クリスチャン・レオッタ シューベルト プロジェクト 2nd stage|能登原由美

クリスチャン・レオッタ シューベルト プロジェクト 2nd stage

2018年12月9日 京都府立府民ホール “アルティ”
Reviewed by 能登原由美(Yumi Notohara)
写真提供:京都府立府民ホール “アルティ”

〈演奏〉
ピアノ:クリスチャン・レオッタ

〈曲目〉(全てフランツ・シューベルト作品)
ピアノ・ソナタ第9番ロ長調D575
ピアノ・ソナタ第15番「レリーク」ハ長調D840
〜休憩〜
ピアノ・ソナタ第21番変ロ長調D960

 

クリスチャン・レオッタによるシューベルト・プロジェクトが最終回を迎えた。7日間にわたってシューベルトのピアノ作品全21曲を弾くというこの野心的な取り組みについて、筆者は3月に行われた前期、つまり1st Stageについては全て見ることができたが、2nd Stageとなる今期については、残念ながら4日間のうち最後の2日間しか見ることができなかった。けれども、調子が今ひとつと感じられた前期(拙論を参照されたい)とは異なり、今期のこの2日間の公演はいずれも完成度が高く、レオッタの世界をより深く知ることができた。このうち、ここではプロジェクト全体の締めくくりとなる最終日、7日目の公演について記したい。

当初予定していた『15番ソナタ』からではなく、『9番ソナタ』からの演奏。レオッタの世界がいきなり広がる。というのも、このソナタの冒頭主題は付点のリズム・モチーフを特徴とするが、この付点のリズムの取り方にこそ、私はレオッタの天性の音楽性を感じるのである。1音目の長さの加減、その後僅かの間(ま)を挟んで入ってくる2音目のタッチの実に軽やかなこと。拍から大きく外れることはないが、このたった2つの微妙な音の間合いと感触の中に、すでに一つの音楽の姿が浮かび上がっているように思えるのである。それは言葉では説明のできない非常に感覚的なもので、体の内部に備わっているとしか言いようがない。

同様に、彼の音楽の独自性を感じるのはその和音の響きである。和音にはこだわりがあると見え、深く沈み込むその音の内部に一つの宇宙が広がっていくように感じられる。ただ一方で、それが全体を重くし、音の流れに淀みを与えてしまうように思えたのが前期での演奏であった。けれども今期はその宇宙の広がりに適度な抑制が入り、その分、流麗さと軽やかさが加わったために、全体に一層まとまりが出たのではないかと思う。

続く『15番ソナタ』は未完の作品。レオッタは、シューベルトの残した第2楽章までを演奏した。前期でも同様に、未完の『第8番ソナタ』についてはシューベルト自身が書いた第1楽章の途中で演奏を終えている。彼は、シューベルトの未完の作品を後世の者が補完して演奏することを否定するのだが、作曲者の意図を徹底して追求する姿勢はその演奏にも現れていると言えよう。

冒頭に連なる四分音符。その一つ一つに主張を持たせるかのように丁寧に音を置いていく。まるで、たった一つの音の内部にも世界を見いだそうとするかのようだ。ああそうか、これはあの付点のリズム、あるいはあの和音の響きと同じことなのかもしれない。つまり、レオッタはそれぞれの音やモチーフを全体の一部として機能させるのではなく、一つ一つに息を吹き込み、それらを積み重ねていった先に全体を見るのだろう。そうかと言って、全体の音楽の流れや呼吸が切れ切れになるわけでもない。現に、第2主題となると一転、なめらかで叙情的、感傷的に音を紡ぎ出す。感情で音楽を作り上げるタイプの奏者ではないが、時には情動に身を任せる一面もレオッタの内には秘められているのだろう。

こうした彼本来の音楽が、大トリとなる『第21番』で存分に発揮された。この曲については前期でも演奏しており、プロジェクトで唯一、2度演奏される曲となった。筆者は前回も聴いたが、安定感に加え、バランス感覚を備えた今回の演奏の方がもちろん格段に聞き応えがあった。

それにしても、レオッタはまだ30代。すでにベートーヴェンのソナタ全曲演奏を世界各地で成功させているとはいえ、主要国際コンクールの入賞歴が物を言う昨今のクラシック音楽界では、注目度がそれほど高いとは言えない。そうしたなかで、シューベルトのピアノ作品の連続演奏を行う企画は、地方のホールにとっては大きな賭けでもあっただろう。奏者本人にとっても大きな糧となったに違いないが、この地に撒かれた種はそれ以上の実りをもたらすのではないだろうか。

                             (2019/1/15)

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