ダ・ヴィンチ音楽祭 in 川口 vol.1 オルフェオ物語|大河内文恵

ダ・ヴィンチ音楽祭 in 川口 vol.1 オルフェオ物語
Leonardo da Vinci Festival in Kawaguchi Vol. 1 Fabula di Orfeo

2019年8月15日 川口総合文化センター・リリア音楽ホール
2019/8/15 Kawaguchi LILIA Music Hall
Reviewed by 大河内文恵(Fumie Okouchi)
Photos by 林喜代種(Kiyotane Hayashi) 撮影:8月13日(ゲネプロ)

<演奏>        →foreign language
オルフェオ:坂下忠弘
エウリディーチェ/メルクーリオ:阿部雅子
モプソ/ダ・ヴィンチ:黒田大介
プロゼルピナ/ドリアス/バッカスの巫女:中山美紀
プルート:彌勒忠史
アリステオ/ミーノス:上杉清仁
ティルシ:中嶋克彦
ドリアス/バッカスの巫女:赤地カレン
ドリアス/バッカスの巫女:乙顔有希
バッカスの巫女の頭:細岡ゆき
牛(舞踏):江澤淳泗

指揮:濱田芳通
管弦楽アントネッロ
  ヴィオラ・ダ・ガンバ:石川かおり、品川聖
  リラ・ダ・ブラッチョ:天野寿彦、なかやまはるみ
  ルネサンスリュート:高本一郎
  サクバット:和田健太郎、栗原洋介
  リコーダー/ラウシュプフェイフェ/ドゥセーヌ/クルムホルン/コルネット:濱田芳通
  リコーダー/クルムホルン/ドルツィアン:古橋潤一
  パーカッション:濱元智行
  ヴァージナル/オルガン:矢野薫
  ルネサンス・ハープ:西山まりえ

 

オペラって何だろう?普段、作曲者とセットでオペラ作品を認識することに慣れている私たちにとって、根本からの問い直しを迫る試みであった。

今年没後500年を迎えるレオナルド・ダ・ヴィンチは、画家・科学者として知られているが、音楽家でもあったという。「オペラ」が誕生した1600年よりさらに100年ほど遡った時代の音楽劇がどのようなものであり得たのか、音楽家としてのダ・ヴィンチはどんな人物たりえたのか、尽きぬ興味を抱えて川口に向かった。

今回の公演は、ポリツィアーノの台本とダ・ヴィンチの手帳に残された大道具に関するメモを手掛かりとしている。ただし、濱田の「演奏ノート」(ダ・ヴィンチ音楽祭in 川口のガイドブック所収)によれば、台本は「後の上演用に書き換えられた台本」を使用したという。そのため、登場人物がポリツィアーノの台本と一部異なるほか、さらにいくつかの登場人物はストーリーをわかりやすくするために整理されている。当時音楽は即興演奏であったために現存しないので、今回の公演はダ・ヴィンチと同時代の音楽を当てはめ、替え歌として使用することにより、時代の空気感を再現するよう編まれた。

開始早々、驚きが待っていた。ダ・ヴィンチ自身が登場人物として現れ、日本語(!)で語り始めたのだ。これから始まるオペラの前口上を、時事ネタも入れつつ巧みにしゃべり、観客を沸かせる。ダ・ヴィンチ役の黒田のあまりの芸達者ぶりに、(オペラではなく)演劇を見に来たのかと錯覚した。モンテヴェルディやグルックの《オルフェオ》のようなものを想像していた筆者には、いきなりカウンターパンチを浴びせられた格好だ。

モンテヴェルディにしてもグルックにしても、エウリディーチェはオペラ開始早々に死んでしまい、そこから彼らの地獄での葛藤と、掟破りによる連れ戻しの失敗、その後救われてハッピーエンドというストーリーになるのだが、このバージョンの筋書きはまったく異なる。

エウリディーチェが蛇に咬まれるきっかけとなったアリステオ(アリスタイオス)のエピソードを前半で大きく取り上げ、オルフェオはなかなか出てこない。だが、アリステオ役の上杉が本当にそこに少年がいるかのような身のこなしであるばかりか、切々と訴える純粋な恋心をカウンターテナーの声色で見事に表現しており、本篇が始まるまでの長さがあまり気にならなかった。アリステオの歌の中でも、ハープとリュートのみで伴奏する部分はとくに秀逸。オルフェオの坂下は登場した瞬間から主役オーラが出ており、バレエでいう「王子役」として今後貴重な存在になっていくことが容易に想像できた。

通常なら最初の数分で終わってしまう、オルフェオが冥界におりていく場面までが第1幕。第2幕は、プルートの場面から始まる。この登場人物は、モンテヴェルディでもグルック(版によってあったりなかったりする)でもバス歌手がつとめるのだが、今回はカウンターテナーの彌勒。歌い始めた瞬間にはかなりの違和感があったが、徐々に慣れてきて、最後の高らかな宣言では、この役はカウンターテナーでしかあり得ないのではないかと思うほどの説得力があった。

プルートの冥界での妻、プロゼルピオの2曲のアリア、エウリディーチェを永遠に失った失意の中オルフェオを歌うアリアなど、第2幕には聴きどころが多かった一方、ともすると、アリアの技巧が冴えわたり立派に歌い上げられてしまうと、バロック・オペラを聞いているかのように感じてしまう瞬間がないではなかった。

オルフェオの失意のアリアの後、思いもかけない展開となる。女性への不信感からオルフェオは男色に走り、神話の世界の外側にいるはずのダ・ヴィンチと濃厚なシーンが繰り広げられる。そこへバッカスの巫女たちがあらわれ、狂乱の果てにオルフェオを八つ裂きにしてしまう。男色およびオルフェオの死は、神話の中ではむしろ正統なのだが、従来の《オルフェオ》に慣れている筆者にはかなり刺激的であった。

生首となったオルフェオが心情を歌うというサロメを思わせる衝撃的なシーンに続き、ダ・ヴィンチが舞台中央で後ろ向きにポーズをとって幕となる。通常のオルフェオのストーリーが全体の1/4くらいになってしまうほど、盛りだくさんのストーリーだが、不思議と長さをあまり感じなかったのは、替え歌として使われていた音楽が変化に富んでいたこと、伴奏のアンサンブル、とくに打楽器と管楽器が生き生きとしてノリが良かったことによるところが大きいだろう。リラ・ダ・ブラッチョの音色もそこに一役買っていた。もちろん、歌手ひとりひとりの歌だけでなく演劇としても成立しうる芝居心も寄与していた。

オルフェオにはリュートを奏でるシーンがあり、オルフェオが音楽家であるが故にオペラの題材として好まれるという、考えてみれば当たり前なことに今回気づいた。また、バッカスの巫女4人は歌だけでなくハープやリコーダーなど楽器も堪能であった。1人の演奏者が複数の専門をこなすことが世界的には珍しくなくなってきている今、彼らの存在は頼もしくもある。

これだけの公演がたった2日の公演で終わってしまったのは、あまりにももったいない。今回の聴衆の多くは、古楽を聞きなれている人が多かったと想像されるが、古楽以外の音楽ファン、美術や演劇のファンなどもっと幅広い層にも充分楽しめる作りになっていたと思う。再演を願うとともに、パッケージ化して海外でも是非上演して欲しいと思う。日本が誇れるコンテンツはアニメーションとゲームだけではないはずだ。

(2019/9/15)

関連評:ダ・ヴィンチ音楽祭 in 川口 vol.1 オルフェオ物語|藤堂清

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<Performers>

Orpheo ( Sakashita,Tadahiro )
Euridice/Mercurio ( Abe,Masako )
Da Vinci/Mopso ( Kuroda,Daisuke )
Proserpina/Dryas/Baccante ( Nakayama.Miki )
Pluto ( Miroku,Tadashi )
Aristeo/Minos ( Uesugi,Sumihito)
Tyrsi ( Nakachima,Katsuhiko )
Dryas/Baccante ( Akachi,Karen )
Dryas/Baccante ( Otogao,Yuki )
II capo dei baccante ( Hosooka,Yuki )
Vitelin ( Ezawa,Atsushi )

Conductor ( Hamada,Yoshimichi )
Orchestra ( Anthonello )
  Viola da Gamba ( Ishikawa,Kaori & Shinagawa,Hijiri )
  Lyra da Braccio ( Amano,toshihiko & Nakayama,Harumi )
  Renaissance Lute (Takamoto,Ichiro )
  Sackbut (Wada,Kenichiro & Kurihara Yosuke )
  Recorder/Rauschpfeife/Doucaine/Crumhorn/Cornetto ( Hamada,Yoshimichi )
  Recorder/Crumhorn/Dulzian ( Furuhashi,Junichiro )
  Percussion ( Hamamoto,Tomoyuki )
  Virginal/Organ ( Yano,Kaoru )
  Renaissance Harp ( Nishiyama,Marie )