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堺シティオペラ第34回定期公演《アイーダ》|能登原由美

堺シティオペラ第34回定期公演《アイーダ》
Sakai City Opera 34th Production 《AIDA》

2020年1月11日 フェニーチェ堺
2020/1/11 Fenice SACAY
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
Photos by ひかり写真室/写真提供:堺シティオペラ一般社団法人

〈キャスト〉        →foreign language
演出:粟國淳
指揮:牧村邦彦

アイーダ:並河寿美
ラダメス:ルディ・パーク
アムネリス:福原寿美枝
エジプトの王:クリスヤニス・ノルヴェリス
アモナズロ:迎肇聡
ラムフィス:伊藤正
巫女長:端山梨奈
伝令:瀬田雅己

管弦楽:ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団
合唱:堺シティオペラ記念合唱団
合唱指揮:岩城拓也

1986年の旗揚げ以降、毎年上演を続けている堺シティオペラの第34回定期公演。とりわけ今回は、昨年10月に大阪府堺市にオープンした堺市民芸術文化ホール(公募により選ばれた愛称は「フェニーチェ堺」)のグランドオープンを記念するもの。地方都市で自主製作されるオペラとしては飛び抜けて豪奢な舞台になったのも、当然といえば当然だろう。それは、音楽面に限らない。例えば、古代エジプトを想起させる舞台美術と衣装(美術プランナーは横田あつみ、衣装プランナーは緒方規矩子)。とりわけ衣装の壮麗さには、ため息が出るほどだ。そのデザインも良く練られており、人物の地位や身分による描き分けもさることながら、照明の加減や動きによって微妙に色合いが変化する素材を使用。見ているだけでも飽きることがない。民衆の衣装をまとった150名もの大合唱団が登場する凱旋の場面などは圧巻であった。コンピューター制御による大掛かりな舞台装置もいいが、それは時に故障=上演の失敗を招く。やはり理屈抜きに心が震えるのは、生身の人間の温もりの感じられるこうした舞台だ。

だが、その壮麗さはあくまで一夜の露、現世という仮の世で見た夢まぼろしに過ぎない。はからずも、そのことが本公演で示されたように思う。何よりも、この物語の主軸をなす2人の女性、アイーダ(並河寿美)とアムネリス(福原寿美枝)の歌唱からそれを感じることができた。

愛する人と祖国の間に挟まれ葛藤するアイーダ。冒頭から並河の歌唱は、透明感のある美しさを湛えながらもどこか脆さを秘めていた。第1幕での〈勝ちて帰れ〉のアリアにしても、強さや勇ましさ以上に弱さ、儚さが感じられる。対照的に、アムネリスの福原の歌唱は太く、芯がある。アイーダを前に啖呵を切るにせよ、ラダメスに対して翻意を懇願するにせよ、祭司に向かって彼の命乞いをするにせよ、悲壮感を伴うとはいえ、そのエネルギーの発露には凄まじいものがあった。とりわけ第4幕第1場は、一身に孤独の影をまといながら会場全体をもその闇に引きずり込む、強烈な磁力を放っていた。

この両者の違い、それは単に、立場や性格の違いと言えるのであろうか。つまり、嫉妬に狂う女と、祖国と愛する男性との間に翻弄されるか弱き女という違い。いや、決してそれだけではないように思う。

思えば、並河のアイーダに当初から感じられた脆さ、儚さは、オペラの最終盤、彼女が死出の世界へと旅立つ場面に繋がっていたのではないか。そもそもこの物語は、アイーダとラダメスの死によって閉じられる。もちろん、死による愛の成就は、ロマン派オペラには決して珍しくない結末だ。けれども、このオペラが抱えるもう一つのテーマ、つまり「戦争」も、やはり「死」を内包している。オペラ全体の頂点でもある絢爛豪華な凱旋行進の裏には、敗者となったアイーダの母国の人々の死が暗示されており、言うなれば、このオペラの根底には彼岸と此岸の両軸が一貫して流れているように思われる。

実際、祖国の勝利に熱狂する人々の様子も、どこか現実味を欠いていた。第2幕の末尾、凱旋の様子が舞台後部のスクリーンに走馬灯のように映し出されたが、舞台が暗転すると同時に僅かに黒い影だけを残して了。その瞬間、全ては幻に過ぎないことが突きつけられたように思えたのである。

こうして、豪華な衣裳に包まれた人々の埋め尽くす絢爛の舞台が露と消えたことで、やがて訪れるアムネリスの孤独、さらにアイーダとラダメスが踏み入らんとする彼岸の世界が逆照射された。ちなみに、これらのコントラストには文字通り、精緻な照明デザインが大きな役割を果たしていたように思う(照明プランナーは原中治美)。ただし、これらのセットが全て上述のような解釈を想定したものだったかどうかはわからない。というのも、今回の演出(粟國淳)には目立って大きな作為性は感じられなかった。あくまで従来の「アイーダ」の枠組みの中で、劇の流れに自然に沿ったものであったと言えるのだから。けれども、単なるスペクタクルやセンチメンタルな仕掛けに安住しやすいこの題材に対し、それらを超えた別の次元に気づかせてくれたところに本公演の大きな成果があったように思う。

さて、最後に他のキャストについても触れておこう。まず、ラダメスのルディ・パーク。彼は優れた資質を有することは間違いない。第1幕の〈清きアイーダ〉など、ふくよかで勇壮な歌声により観客を魅了していた。一方で、表現が一辺倒になってしまった感があるが、それは冒頭から感じられた力みのせいであろうか。実際、第4幕になると高音部など不安定になる場面も見られた。また、アイーダに奸計をそそのかすアモナズロ(迎肇聡)や、エジプトの王(クリスヤニス・ノルヴェリス)、巫女長(端山梨奈)など、いずれも役どころをうまく捉え、かつ安定した歌唱を聞かせてくれた。ただし、管弦楽(牧村邦彦指揮、ザ・カレッジ・オペラハウス管弦楽団)は、劇が展開する場面ではその変化を後押しするが、全体として推進力に欠けていたのが惜しまれる。

(2020/2/15)


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〈cast〉
Stage Director:Jun Aguni
Conductor:Kunihiko Makimura

Aida:Hisami Namikawa
Radamés:Rudy Park
Amneris:Sumie Fukuhara
Il Re dell’ Egitto:Krišjānis Norvelis
Amonasro:Tadatoshi Mukai
Ramfis:Tadashi Ito
Sacerdotessa:Rina Hayama
Un Messaggero:Masami Seta

Orchestra:The College Operahouse Orchestra
Chorus:Sakai City Opera Memorial Chor
Chorus Master:Takuya Iwaki