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毛利文香&田原綾子&笹沼樹/ラ・ルーチェ弦楽八重奏団|丘山万里子

毛利文香&田原綾子&笹沼樹/ラ・ルーチェ弦楽八重奏団vol.6
Fumika Mohri&Ayako Tahara&Tatsuki Sasanuma
La Luce String Octet vol.6

♪ランチ・タイムコンサートvol.106 (ベートーヴェンに挑む3)
毛利文香&田原綾子&笹沼樹〜若き日の楽聖が見据えた「室内楽」の未来

2020年8月12日 トッパンホール
2020/8/12 Toppan Hall
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by 藤本史昭/写真提供:トッパンホール

<演奏>        →foreign language
vn:毛利文香、va : 田原綾子、vc:笹沼樹

<曲目>
ベートーヴェン:弦楽三重奏曲 ハ短調 Op.9-3
ベートーヴェン:弦楽三重奏曲 ト長調 Op.9-1

♪ラ・ルーチェ弦楽八重奏団vol.6

2020年8月22日 東京文化会館小ホール
2020/8/22 Tokyo Bunkakaikan small hall
Photos by 木村敬一/写真提供:AMATI

<演奏>
vn:大江馨、城戸かれん、小林壱成、毛利文香
va:有田朋央、田原綾子
vc:伊東裕、笹沼樹

<曲目>
ブラームス:弦楽六重奏曲第1番 変ロ長調 op.18
毛利、小林、田原、有田、伊東、笹沼
ヴォーン=ウィリアムズ:幻想的五重奏曲
大江、城戸、有田、田原、伊東
ガーデ:弦楽八重奏曲 ヘ長調 op.17
小林、城戸、大江、毛利、田原、有田、笹沼、伊東
〜〜〜〜〜
アンコール
ピアソラ(山中惇史:編曲): オブリビオン
同上

 

首都圏でも徐々に小・中ホールが復活し始めた8月半ば、若手室内楽2公演を聴く。一つはトッパンのランチ・タイム弦楽三重奏でベートーヴェン2曲。翌週、彼らもメンバーであるラ・ルーチェ弦楽八重奏団のブラームス他3曲。こちらは桐朋・藝大の同世代が室内楽を楽しみたいと2014年結成、年1回公演でvol.6。筆者は昨年に続き2回目の聴取。

室内楽にこそ西洋音楽の精髄、醍醐味があると教えてくれたのは草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルとチェリスト青木十良だ。特に青木にはその実際を学んだ。齋藤秀雄は知っていても青木を知る若い人はそうはいまい。齋藤は桐朋栄華期を築いた大教育者だが、青木はその傍らで静かに自らを育て弟子を育て、90歳を超えてブレイクした(戦後ブリテンなど多数初演の開拓者だが)。ばっさり言うなら齋藤は厳格圧政下からの巣立ちを目指したが、青木はハナから柔軟自発、要所でタガを締めた。どちらが正解とは言わぬが(時代の要請もある)、青木の音楽の「エレガンス」は筆者には天上の星だ。門下にサントリー室内楽アカデミーで指導の毛利伯郎や長岡京室内アンサンブル音楽監督森悠子ら優れた奏者がおり、上記若手たちの中にもその流れの一端に触れる人がいるやも。筆者は青木のレッスンに、そして氏の練習台(pf)をお願いすることで、楽譜の読み方から音楽の生成までを泉水を呑むごとく学んだ、というか、遊んでいただいた。幸福な時間であった。

精髄と醍醐味と書いた。
ランチ・タイムのトリオには、この両者があったと思う。
ベートーヴェン作品9の2曲は彼らと同年代の作。
9-3冒頭1フレーズ、まず響の建て方(柱、と青木は言った)、それが3つにばらけてゆく流れ具合が実にいい。みっしり目の詰んだ重量にもどこか風通うかろみがあり、それがベートーヴェンの青春の質量そのままを伝えるようであったから。ハ短調という調性ならではの剛毅を放ち、かつ響きはまろやか。3者の会話の滑らか(語尾)、「でしょ」「だよね」みたいに句が継がれつつ、時に応じ相手の語りに細かな刻みで(ガチャガチャ機織り機械でなく)耳傾ける2弦のバランス、こういう細部にこそ音楽の美と幸福は宿る。一転アダージョはがらり音色を変え。特に田原の力、大。思うにこの人「外から聴く耳」(とフォーレ四重奏団メンバーがワークショップで言っていた)を一番持っているのではないか。vn、vcの間で彼女が微妙に揺らしている感じ。スケルツォの弾みっぷり、弓のキレ、伸び上がるような推進力とともにフィナーレへと馳せた。
9-1は毛利の清潔な歌い口が全体を牽引する。とりわけ高音のすずやかで晴明なこと。3者3様表情豊かな変幻ぶりがいまどき若者っぽく筆者にはとても新鮮。上下行走句の自然な脱力など細部への神経も行き届く。カンタービレでもそれぞれの歌心、ベートーヴェンの秘めたるロマン(彼は終生夢見る夢男くんだった)がそくそくと伝わる。vn、vaが声を合わせ柳枝のように下降してくるところ、最後のppのvn装飾音の敏感さ。小舟揺籃のスケルツォからプレストぐんぐん快速疾駆、市松模様客席に熱風噴き上がり、ホール満場笑顔満面でおひらき。これが「青春の普遍形」とでもいうもの。
精髄とは細部に在るゆえその見極め、詰めの研磨・彫琢がものをいう。さらにそれが有機動態・音楽肉体となって流動するのが室内楽の醍醐味、愉悦。
両者があった、とはそういうことだ。

一方、八重奏団は何より奏者たちがその場と空気、合奏の喜びを感じていることが伝わった。上記トリオの細密な読み、練磨に比すればざっくり粗いが、そもそもこれは仲間遊びの延長と捉えるべきだろうし、それはとても大事なことだ。
六、五、八と編成を変えメンバーが入れ替わることで音楽が変化する楽しみもある。
ブラームスは何と言っても中・低音の太く豊かな鳴りが音楽の構えを大きく押し出す。上記トリオに小林、有田、伊東が加わると(今回はつい、そう聴いてしまった)それぞれの位置取りと音楽的個性が浮き出る。中央伊東1vc(いつ聴いても彼の自然体には好感)、田原1vaがいわば音楽の靱帯の役割。個々の持ち味の綾を堪能は第2楽章変奏で、田原の深い湖の底から湧き出るような歌、毛利はその湖面にたゆたう光、受ける伊東が逞しい波頭を立て、その歌い交わしの美しさ、それを彩る3者あうんの呼吸がブラームスの甘美なロマン(彼は焦がれに身を焼く一途男だった)を切々と描いて出色。
後半、幻想的五重奏曲は大江1vnの繊細かつクリスタルな美音と中央有田1vaの満々たる歌心が印象深い。とりわけチェロなし4者で穏やかに紡ぐアラ・サラバンダに秋のヒース野が浮かぶよう。田園牧歌的空気を漂わせる佳品と言おう。
最近ソリッドさが増した小林がリードの八重奏は力演だが曲自体の作りが平坦ゆえ、シンフォニックな響きを楽しむ、くらいか。奏者たちにはパワー全開の爽快さがあったろうけれど。
むしろアンコールのピアソラに、彼らの今の魅力が凝集されていた気がする。今回筆者刮目の有田、中央で一人タコのごとく足動かしての(ズリッと投げ出し靴裏まで見せ)艶歌には瞬間悩殺されたし、山中のかそけき不穏編曲も素晴らしい。
そこで筆者は思った。
正統派1曲に、あとは様々編曲版をどんどん作って演奏したらみんな(奏者も聴衆も編曲者も)楽しいんじゃないか。一緒に遊べる新たな喜び、幸福が生まれるんじゃないか。それに邦人委嘱新作があればなお素敵。

今回のトリオとオクテットは客層(中高年と若年)も異なるゆえ、求められる方向性も違う(と思う)。が、その両者に未来を見る。
トリオにあったのは音楽の「普遍」への道と表現探求、内なる眼差しと練磨という音楽霊峰の登攀、その達成感。喝采の中、年配の常連客が前方で応援メッセージボードを掲げ振っていた(歓声禁止ゆえか)。
オクテットは広やかな音楽大海原での遊泳。自由自在に各自抜き手でアンサンブルを楽しむ喜び。後輩たちは、こういうのやってみたい!弾いてみたい!遊んでみたい!ときっとワクワク思ったろう。
音楽の無辺の天空豊饒はその両者の往来にこそある。
ゆえ、若者たち、励め楽しめ、学べ遊べ。
それが私たちの音楽の未来を明るく拓くのだから。

青木語録より。
「練習を重ねて上手くなってくるということは、胸の中の曇りガラスを磨いて自分の心の中をすっかり見せるようになるから、腕を磨くのと同時に心を磨いとかなきゃいけない。でないと自分の良からぬ企みがそのまま出る。美とは心の美しさ、調和、バランス。」
「昔はカルテット練習するって言えばまず出てくるのがワイン。今日はロシアものだからウォトカ用意したよ。それで気分を作ってワイワイ。今は車でサーッと来てサーッと弾いてサーッと帰っちゃう、これじゃ練習にならない。」
「一つの問題の答えは無数にある。あらゆる問題の答えはいつでもたった一つ。この両方を見ること、そのバランスが“知識”というもの。」

時代は変わるが、変わらぬものもある。
制約ばかりの今日、辛い状況が続くが、何より私たち誰もが「自発」の力をもって、可能な一つ一つを丁寧に大切に育んで行きたい。

(2020/9/15)

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♪Fumika Mohri&Ayako Tahara&Tatsuki Sasanuma
<Performers>
vl:Fumika Mohri, va : Ayako Tahara, vc:Tatsuki Sasanuma
<Program>
Beethoven : String Trio in C Minor Op.9-3, Op.9-1

♪La Luce String Octet
<Performers>
vl:Kaoru Oe, Karen Kido, Isse Kobayashi, Fumika Mohri
va : Tomohiro Arita, Ayako Tahara
vc:Yu Itoh , Tatsuki Sasanuma
<Program>
Brahms: String Sextet No. 1 in B flat major, op.18
Vaughan-Williams: Fantastic Quintet
Gade: String Octet F major op.17
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Encore
Piazzola (Atsushi Yamanaka: Arrangement): Oblivion

(2020/9/15)