ヘンデル・フェスティバル・ジャパン オラトリオ《ソロモン》|藤堂清
第16回 ヘンデル・フェスティバル・ジャパン
オラトリオ《ソロモン》全曲 (HWV 67)
2019年1月14日 浜離宮朝日ホール
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
写真提供:ヘンデル・フェスティバル・ジャパン
<曲目>
ヘンデル:オラトリオ《ソロモン》全曲 (HWV 67)
———————(アンコール)——————–
ヘンデル:司祭ザドク(HMV 258、《ジョージ2世の戴冠式アンセム》第1番)
<出演>
指揮:三澤寿喜
ソロモン:波多野睦美(MS)
王妃(第1幕)、第一の女(第2幕):広瀬奈緒(S)
第二の女(第2幕)、シバの女王(第3幕):隠岐彩夏(S)
祭司ザドク:辻裕久(T)
レビ人:牧野正人(B)
従者:前田ヒロミツ(T)
コンサートマスター:川久保洋子
首席チェロ:懸田貴嗣
オルガン:勝山雅世
合唱&管弦楽:キャノンズ・コンサート室内合唱団&管弦楽団(古楽)
今年で16回目を迎えたヘンデル・フェスティバル・ジャパン、指揮者三澤寿喜のもと充実した演奏を聴かせてくれた。
オラトリオ《ソロモン》は、ヘンデル64歳の1749年にロンドンで初演された。その前年に1月半という短い期間で作曲されている。
イスラエルの全盛期の王ソロモンを称える内容であるが、時の国王ジョージ2世の治世とオーストリア継承戦争の終結を喜ぶという意味合いがあり、祝祭的で壮麗な響きが特徴。
曲全体を通したストーリーがあるわけではなく、第1幕第1場は新たなユダヤ神殿の落成、第2場は新たな王妃を迎えての喜び、第2幕第1場はソロモンの王としての決意とそれを称える民、第2,3場は二人の遊女の赤子をめぐる争いへの審判、第3幕はシバの女王の来訪と交歓、といった具合。
オーケストラは大規模で、オーボエ、フルート、ファゴット、ホルン、トランペットはすべて二管、ティンパニを伴う。弦楽器は、第1、第2ヴァイオリン各4、ヴィオラ2、チェロ2、ヴィオローネ1という編成だが、ヴィオラが4パートとなる曲があり、この日は第2バイオリンの奏者2人が持ち替えで対応していた。
二重合唱となる曲が多く、合唱もソプラノ8人、アルト8人、テノール6人、バス6人という大きさ。舞台後方二列の席がかなり窮屈にみえた。
演奏面に移ろう。
キャノンズ・コンサート室内合唱団&管弦楽団というこのフェスティバル専属の団体、常設ではなくこの公演のために集まった人々によるものだが、ここ数年、コンサートマスターの川久保、首席チェロの懸田、オルガンの勝山といった中核となるメンバーは不動、毎年参加する人も多い。指揮の三澤のヘンデルに対する熱い思いを共有していることが聴き取れる。
冒頭の司祭の合唱が、二群の四声による二重合唱であるなど、合唱曲の半数以上がこの形をとる。響きが多様で複雑になり、聴く側の楽しみも大きい。
ソリストのうちの3人、ソロモンの波多野、祭司ザドクの辻、レビ人の牧野は、このフェスティバルの常連。波多野は、数多くのレチタティーヴォやアリアをむらなく歌いあげた。声の調子も良かったようで、冒頭から最後まで安心して聴けた。ザドク役の辻も登場機会が多い、声は少し細い印象だが、レチタティヴォのうまさは頭抜けている。牧野は、第1幕のレビ人のアリアでは、音を転がすところで苦労しているように感じられたが、第2幕以降ではペースをとりもどした。
この3人に安定感があることは間違いないが、彼らの役割を引き継げる人材を育てることも考えなければならない時期にきているのではないだろうか。
第1幕では王妃を、第2幕では第一の女(赤子の本当の母)を歌った広瀬、始めのうちは合唱団員として加わっていたが、2011年からはソリストとして登場する機会を得た。今年は2016年の《イェフタ》以来3年ぶり。第1幕での美しく整った声、ソロモンとの二重唱での見事なハーモニー。一方、第2幕での子供をめぐる争いで、ソロモンへの訴え、子供を二つに分けよとの偽の判決を受けて子供をあきらめるから助命をと願う、母と認められての喜び。大きな感情の変化をしっかりと歌いあげ、バロック系のソプラノ歌手としての力量を示した。
第2幕で広瀬の敵役である第二の女を、第3幕でシバの女王を歌った隠岐、第2幕の判決を受けて、子供の半分でももらえるなら満足と歌うこわい内容のアリアを、喜びいっぱいに表現する。第3幕での、シバの女王としての威厳にみち、ソロモンへの敬意をたたえた歌いぶり。その歌唱の幅のひろさに、今後が楽しみなソプラノと感じた(*)。
アンコールとして《ジョージ2世の戴冠式アンセム》から〈司祭ザドク〉が演奏された。1727年、ジョージ2世の戴冠式のために書かれた祝典にふさわしい曲。そのタイトルに「ザドク」と入っているように、ジョージ2世をソロモンになぞらえている。この浮き立つような音楽で、オラトリオ《ソロモン》の冒頭の場面へ回帰し、二人の王をめぐる輪がつながった。
チケットは完売。それにふさわしい高い水準のヘンデルのオラトリオを実演で聴けたことはすばらしいこと。このフェスティバルのさらなる発展を期待するとともに、他の団体との積極的な交流により、我が国のヘンデル演奏の拡がりに寄与していただきたいと思う。
(*)旧姓の村元で、日本音楽コンクール優勝などの経歴がある。筆者もマーク・パドモアのマスタークラスの受講生としての彼女を聴いていた。
(2019/2/15)