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アポロン・ミューザゲート弦楽四重奏団|丘山万里子

クァルテットの饗宴2019
アポロン・ミューザゲート弦楽四重奏団
Festival of the Quartet 2019
Apollon Musagète Quartet

2019年6月7日 紀尾井ホール
2019/6/7  Kioi Hall
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by 堀田力丸(Rikimaru Hotta)

<演奏>     → foreign language
アポロン・ミューザゲート弦楽四重奏団
 vn パベウ・ザレイスキ
 vn バルトシュ・ザホヴォッド
 vla ピョトル・シュミェウ
 vc ピョトル・スクヴェルス

<曲目>
シューベルト:弦楽四重奏曲第1番ト短調(変ロ長調)D18
ペンデレツキ:弦楽四重奏曲第3番「書かれなかった日記のページ」
〜〜〜〜
シューベルト:弦楽四重奏曲第15番ト長調 Op.post.161, D887

(アンコール)
フレセド:わが命の君

 

アポロン・ミューザゲート(AMQ)は2008年、ミュンヘンARD国際音楽コンクール優勝のポーランドの俊英カルテット。デビュー10年を過ぎ、シューベルト全曲ツィクルスに挑んでおり、今回も『第1番』と『第15番』の間に母国のペンデレツキ作品を挟むというプログラムだ。
同じホールで2月に聴いたベルチャ SQを筆者は「優秀外科医4名の完璧オペ」と書き、その演奏に戦慄、深く考え込んだのだが、AMQには震撼した、と言おう。

チェックのかっこいい(と筆者は思う)カジュアルスーツでの立奏(チェロは座奏)。
ついウィーンのシュランメルンを想起したのはそのいでたち、彼らがウィーンで学んだこと(A・ベルクSQ)、曲がシューベルトだったからか。
その『第1番』の入り、なんて「sweet!」(このニュアンスはこの語感なのだ)。ふうわり香る淡雪の口どけで、このところカルテットやトリオで尖った響き、音色ばかり聴かされてきた感のある筆者の耳には、おお、久しぶり、の甘露であった。
この作品、シューベルトのコンヴィクト時代、13、4歳の習作に近いが、すでに特有の世界が覗いており、それを彼らは、ほら、もうこんな響きや筆致あるんだよ、と目配せしつつ少年の内裏にまで引き入れてくれるのだ。
第1楽章アンダンテ弱奏主題の夢みる表情と、チェロのずっしりした質感のラインに加わる3弦の和音の重量の際立ち、一転躍動する主部での焦燥感漂うトレモロだけで、この年齢のもつ心のナイーブと彼独自の振幅の激しさが伝わってくる。その落差を彼らは優しく、だが克明に描き出す。メヌエットの愛らしい歌には、シューベルトの「歌って歌って止まらない」様子が軽快に紡がれ、緩やかなアンダンテから躍動のプレストは野を駆ける子ウサギのように身を弾ませる。最後の念押しコーダはいかにもベートーヴェン風に書いてみました、的で微笑ましい。

と、頬を緩めたところで、ペンデレツキ。上海クァルテットのために書かれ、第2番から40年後、生誕75周年の作品だ。
書かれなかった日記のページが何であるかは知らぬが、不協和の中の協和、ヴィオラに託された歌謡性、ふと浮かぶロマの旋律、落とし穴のようにあちこちに置かれたゲネラルパウゼ、その切れ切れ刹那の響きの極端な浮沈、明滅、改行、段落を、彼らは凄まじい内的集中であぶり出してゆく。序奏〜コーダの単一楽章は不協和の衝撃とそこから剥落する美の変容態でもあり、その相克世界を響きの多彩と尖鋭な弓刀で彫り続けた。

そうしてシューベルト最後の弦楽四重奏曲『第15番』が来る。
この流れ、つまりは『冬の旅』だったのか。筆者にはそう聴こえた。
『第1番』で垣間見せた心の深淵が、ペンデレツキの相克を経て、ここに大きな口を開ける。何より全編を縫うトレモロだ。少年の鋭敏な震えそのものだった『第1番』から、どれほど遠くに来てしまったろう。錐もむような痛覚を伴うトレモロは、そのように突き刺さってくる。
加えて強弱明暗の躁鬱世界での弱奏の比類なさ。音符一つ一つが微細な細胞の分裂流動と見え、それを顕微鏡でのぞいているかの目視(という表現はいかにも時代遅れで、画像の縮小拡大を自在に行い微小を剥き出しに可視化する先端科学の眼)と、それを音楽する心身に直結させる伝播力。ベルチャで感覚した一種の人工性(腕でなくarm)はそこになく、爪先から髪の毛一筋まで彼らの血流が隅々まで通う。その血は冷たく蒼く澄む。この凍えたパッションpassionが、魂の冬枯れをさすらうシューベルトを描くにどれほどふさわしいか。
氷上のトレースのように各楽器が鮮明でありつつ、絡み重なり合うというより常に響として溶けるその溶液が蠢き続けるのだ。第2楽章のチェロの哀切は重く湿り、第3楽章レントラー、第4楽章タランテラのリズムは軽みよりある種の痙攣を思わせる。
筆者はそこにこの1月、ボストリッジが痩躯を折って放擲した『冬の旅』の歌の数々を重ねた。
数年前、やはりこのホールで聴いたウィーン弦楽四重奏団『死と乙女』の昔日のシューベルト。どれほど遠くに来たのだろう、彼ら(おそらくボストリッジもまた)。だがこれもまた、真実、私たちのシューベルトに違いない。

アンコールはタンゴ『わが命の君』。
一転、シュランメルンっぽいノリに、筆者、身体中の緊縛が解け、ようやく彼らの音の呪縛から放たれる。
もう一度言う。震撼の一夜であった。

 (2019/7/15)

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Apollon Musagète Quartet
 vn) Paweł Zalejski
 vn) Bartosz Zachłod
 vla) Piotr Szumieł
 vc ) Piotr Skweres

F. Schubert:String Quartet No.1 in G major/B-flat major, D18
Krzysztof Eugeniusz Penderecki:String Quartet No.3 “Leaves from an Unwritten Diary”
〜〜〜〜
F. Schubert:String Quartet No.15 in G major, Op. post.161, D887

(Encore)
Osvaldo Fresedo:Vida Mia