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ビヨンド・ザ・ボーダー音楽祭2019|谷口昭弘

ビヨンド・ザ・ボーダー音楽祭2019
EXTENDED スペシャル・コンサート
~超える・交わる・聴こえてくる~
Beyond the Border Music Festival 2019
EXTENDED Special Concert
~ Exceeding, Intersecting, Listening ~

2019年11月20日 横浜みなとみらいホール 小ホール
2019/11/20 YOKOHAMA MINATOMIRAI Small Hall
Reviewed by 谷口昭弘 (Akihiro Taniguchi)
Photos by 藤本史昭 / 写真提供:横浜みなとみらいホール

<プログラム、出演>        →foreign language
プレ・パフォーマンス:即興演奏
石川高(笙)
【第1部】 聖なる調べ~《月光》とロマン派の傑作
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14番《月光》
チャイコフスキー:ノクターン
シューマン:<献呈>~《ミルテの花》より
ブラームス:幻想曲集Op. 116
若林顕(ピアノ)、巻上公一(語り)

【第2部】 祈り~クロイツェル・ソナタ
バッハ:《シャコンヌ》
シューベルト:《アヴェ・マリア》
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第9番《クロイツェル》
鈴木理恵子(ヴァイオリン)、若林顕(ピアノ)、巻上公一(語り、花架拳)

【第3部】 時空を超えて
古典雅楽曲:五常樂急
古典雅楽曲:春鶯囀遊聲
ほら貝
藤枝守:《大楠の精霊》Pattern A. B. C.〜植物文様第29集 (2019) –ヴァイオリンとクラヴィーアの二重奏による [初演]
ホーメイ
ジャック・ボディ:《ミケランジェロの瞑想》より第1、6、7楽章
武満徹:MI・YO・TA (詩:谷川俊太郎)
池辺晋一郎:《誰がためにかかれしものぞ〜生ける神》(モロッコのユダヤ民謡)
西村朗:《アリラン幻想曲》
加古隆:《アダイアダイ》〜ブルネイの古謡による
鈴木理恵子(ヴァイオリン)、若林顕(ピアノ)、石川高(笙)、巻上公一(声・ホーメイ)

【アンコール】
《グリーン・スリーブス》
ルー・ハリソン:《ワルツ》

「ビヨンド・ザ・ボーダー音楽祭2019」は、表面的には、西洋音楽中心の第1・第2部と、日本を中心としたアジアの伝統音楽と20世紀・21世紀音楽による第3部という構成の長時間コンサートに見える。ただ第1・第2部を体験すると、実際は、音楽の中心を西洋に据えつつも、音楽外的には西洋とは異質なものを取り入れる仕掛けが施され、そこに「ボーダー=境界」を超える(ビヨンドする)何かがありそうだ。
例えば会場が暗転すると、どこからともなく笙の音が聞こえてくる(これが「プレ・パフォーマンス」ということなのだろう)。その響きが退くと、若林顕によるベートーヴェンの《月光》とともに第1部が始まる。舞台後方を松原賢の『残月』が彩り、それを眺めつつも西洋音楽に浸るというわけだ。若林も第1楽章と第2楽章の間で『残月』を一瞥する。思わせぶりな仕草だ。
ところで若林のピアノはアルペジオと旋律の絶妙なバランスを確かめつつ、うっすらと鳴らしつつ濃厚に第1楽章の世界を繰り広げた。大胆なダイナミクスにより幻想的な音の戯れを優雅に進める第2楽章に引き続き、どしりとした重厚な第3楽章が続けて奏でられた。
あの『残月』が全体の解釈にインスピレーションを与えていたかどうかは不明なものの、第1楽章では、視覚的な要素と聴覚的な要素を聴き手が結びつけながら演奏を鑑賞するので、何らかの心理的作用が起こっていたのかもしれない。ただ第2・第3楽章の演奏に際しては、月のコンセプトから意外と作品が離れていっていることに、かえって興味を覚えた。

次のチャイコフスキー作品は、タイトルからして夜に関連してくる。聴き手がその情景をイメージしながら作品に浸れるという点では、こちらの方に分がありそうだ。そして作曲者は、古典派の作曲家たちが考える「貴族のための酒宴の夜」ではなく、私的な場としての夜を音楽に求めたことに思いを馳せた。
またシューマンの《献呈》では、まず原曲が基づいたリュッケルト詩を巻上公一が日本語で朗読。それに引き続いてリストのピアノ編曲版が演奏されるという趣向だった。歌詞の意味を噛み締めながら味わうピアノの流れ、そして最後の<アヴェ・マリア>の引用部分が原曲よりもたっぷりと弾かれるため、第1部のテーマにもある「聖」の部分が際立っていたのも印象的であった。

ブラームスの《幻想曲》になると、一気に響きが重厚となり、衝撃力もある。かと思えば、叙情性の中にある深まり、方向性の定まらない動機のうねりや陰影を付ける斬新な和声など、濃厚なロマン派世界にすっかりと惹かれていく瞬間もあった。

第2部は鈴木理恵子独奏によるバッハの<シャコンヌ>から。演奏中、花架拳という中国の拳法が巻上公一によって披露された。鈴木の<シャコンヌ>が、みずみずしい音色と安定した流れにより作品が持つ力強い表現力を最後まで持続する一方で、巻上の花架拳には滑らかな動きと前進する動作があり、「静と動」の美を感じさせた。
ただ彼自身にスポットライトを派手に当てることはせず、また巻上自身がすぐに舞台裏に引っ込んでしまったということもあり、バッハ曲は花架拳の伴奏音楽にはならず、基本は音楽に集中して楽しむことができた。

ゆらぐピアノのアルペジオによって豊かに歌われたシューベルトの《アヴェ・マリア》につづき、《クロイツェル・ソナタ》は鈴木が主導する形で進む。展開部に危なっかしい部分もあったが、鈴木のリードに若林がうまく合わせて進んでいた。第2楽章においても、麗しいヴァイオリンに導かれ、ピアノがそれを支える感覚。とはいえ、後半はピアノにも大きな見せ場を作る。前のめりな感覚の第3楽章にも、第1楽章に似たスリルがあったが、その勢いによって最後はねじ伏せられた感覚にもなり、それはそれでライブならではの醍醐味だったといえるだろうか。

「音楽祭」の第3部は、ここまでの展開よりも、ずっと軽々とボーダーを超える展開である。笙独奏による《五常楽の急》に続いてヴァイオリンとピアノを加えての《春鶯囀遊聲》が演奏された。古典的な雅楽曲の龍笛パートをヴァイオリンに、琵琶と楽箏パートをピアノにトランスポーズして演奏したということであったが、篳篥の奔放な主張とは違ったヴァイオリンの優雅な表現に不思議な味わいがあった。ただピアノのニュアンスは、どうしても西洋からもたらされた音律に由来する近似値の音なのだろうな、という邪推をしてしまった。
次のほら貝の響きは、とにかく音の大きさが圧倒的。野外の信号としての役割を果たしていたことがよく分かった。ただこれによって客席の緊張感を和らげたのが裏目に出て、その後の作品演奏中に話しだす聴衆が出始めたのは残念だった。

藤枝の《大楠の精霊》は、淡い和音の中に柔らかに弦の曲線が弾かれるPattern A、ピアノ音の渦に自在に絡むヴァイオリンを聴く Pattern B、ジャワ・ガムランに対位法的要素を巧みに組み入れた Pattern C と、それぞれの魅力を堪能。続いて口琴を演奏しながら登場した巻上公一氏のホーメイは、パフォーマンスとしても客席の注目を集めていたし、技巧そのものも驚きだったに違いない。

ニュージーランドの作曲家ジャック・ボディによる《ミケランジェロの瞑想》はバルトークの緩徐楽章のような第1楽章、ヴァイオリンとピアノの起伏の激しい第6楽章、艶かしいヴァイオリンと官能的なピアノによる多彩な表情を引き出す第7楽章という3つの楽章。
武満の《MI・YO・TA》はもともとアコーディオンが奏した思われる和音を笙の石川が担当。こちらは不思議に違和感がない。盛り上がりという点では池辺の《誰がために書かれしものぞ〜生ける神》が会場を湧かせた。モロッコのユダヤ民謡ということであったが、そのノリはまるでクレズマー。巻上の花架拳(?)も飛び出し、ノリノリの舞台になった。また曲を始めるに当たって笙を伴奏に歌詞を朗読したのも面白かった。圧巻ということであれば、西村の《アリラン幻想曲》もそうだろう。韓国の愛唱歌を縦横に展開。技法的には斬新な工夫も随所に盛り込みつつ、どこかしら懐かしさ、しっとりとした抒情も感じさせた。
加古隆の《アダイアダイ》は素朴な旋律の繰り返しと変容のはずなのに、心の中に余韻をこだまさせる力がある。この曲によって全体を締めくくるというのは、ある意味大胆だなあと思いつつ、やはり最初の2部よりも殻を打ち破ってフットワークを軽くというコンセプトなのだろうか。アンコールの2曲を聴きながら、そう納得した。
アンコールでは、笙が《グリーン・スリーブス》の和音伴奏をするというアイディアには度肝を抜かれたし、ルー・ハリソンにこんな素敵な曲があるという発見もあった。第3部からアンコールへの流れは、本当にボーダーレスな時代のコンサートなのだと実感するものだった。

(2019/12/15)


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<Performers>
Rieko Suzuki (violin)
Akira Wakabayashi (piano)
Ko Ishikawa (shō)
Koichi Makigami (voice)
Ken Matsubara (art) and others

<Program>
Pre-Performance: Improvisation.
Ko Ishikawa (shō)

[Part 1 ] Sacred Sounds-“Moonlight” and Romantic Masterpieces
Beethoven: Piano Sonata No. 14 in F-sharp minor Op. 27, No. 2 “Moonlight”
Tchaikovsky: Nocturne
Schumann: “Widming” from Myrten
Brahms: 7 Fantasien, Op.116
Akira Wakabayashi (piano), Koichi Makigami (recitation)

[Part 2 ] Prayer-Kreutzer Sonata
Bach: “Chaconne” from Partita No. 2 in d minor, BWV. 1004 for violin solo.
Schubert: Ave Maria.
Beethoven: Violin Sonata No. 9 in A Major, Op. 47 “Kreutzer.”
Rieko Suzuki (violin), Akira Wakabayashi (piano), Koichi Makigami (kakaken and recitation)

[Part 3 ] Beyond Time and Space
Traditional Gagaku piece: Goshouraku-no-Kyu.
Traditional Gagaku piece: Shun’nouden-no-Yusei.
Triton’s Trumpet.
Mamoru Fujieda: Sprites in the Large Camphor TreePatterns of Plants, the 29th Collection – Duo version for violin and clavier [world premiere], “Pattern A. B. C.”
Khoomei.
Jack Body: Three movements from Meditation on Michelangelo.
Toru Takemitsu: MI-YO-TA (Shuntaro Tanigawa, lyrics).
Shin’ichiro Ikebe: Lemee zot nirshemet: Elohim Chay (For Whom Was It Written: The Living God (A Jewish Folksong of Morocco).
Akira Nishimura: Arirang Fantasy.
Takashi Kako: Adai Adai (from the old song of Brunei).
Rieko Suzuki (violin), Akira Wakabayashi (piano), Ko Ishikawa (Shō), Koichi Makigami (recitation, khoomei)

[Encores]
Greensleeves.
Lou Harrison: Waltz.