私たちは『ハミルトン』を得た。なぜすべてのブロードウェイのショーがストリーミングされないのだろうか?」iv。
記事では、ヒット作がオンデマンド配信に掛かりづらい理由として、公演再開後に観客数が低下することへの危惧のほかに、次の二点を挙げている。第一に、公演の録画にかかるコストだ(ここには、公演関係者から録画と配信の許諾を新たに取り付けるための労力も含まれる)。第二に、上演と配信とで適用される著作使用料の違いだ。生中継やごく短い期間での配信では少し事情が異なるが、オンデマンド配信には映画化と同様のコストがかかる場合が多いv。ミュージカル『ハミルトン』の録画費は1000万米ドル足らず(約10億7000万円)。これに対して、Disney+が配信権を得るために支払った額は7500万米ドル(約80億2500万円)に上るvi。ちなみに、この勘定はオリジナル・プロダクションを撮影して配信した場合なので、もしドイツ・ハンブルクで長期公演中だったドイツ語版『ライオン・キング』全編をオンラインで配信するとなれば(実現していないが)、使用料がさらに上乗せされる計算になる。
新型コロナウイルス感染症の拡大はオンライン配信の需要と供給の飛躍的な増大をもたらしたが、コロナ以前の公演ラインナップをあれほど埋め尽くしていたミュージカルは苦戦している。そこには、ミュージカル俳優の平均年齢の低さや、舞台上の避けがたい濃厚接触といった感染対策上の懸念事項だけでなく、そのグローバルなビジネスシステムが足枷となっている感も否めない。
劇団四季初のオンライン配信の実現は、『ロボット・イン・ザ・ガーデン』がオリジナル作品だったことが大きい。数年前より劇団は独自制作に再び注力し始め、その成果は少しずつ形になってきている。そして、劇団が築き上げてきた俳優育成と運用システムが、関係者に陽性が出ても最短で公演を再開することを可能にしてもいる。作中に登場する、人間に壊されたセクサロイドが、壊れてもなお「好き」と繰り返す様がどうしても忘れられない。
(2020/12/15)
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Shiki Theatre, A Robot in the Garden
at JIYU Theatre, Tokyo, October 3-November 29, 2020(※)
※The performance on October 11-13 and November 28-29 was cancelled since the performer or their family members tested positive.
Based on A Robot in the Garden by Deborah Install
Script & Lyrics: Ikue Osada
Director: Yuna Koyama
Composition & Arrange: Shin Kono
Musical director: Keisuke Shimizu
Choreography: Yuki Matsushima
Stage design: Kenichi Toki
Puppet design: Toby Orie
Lighting: Masaki Shito
Costume & Make up: Tomoko Takahashi
Cast (on November 21):
Ben: Shinya Tanabe
Tang: Yoichiro Saito, Chihiro Nagano
Amy: Yukimi Torihara
Bollinger: Masuo Nonaka
Kato: Takamasa Hagiwara
Lizzie: Moe Aihara
Bryony: Ayumi Kato
Corey: Kaisaer Tatike
Dave: Shinsuke Osate
Roger: Haru Igarashi
Byplayers: Retsuko Sugamoto, Yuji Honjo, Yuki Miyashita
Android dancers: Tomoko Karube, Shun Kuwahara, Haruka Sata, Megumi Takeda, Kento Tsukada, Toshihiro Watanabe
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田中里奈 Rina Tanaka
東京生まれ。明治大学国際日本学研究科博士課程修了。博士(国際日本学)。博士論文は「Wiener Musicals and their Developments: Glocalization History of Musicals between Vienna and Japan」。2017年度オーストリア国立音楽大学音楽社会学研究所招聘研究員。2019年、International Federation for Theatre Research, Helsinki Prize受賞。2020年より明治大学国際日本学部助教。最新の論文は「変容し続けるジュークボックス・ミュージカル──ヴィーンにおけるミュージカルとポップ・ミュージックの関係を例に」(『演劇と音楽』、森話社)。
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i 劇団四季「「こころの劇場」公演が、通算公演回数5,000回を達成しました」、2019年7月5日、
ii Vereinigte Bühnen Wien, „Schikaneder“
iii 世田谷パブリックシアター「現代能楽集X『幸福論』~能「道成寺」「隅田川」より」
iv The New York Times, “We Got ‘Hamilton.’ Why Can’t We Stream Every Broadway Show?”, by Elisabeth Vincentelli, July 3, 2020
v 日本の著作権法では、劇場等のライヴ・パフォーマンスには上演権・演奏権が適用されるが、インターネット上の配信には、複製権、送信可能化権、そして公衆送信権といった諸権利が働く。
vi The New York Times, “‘Hamilton’ Is Coming to the Small Screen. This Is How It Got There,” by Michael Paulson, June 25, 2020