東京フィルハーモニー交響楽団第938回オーチャード定期演奏会|齋藤俊夫
東京フィルハーモニー交響楽団第938回オーチャード定期演奏会
Tokyo Philharmonic Orchestra the 938th Orchard Hall Subscription Concert
2020年6月21日 Bunkamuraオーチャードホール
2020/6/21 Bunkamura Orchard Hall
Reviwed by 齋藤俊夫(Toshio Saito)
Photos by 三浦興一/写真提供:東京フィルハーモニー交響楽団
<演奏> →foreign language
(プレコンサート)
Fl神田勇哉、Ob佐竹正史、Clアレッサンドロ・ベヴェラリ、Fg廣幡敦子、Hr齋藤雄介
指揮:渡邊一正
東京フィルハーモニー交響楽団
<曲目>
(プレコンサート)
イベール:3つの小品
ファルカッシュ:17世紀の古いハンガリーの舞曲より 第1楽章・第2楽章・第5楽章
ロッシーニ:歌劇『セビリアの理髪師』序曲
ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調Op.95『新世界より』
スピーカーからの音だけで4ヶ月近くを過ごし続け、今回が筆者にとっての生でのフルオーケストラの演奏会再開第1回であった。東フィルも様々な検証や指針を参照して、舞台裏や楽屋でソーシャル・ディタンシングや消毒・検温などを徹底し、舞台上でも奏者同士の間隔を空け、奏者間にアクリル製クリアシールドを設置、客席も観客をソーシャル・ディスタンシングにより疎らに配置、ロビーやトイレに滅菌ジェルを置く、など感染症対策に細心の注意を払っての会である。
開場しばらく後のプレコンサート、ここで筆者の内にこみ上げてきたのは、以前は演奏や音楽を〈良い〉〈悪い〉で捉えていたのとは異なる、〈音楽がとにかく楽しい〉という感覚である。「音を楽しむのが音楽」、というクリシェがこの場では筆者にとっての真実となってしまったのだ。
待ちかねていたオーケストラでの『セビリアの理髪師』序曲。ロッシーニの嘘のない感情表出が実に心地よい。序奏のヴァイオリンが優しく心に触れ、その後の短調のテーマ、長調のテーマそれぞれの色彩美に心の目が開いていく気持ちがする。ロッシーニの音楽とはかくも〈楽しい〉ものだったか、いや、そもそも音楽とはかくも〈楽しい〉ものだったのか!?
しかし、改めて見るオーケストラとはスゴいものである。大勢の人が整然と1つの音楽を、しかも様々な楽想・表情のある音楽を1つのものとして一緒に奏でるのだから。その中には個人技もあり、アンサンブルもあり、トゥッティもある。こんなにスゴいものを当たり前の存在として受け取っていたのか、以前の自分は。
ドヴォルザーク『新世界より』では「交響曲」という形式と編成、そして生演奏ならではの深い奥行きに感銘し、まさに新たな世界を発見したような驚きと共に聴き入ってしまった。「通俗名曲」などという侮りを持っていた自分が恥ずかしい。
第1楽章ホルンの第1主題からして、筆者の中に凝っていた音とは「張り」が違う。原因はスピーカーに慣れてしまった耳に届く生楽器の音の美しさ、だけではなかろう。美しい音楽を奏でたい、聴かせたい、という東フィル団員たちの愛と気迫がなせる業、と思う他ない。
第2楽章のコール・アングレの「家路」からの、哀愁漂う短調の旋律、朝の鳥たちの鳴き声を思わせるような長調の木管楽器群、ああ、何もかも美しい。心が洗われていく。そこに第1楽章のテーマが挿入されるダイナミズム!そしてまた「家路」に帰る。
第3楽章冒頭、なんという勢い、しかして全く乱れがない。かと思えば現れるトリオの柔らかさ軽やかさ。オーケストラとは、そして人間とはこんなにも?とまた驚いてしまう。
第4楽章の第1主題、少しなりとも音楽「通」を気取っている者ならば気にもとめないあの主題の真の姿を見た(聴いた)。金管が高らかに、誇らしく吹けば、それに負けじと弦楽器が鮮烈に奏でるその音楽のなんと雄大な、なんとおおらかな、そして偉大なことよ。「ただ単に弾く・吹く」だけでは届かない、各奏者がドヴォルザークの名旋律と一体となってはじめて現れる音楽の「真心」「歌心」とでも言うものが今回の『新世界より』には宿っていた。主題、旋律が其処此処で現れるたびに言いようもない音楽的喜びが心と体を打ち震わせ、最後のロングトーンによる余韻の直後、喝采が。
ソーシャル・ディスタンシングにより客席は一番密な場所でも市松模様のように間隔を空け、総客数はとても少なかったが、団員たちが去った後も鳴り止まない拍手の音はそれを思わせない大きさであった。
その後、席を分けての時差退場で帰路についた。人混みのないロビーやホワイエというのは寂しいものである。だが、本物の音楽を聴けた喜びはそれをはるかに上回っていた。
(2020/7/15)
関連動画:Orchard Artists Opinion 第1回スペシャル 東京フィルハーモニー交響楽団 “新しい生活様式、オーケストラはどうなる?”
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<Artists>
(Pre Concert)
Fl:Yuya Kanda, Ob:Masashi Satake, Cl:Alessandro Beverari, Fg:Atsuko Hirohata, Hr:Yusuke Saito
Conductor:Kazumasa Watanabe
Tokyo Philharmonic Orchestra
<Pieces>
(Pre concert)
Jacques Ibert: 3 Short Pieces
Ferenc Farkas: Old Hungarian Dances of the 17th Century, 1mov, 2mov, 5mov
Gioachino Rossini: Overture from the Opera “The Barber of Seville”
Antonin Dvořák: Symphony No.9 in E minor “From the New World”