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生で聴く“のだめカンタービレ”の音楽会 100回記念公演|松本大輔

生で聴く“のだめカンタービレ”の音楽会 100回記念公演
“NODAME CANTABILE” 100th Memorial Concert

2019年6月29、30日 春日井市民会館
2019/6/29,30 Kasugai City Hall
Reviewed by 松本大輔(Daisuke Matsumoto)
写真提供:公益財団法人かすがい市民文化財団

<曲目>    →foreign language
のだめファンタジー(編曲:茂木大輔、オーケストレーション:蒔田裕也)
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番
ドヴォルザーク:交響曲 第8番

<出演>
茂木大輔(企画・指揮・お話し)
河尻広之(ピアノ)
名古屋フィルハーモニー交響楽団(管弦楽)

 

日本にクラシック・ファンを激増させたのは、カラヤンでもクルレンッィスでも、ましてやアリアCDなんぞの店主などではまったくなく、一人の空想上の女性だといわれている。

それは野田恵、通称「のだめ」。

ご存知、二ノ宮知子の少女マンガ「のだめカンタービレ」の主人公。
マンガ、アニメ、実写とことごとく大ヒットを重ね未曾有のブームを生み出し、実写のほうは連続ドラマ、スペシャル・ドラマ、さらに映画2本が制作され、女優の上野樹里、俳優の玉木宏はこれでブレイクした。
映画については興行収入(前編)41.0億円、(後編)37.2億円を記録、2010年上半期邦画興収は前編が2位、後編が3位だったというのだからその人気のすごさが伺われる。

普段クラシックを鑑賞しないような人までドラマや映画にはまり、いつだったか自分が入院していたときに、部屋にテレビがなかったものだから待合室のテレビを勝手につけて「のだめ」のドラマを見ていたら、別の部屋の入院患者さんたちが「あ、のだめやってた、よかった」とか言いながら集まってきて、トラックの運ちゃんみたいな人までドラマを食い入るように見ていたことを覚えている。
まさに国民的人気だったのだ。

しかし所詮漫画原作、いい加減な作りだろうと思いきや・・そうではない。
ドラマの1回目だったか、どこからかベートーヴェンの『悲愴』が流れてくるのだが、そこで流れてきた『悲愴』が、このために収録したと思われる超個性的で魅力的な演奏になっていた。
音楽を小手先で済ませていない、細部までまじめに音楽にこだわった作りになっていたのである。
そうした真摯なドラマ作りの姿勢が、クラシック・ファンからも評価され、そして一般のファンをも魅了したのかもしれない。

さて、その「のだめ」、原作漫画のほうは2010年に終わっている。
アニメもほぼ同時期に終わり、実写化も映画で完結、それで「のだめ」関連のコンセプトはすべて終わりかと思いきや・・・そうではない。

実は「のだめコンサート」というのがずっと続いている。正式には「生で聴く“のだめカンタービレ”の音楽会」。
「のだめ」の原作やアニメ、ドラマや映画などで登場した曲、あるいは関連曲を演奏する音楽コンサートである。
そのコンサートだけは、原作が終了し、ドラマ・映画ブームが一段落してもずっと続いているのである。

確かにサウンドトラックCDがクラシックとしては異例の、発売3か月で累計出荷枚数10万枚を記録したというのだから、こうした音楽コンサートが売れるのは読めただろう、と思いきや、・・・そうではない。
このコンサートが始まったのは、そのCDが出るずっと前、というかドラマが大ヒットするよりも前だったのだ。
いわば、「のだめ」関連コンセプトの先駆者はこのコンサートだった。

ああ、そうなのか、きっとどこかすごいバックがついていて、金の亡者みたいに、ブームが終わってもずっと食らいついて離れないんだろうな、と思いきや、・・・そうではない。
これはある地方の公共ホールのひとりの女性が思いつき、手探りの中、講談社や作者と交渉し、やっとの思いで開催したもの。どこかの大手音楽事務所が金にものを言わせて開催した金満コンサートではない。
その1回目のコンサートが評判となり、その後いろいろなホールから再演の要望が届き、結果、東北から沖縄まで、23都府県で公演を重ね、ついに今年の6月で100回となった。これはひとつひとつの公演がつながって、結果的に100回になったというもの。それがすごい。

そのコンサートは多くが満員となりいまでもチケットの確保は難しいといわれる。

しかし所詮漫画のコンサート、初心者の顔色を窺った、面白可笑しければいいおちゃらけコンサートかと思いきや・・・そうではない。
漫画・ドラマ・映画の内容に即した選曲を行い、ときにはジョリヴェやプーランクのマニアックな曲だって登場する。
当然のことながら生音にこだわり、そして演奏する楽曲はすべて「全曲」を聴かせる。
原作に即していながら、音楽の尊厳・基本は絶対に崩さない。
その場が楽しければいいというお手軽お気軽コンサートではないのである。

そうした頑固な姿勢がクラシック・ファンからも評価され、原作のファンをも結果的に魅了し、この100回という公演につながったのだ。
第100回コンサートもラフマニノフの『ピアノ協奏曲第2番』とドヴォルザークの『交響曲第8番』の全曲公演。
背景のスクリ−ンには原作漫画のコマが適宜投影され、名曲を聴きながら原作を思い出してもらう、という趣向である。

でもそれでは背景の映像が音楽の流れを阻害すると思いきや、・・・そうではない。
コマの選択と投入のタイミングが絶妙で、頭の中に原作漫画やドラマの情景が浮かび、音楽と相まって感極まるのである。
脳内オペラとでもいおうか。頭の中で原作の感動シーンが勝手に再現され、音楽だけではありえない「想い」が湧き上がってくる。
そういう通常のコンサートではありえない感動のありかたが、このシリーズ成功の最大の要因。
だからクラシックにそれほど詳しい人でなくても、のだめを愛する人なら音楽に没入でき、感情移入することができる。
だからリピーターが増え、口コミで人が集まるのだ。あのコンサートならクラシックにそれほど詳しくなくても楽しめるよ、と。

その威力はすごい。
100回コンサートで一体どれだけのクラシック初心者を導いたか。
なにせ総入場者数、13万人である。
ただ人を集めるだけならできるかもしれないが、クラシック初心者をも取り込むことは世界的アーティストでも難しい。
多くのアーティストがやりたいと思いながら果たせないでいたことを、この「のだめ」コンサートは成し遂げたわけである。

先ほど「のだめ」コンサートは「ある地方の公共ホールのひとりの女性が思いついた」というようなことをいった。
実はその「地方」とは、アリア CDの根拠地、春日井だったりする。その女性は、春日井市の市民文化財団の人なのだ。だから顔見知りである。
そんなとてつもないコンサート・シリーズを敢行している人だからきっとバリバリキャリアの強烈な人かと思いきや、・・・そうではない。
たまに会うと手を振りながら「松本すわーーん」とか言ってくるぽわんとしたやわらかい人。ところが「何が人の心に訴えるのか」という嗅覚についてはめっぽう強い。いつぞやも、ある有名クラシック・ホールのプロデューサーが春日井の「忍たま乱太郎」のイベントに来ていたので「なんでこんなイベントにきたんですか?」と聞いたら、件の女性がプロデュースしたと聞いて、何かあるはず、と思って偵察に来たと。

日本にクラシック・ファンを激増させたのは、カラヤンでもクルレンッィスでも、ましてやアリアCDなんぞの店主などではまったくなく、一人の空想上の女性と、そしてもう一人、春日井にある地方公共ホールの女性だったのである。

                               (2019/7/15)

©二ノ宮知子/講談社

©二ノ宮知子/講談社

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲 第2番

©二ノ宮知子/講談社

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<pieces>
“ NODAME”Fantasy : arr. Daisuke Mogi/orchestration : Y. Makita
Sergey Rachmaninov : Piano Concerto No. 2 in C Minor, Op. 18
Antonin Dvorak : Symphony No. 8 in G Major, Op. 88

<players>
cond./Daisuke Mogi
pf./ Hiroyuki Kawashiri
orch./Nagoya Philharmonic Orchestra

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松本大輔(Daisuke Matsumoto)
1965年、松山市生まれ。
24歳でCDショップ店員に。1998年に独立、まだ全国でも珍しかったネット通販型クラシックCDショップ「アリアCD」を春日井にて開業。
クラシック専門CDショップとしては国内最大の規模を誇る。
http://www.aria-cd.com/
「クラシックは死なない!」シリーズなど7冊の著書を刊行。
愛知大学、岡崎市シビック・センター、東京のフルトヴェングラー・センター、名古屋宗次ホール、長久手、一宮、春日井などで定期的にクラシックの講座を開講。