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小林海都 ピアノ・リサイタル & 岡田奏のことを少し|丘山万里子

小林海都 ピアノ・リサイタル & 岡田奏のことを少し

2019年2月7日 すみだトリフォニー 小ホール
Reviewed by 丘山万里子(Mariko Okayama)
Photos by 三浦興一/写真提供:すみだトリフォニーホール

<曲目>
ハイドン:ピアノソナタ ト長調 Hob.XVI:6
スクリャービン:24の前奏曲 作品11 より第1曲~第12曲
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ストラヴィンスキー(アゴスティ編):バレエ組曲《火の鳥》より
シューベルト:4つの即興曲 D935 作品142

 

小林海都は1995年横浜生まれ、3歳から合唱団に入り4歳でピアノ、ヤマハから上野学園高校を経てベルギーのエリザベート王妃音楽院、現在はバーゼル音楽院で研鑽を積む。一方、ピリス(ピレシュ)に学び、デュメイとも共演を重ねる新進である。

筆者はとりわけシューベルトを興味深く聴いた。ピリスのそれを好むゆえ。
シューベルトの即興曲はピアノ学習者には馴染み深いものだが、傷つきやすく壊れやすいその美しさを本当に知るのは、年月を経てのこと。
だから若者の弾くシューベルトについては、怖いもの見たさ、に近いが、小林はこの年齢の持つナイーブをとても自然に素直に表出していて、好感を持った。なるほど、幼少から合唱で培われた感性がこんな風に生きるのだな、と。つまり、歌うのだ。
ピアノに言葉は付いていないが、シューベルトの音楽には常に詩句がある、と筆者は思う。音の抽象性よりむしろ言葉に近く、それを口の中でコロコロ転がし際限なく遊ぶような延々があり、しかもその美たるや、ああ、また?とか思いつつ溺れていってしまう。
とりわけ第1曲の波動音形にのって歌い交わされる低音と高音の、特に天の高みからふっと舞い降りてくるフレーズには、たびごと、心が震えるのだが、小林の場合、そういう呼びかわしの一つ一つを丁寧に、けれども決して滞らずに(想いを溜めすぎず)さらさらと歌ってやまない。それに、左右一緒に和音を連ね波紋を押し広げてゆくところでも、むやみに重かったり叩き込んだりしないので、そのやわらかな対比に身を委ねて行ける。
この力みなさ(歌い回し)こそ彼の美点で、たいていの若者が青春の気負いのようなものを振り回しがちのシューベルトとは異なる位相を示す。
第2曲での和音の響かせ方は、どの音が大事か、とか、全体の色合いの調合とかのコントロールが良く効いており、音色への鋭敏なセンスを感じ取れた。
第3曲は変奏であるので色々工夫が凝らされようが、それを意識するあまりかどうか、テーマの扱いが時にもったりしてしまう部分も散見。
終曲はキレよく弾む一方で、トリルの輝き、上下行スケールの粒立ちなど多彩な表情と共に、野リスのような敏捷に若さが横溢。
この4曲、筆者は楽しんだ。
むろん、シューベルトの深淵は遥か彼方だが、今はこれで十分ではないか。

ハイドン、スクリャービン、ストラヴィンスキーの弾き分けも的確で、特にストラヴィンスキーの高音のパキパキ乾燥した打鍵の、それでも音が割れない音質には感心した。新春に聴いた金子三勇士、藤田真央デュオ『パガニーニの主題による変奏曲』のこれでもか轟音試合にいささか辟易した筆者であったので、特に。

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もう一人、1月末、札幌交響楽団のピアノ協奏曲に登場した新星、岡田奏を書き留めておきたい(1/30@サントリー)。函館出身、15歳で渡仏、パリ高等音楽院修士卒、アーティスト・ディプロマ科を経て内外で活躍、2013年第8回プーランク国際ピアノ・コンクール第1位といった経歴。
ベートーヴェン『第4番』、淡雪がキイに溶けるようなピアニシモの導入に、これまで聴いたどの演奏とも異なるいわく言いがたい幻想世界へと運ばれたのである。このように、最初の1句で自分の世界へ聴き手を引き込む奏者は少ない。この音いろは、札響の翡翠輝石のような透明な響きと相まって作品全体を染め上げることになる。
こんなのはベートーヴェンじゃない、と言う人もいようが、それはそれ。
筆者はそこにスイス氷河洞窟内の形容しがたい「蒼さ」を想起した。冷たいけれど痺れるように寒くはなく、凍っているけれど滑らかに流れ、しんしんと透き通る、澄み切った世界。そういう美しさは人にも、音にも、ありうる。この音楽が、そうだ。
岡田は概して、情感豊か繊細抒情の言葉で括られようし、実際、その耽溺表情、それに伴う余計な仕草が見た目に鬱陶しい印象を与えてはいた。で、筆者は目を閉じ音だけを聴取、すればその微細独特の表現の新鮮、語彙の豊かには魅了され続け、であったのだ。
こういう独特は、どれを弾いても同じになる危うさを抱えるが、ソロでもっと聴いてみたい、モーツァルトはどうだろう?と、こころ掻き立てられたことは事実。

この二人、注目したい。

関連評:札幌交響楽団 東京公演 2019|藤原聡

(2019/3/15)