名古屋フィルハーモニー交響楽団 第464回定期演奏会|能登原由美
2019年1月18日 愛知県芸術劇場コンサートホール
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
Photos by Kosaku NAKAGAWA/写真提供:名古屋フィルハーモニー交響楽団
<演奏>
指揮:ジョン・アクセルロッド
ヴァイオリン:成田達輝
管弦楽:名古屋フィルハーモニー交響楽団
<曲目>
ラヴェル:バレエ「マ・メール・ロワ」(全曲)
酒井健治:ヴァイオリン協奏曲「G線上で」
アンコール
イザイ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタ作品27より第6番ホ長調
ツェムリンスキー:交響詩「人魚姫」
この楽団のユニークなところは、シーズンを通じて定期演奏会に一貫したテーマを持たせていることだ。今期の場合は「文豪クラシック」。つまり、各回の定期演奏会に文学作品と関連のある楽曲が取り入れられている。もちろんプログラミングにおいても、毎回その楽曲との関連性などが考慮されていることだろう。
これは、聴き手にとっては各演奏会に注目する一つの指標にもなる上、今回の場合で言えば、文学作品のように具体的な内容と関連させながら聴くことができるため、イメージを膨らませやすい。一方で、聴く前からあらかじめ一つの方向性を示すという意味では、より自由な聴取の可能性を奪いかねないものでもある。賛否両論あるだろう。けれども、演奏も一つの「創作行為」であると考えれば、プログラミングも創作の一部。テーマも、選曲も含めて、演奏会全体を「作品」として鑑賞するのも一つの聴き方ではないだろうか。私自身、今回はそういった姿勢でこの「作品」を聴いた。
今回のテーマは、アンデルセン童話の「人魚姫」。ツェムリンスキーがこれを交響詩として描いた作品がメインとなる。それと呼応するかのように、シャルル・ペローの童話集などを題材にしたラヴェルのバレエ音楽《マ・メール・ロワ》が冒頭で取り上げられた。いずれも、後期ロマン派の華飾な響きが幻想的な世界を繰り広げていくものだ。
童話が原作。ただしそれを描くのは大人である。大人が捉えた「子供の世界」は所詮、「大人の世界」に過ぎない。今公演でタクトを握ったジョン・アクセルロッドは、まさにその「大人の世界」を冷徹に描いたと言える。とりわけ最初の《マ・メール・ロワ》では、大きな動きが抑えられ、非常に静的、どこか緊張感も漂わせていた。それはまるで、その物語に描かれた出来事そのものではなく、その裏にある真意を探ろうと細部にまで目を凝らしているかのようだった。確かに、童話に描かれた出来事の一つ一つには、別の意味合いや暗示が含まれていることが多い。だが、単純に表の部分、つまり物語の展開そのものも味わいたいと、ここでは思った。
後半の《人魚姫》は、音楽自体に一層の写実性や物語性が担わされるため、さすがに演奏の身振りも大きくなる。とはいえ、前半のような透徹した眼差しは変わらない。やはり、筋自体よりもその根底、すなわちここでは「愛と死、その浄化」といったテーマに迫ろうとしたのかもしれない。が、肝心のカタルシスを得るには、幾分理性的過ぎはしないだろうか。
アクセルロッドの良さが出ると同時に、今公演でもっとも良かったのは、両者の間に置かれた演目だろう。すなわち、コンポーザー・イン・レジデンスを務める酒井健治の《ヴァイオリン協奏曲「G線上で」》である。ただし、この作品は当初の予定曲ではなく代替曲。この点については少し説明が必要だろう。
実は、私がこの公演で注目していたのは、酒井の委嘱新作《ピアノ協奏曲「キューブ」》の世界初演であった。けれども、公演直前になって初演の延期が発表される。その理由について、プレ・トークで作曲者本人から説明があった。それによると、新作は独奏とオケ、双方の奏者にとって非常に難易度が高いとのこと。だが、今回上演された《ヴァイオリン協奏曲「G線上で」》、またレジデントとしての第1作、《交響曲第1番「スピリトゥス」》とを合わせて3部作を構成する予定であり、CDへの録音も念頭に置いているとのこと。これらは自身の創作において、一つのターニングポイントとなるものであり、満足のいく演奏を目指すべく、2年後に改めて世界初演を行う計画だという。
その結果、この《ヴァイオリン協奏曲》の上演である。ここでは小さなヴァイオリンの、G線というただ一つの弦から開示される世界の壮大さに瞠目した。単に音の量や幅、数や響きの種類といった物理的な要素を超えて、無限に広がっていくかのようだ。ソロを勤めたのは成田達輝。ヴァイオリンとともに体全体で音を投入していく成田の演奏により、物語や意味といった外的次元は捨象され、音と身体そのものによって時間と空間が構築されていく。その前後に演奏された、作為的な想像とは異なる創造/想像の世界。演奏会という「作品」の中で偶然にも生み出されたコントラストとともに、演奏会の後々まで印象に残る出来事となった。
(2019/2/15)