東京二期会オペラ劇場 モーツァルト:《後宮からの逃走》|藤堂清
東京二期会オペラ劇場
NISSAY OPERA 2018 提携
モーツァルト:《後宮からの逃走》
2018年11月25日 日生劇場
Reviewed by 藤堂 清(Kiyoshi Tohdoh)
Photos by 林喜代種 (Kiyotane Hayashi)
<スタッフ>
指揮:下野竜也
演出:ギー・ヨーステン
舞台美術:ラモン・イバルス
照明:喜多村貴
合唱指揮:大河内雅彦
演出助手:木川田直聡
舞台監督:幸泉浩司
公演監督:佐々木典子
<キャスト>
太守セリム:大和田伸也
ベルモンテ:山本耕平
ペドリッロ:北嶋信也
コンスタンツェ:安田麻佑子
ブロンデ:宮地江奈
オスミン:斉木健詞
合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京交響楽団
東京二期会オペラ劇場がNISSAY OPERA 2018と提携し上演した舞台。ベルギー出身で世界的に活躍している演出家ギー・ヨーステンを招き、新規制作したもの。いまのところ他の劇場での公演予定は入っていないようだが、これまでは海外の歌劇場との提携公演として現地のプロダクションを借り上演してきたが、日本からの発信ということも視野に入れたものと考えられる。
その演出だが、ヨーロッパとイスラムという対比が明示されるわけではない。
太守セリムは背広姿で、オスミンの率いるのは警備員の服装の合唱団。ベルモンテは地図をたよりに到着した探検家、ペドリッロは家令、ブロンデは給仕といった具合。
セリムの言葉が基本は日本語、一部ドイツ語(らしき)であることで、捕えられていたコンスタンツェ、ブロンデ、ペドリッロは理解できるが、ベルモンテは彼らに通訳されなければ分からない。それならば、なぜオスミンはドイツ語を話すのかという疑問がわいてくる。
セリフはかなり変更されている。コンスタンツェの11番のアリアの前、セリムは言葉を発することなく、彼女に箱を渡す。中に赤い下着が入っていることで意図はわかるが、「あらゆる種類の拷問が」というコンスタンツェの歌い出しにつながるセリフがなかったのは残念。
演技者としての大和田伸也の存在感、セリフまわし、見事だが、一人日本語でというのが微妙なところ。《魔弾の射手》のときは歌手の日本語のセリフに強い違和感を感じたが、今回歌手のドイツ語は自然に受け止められた。ジングシュピールやオペレッタを上演する上ではセリフの扱いは、演技と歌唱を繋ぎ、観客に分かりやすく伝えるという意味で、どうしても避けられない課題だろう。
最初の場面、さびのでたコンテナが前面に置かれている。それを内部からみると金色の透かし彫りの壁面の豪華な宮殿という趣向。後ろのスペースがあまりない日生劇場で、階段と壁の線によって奥行の深さを感じさせる、この舞台の作りは、ヨーステンやイバルスの力量を示すもの。人の動かし方や舞台転換のスムーズなことも見事。
だが、第2幕の冒頭のブロンデとオスミンの場面、後宮の浴場でセリムを囲む7人の女性とブロンデが入浴中、そこへオスミンが入ってくるという設定。混浴のサウナということかもしれないが、いささか無理があるように感じられた。また、第1幕のはじめ、オスミンと警備員たちによるペドリッロに対する暴行シーンも必然性がないように思えた。
音楽面にふれよう。
下野のテンポは全体に遅めではあるが安定している。第2幕のブロンデ、ペドリッロのアリア、それに続くオスミンとペドリッロの二重唱などでは、軽やかさがほしかった。
若手の歌手ががんばっていたことはよくわかる。
オスミンの斉木健詞の厚みのある声、リズムにのった歌は聴きごたえがあった。超低音のDはさすがに苦労していたが、これは仕方あるまい。ベルモンテの山本耕平、低音域から高音域まで響きが変わらず安心して聴ける。声につやがあるとよいのだが。コンスタンツェの安田麻佑子はこの難役をよく歌っていたが、頭声にたよりすぎた発声が気になった。アンサンブルでほかの人と溶け合わない印象を受けた。
最後の場面、帰国を許された4人は喜びを、オスミンは腹立ちを歌うが、そこへセリムが後宮をかたどった箱を持ってきて、コンスタンツェに渡す。彼女はとまどった様子でそれをベルモンテに押し付ける。彼もまた困って、箱はブロンデ、ペドリッロと渡され、ふたたびコンスタンツェへ。ふたたび受け取ったベルモンテは舞台の中央に置き、はなれる。箱に入っていたものは、愛?若い恋人たちは何を学んだ?
(2018/12/15)