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五線紙のパンセ|いつもおたまがない。|今村俊博

いつもおたまがない。

Text by 今村俊博 (Toshihiro Imamura)

【Photo by Toshiaki Nakatani】

仕事終わりに表参道ヒルズのHUGO & VICTORや銀座の資生堂パーラーに向かい、取るものもとりあえずパフェを食べる。あるいは映画や舞台、コンサートの時間までお気に入りの喫茶店でコーヒーを飲みながら本を読む。展示に足を運んだり、書店を巡り新刊本をチェックしたり、急なLINEに誘われ飲み会に駆け付ける。そんな当たり前だった日々が激変し、自宅とその周囲の限られた圏内のみでの生活となった。そう、それが日常だった。かつての「日常」が「非日常」となって、不要不急という言葉で占領されて早数か月。
この文章を書いている今、全都道府県に発出されていた緊急事態宣言はひとまず解除され、かつて「日常」と呼ばれていたものに戻るため、あるいはかつてとは異なる「日常」を模索し、世界は動いている。

3月中旬に完全な在宅勤務となってからは、目まぐるしく変化する世界と対照的にほとんど代り映えのしない日々を送っている。仕事でPCに向かい、ストレッチや、映画鑑賞、読書、ラジオ体操、そして週末は友人たちとのビデオ通話でくだらない話に花を咲かせる。ルーティンと呼べるほどではないけど、そんなもので僕の新しい「日常」は構成されている。
また、末端とはいえ業界に身を置くものとして、テレワーク〇〇、オンライン〇〇、リモート〇〇など呼び方も様々な、音楽、映画、トーク、ドラマ(それ以外にも書き出せばきりがない)などの新しい試みや期間限定で解放される過去コンテンツ、各種業界団体のクラウドファンディングや基金の創設など多岐にわたる情報を、液晶を通し得る日々でもある。
そんなコンテンツの一つとして俳優の杉野遥亮が「これはダンスか体操か?検証動画」と題しYouTubeに動画を公開している。ぎこちない身体の有り様を自嘲的に表したタイトルだと思うけど、意図するところとは別の問題を想起させる示唆的なタイトルだ。「ダンス/体操」その境界はどこにあるんだろう。チェルフィッチュの『クーラー』が「TOYOTA CHOREOGRAPHY AWARD」最終選考会にノミネートされたのは2005年だったか。「ダンス」と「演劇(あるいは「体操」などを含めた身体表現全般?)」などについての論考がいろいろと出ているだろうし、その近辺も含めて改めて読みたい。運動不足を解消するため日課となった「ラジオ体操」をしながらそんなことを考えている。

現在、作曲家・パフォーマーの池田萠とのデュオ「いまいけぷろじぇくと」(過去の公演動画はこちら)やクラシックギター奏者藤元高輝とのデュオ「s.b.r.」(過去の公演動画はこちら)を中心に活動しているが、2月末からイベントの開催自粛が要請されるなか、関係した下記2公演が実施できたことは幸運に思う。

2020年2月24日(月)@ロームシアター京都 パークプラザ3階共通ロビー
ホリデー・パフォーマンス Vol.4:いまいけぷろじぇくと(今村俊博×池田萠)
主催:ロームシアター京都


(写真1.)岩渕貞太:身体奏法/stick(2017)@ロームシアター京都【Photo by Toshiaki Nakatani】
(写真2.)鈴木治行:口々の言葉(2016)@ロームシアター京都【Photo by Toshiaki Nakatani】

2020年3月24日(火)@杉並公会堂小ホール
川島素晴 plays… vol.1 “肉体”

Photo by 平井洋

当日の模様はこちらから確認できる。

特に3月24日は当時の状況も相まって演奏会は異様な緊張感に包まれていた。会場の雰囲気は、本誌にレビューが掲載されている。

ほか、下記3公演は中止・延期となった。

【中止】
2020年 2月29日(土)@豊中市立文化芸術センター
TOYONAKA ARTS TRIBE TRANCE MUSIC FESTIVAL 2020 -the body-
人体のTRANCE「人体音楽祭~身体なき声なき身体~」
出演:いまいけぷろじぇくと(今村俊博、池田萠)、フォルマント兄弟(三輪眞弘、佐近田展康)
http://www.toyonaka-hall.jp/event/event-17053/

2020年3月27日(金)@ SOOO dramatic!
s.b.r. Vol.12〜プロポーションとアンビヴァレンス〜
出演:今村俊博、藤元高輝、木村友一(ゲスト)
https://www.facebook.com/events/633435550745409/

【公演延期】
2020年6月27日(土)@スタジオ ハル
いまいけぷろじぇくと 今村俊博×池田 萠 第10回公演
出演:いまいけぷろじぇくと(今村俊博、池田萠)
https://www.facebook.com/events/550347198920111

2020年1月初旬、連載依頼の連絡をもらった時にはまさか世界がこのような状況になるなんて想像だにしなかった。「自由に書いてください」とのメールやこれまでの「五線紙のパンセ」を読みながら、内容をどういったものにしようか思案していた。
例えば、2020年1月よりNHK総合テレビにて放送されたTVアニメ『映像研には手を出すな!』の素晴らしさ(言うまでもないが原作漫画も傑作だ)や、漫画『波よ聞いてくれ』や『違国日記』『かげきしょうじょ!!』『あした死ぬには、』『スキップとローファー』『水は海に向かって流れる』『夜と海』『チェンソーマン』『呪術廻戦』など挙げればきりがないけど、好きなもののことをただ書き連ねる内容でもよかったかもしれない。
しかし、どこか違うような気がする。いまはかつての「日常」に戻るための、あるいは戻れないことを想定した新しい「日常」への最中にいる。先日、『パターソン』を見返し、映画の中にある他愛もない日常をこれまで以上に愛おしく感じた。

1月下旬だった。友人宅で鍋の準備も終わりいざ食べる段になり「おたま」がないことに気がつく。「昨年も同じじゃなかった?」とツッコミを入れ笑いながら食べ始め、締めの雑炊を作りながら、また「おたま」の不在に気づく。「来年こそはちゃんと買っておけよ」と笑う。「おたま」は偉大なんだ。ちまちまと少し大きいスプーンで雑炊をよそう姿はどうも情けない。その情けなさにまた笑ってしまう。
次の冬、また雑炊を食べるときに「おたま」の存在意義を実感しその重要性に気付き情けない姿を笑い合えているだろうか。そんなかつての「日常」に戻れているだろうか。また「おたまがない」とひと悶着し笑っている、そんな何気ない、他愛もない「日常」を過ごせてるといい。
あるいは、もしかすると液晶越しに「マイおたま」を手に一人鍋をそれぞれ突き合うような、これまでとは違った「日常」になっているかもしれない。
あと2回お付き合いください。では、また来月。

★公演情報

【公演延期のお知らせ】
この公演は延期させていただくことになりました。延期公演は2022年を予定しております。
いまいけぷろじぇくと 今村俊博×池田 萠 第10回公演
【日時・会場】
日時:2020年6月27日(土)14:00開演(13:30開場)
会場:スタジオ ハル(名古屋市千種区/地下鉄東山線「池下駅」徒歩7分)
http://studioharu.jp/アクセス/
【出演】
いまいけぷろじぇくと、宇多村仁美(ソプラノ)、林美春(打楽器)
アフタートークゲスト:黒嵜 想
【予定曲目】
池田萠 / 新作(soprano)(2020/初演)
池田萠 / 35歳までにMステに出たい(performer)(2020)
池田萠 / 選択音楽 No.03 または どんつきのきつつき(4 performers)(2019/初演)
池田萠 / おす、ふく、たたく、うたう(percussion, performer)(2017)
池田萠 / ふるえる または シンガーソングライターミハルの見た夢(2013)(percussion)
池田萠 / 楽音と楽音との狭間に関する考察 No.02(soprano, performer)(2012)
今村俊博 / 同じ世界を生きてはいない ― 2人、あるいは3人のための ―(soprano,percussion,performer)(2016)

(2020/6/15)

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今村俊博(Toshihiro Imamura)
1990年大阪府生まれ。作曲家・パフォーマー。
東京藝術大学大学院美術研究科修了。第6回JFC作曲賞入選。
作曲を井上昌彦、川島素晴、古川聖の各氏に師事。
池田萠との「いまいけぷろじぇくと」、藤元高輝との「s.b.r.」メンバー。「数える/差異/身体」をテーマに創作活動を展開。