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Pick Up(2018/9/15)|「モネ それからの100年」&「音楽と舞踊の小品集」|丘山万里子

「モネ それからの100年」&「音楽と舞踊の小品集」

text by 丘山万里子 ( Mariko Okayama )
photos by 塚田洋一 ( Yoichi-TSUKADA ) /写真提供:横浜みなとみらいホール

「睡蓮」はオランジュリーで。ひと気のほとんどない楕円のホールに長くいた。ぐるり囲まれ、水面に浮かぶ一片の淡桃色になってゆらゆらと。
横浜は混んでいたが、やっぱりモネはモネで、前に立てばその色彩の揺らぎに同化してしまう。

その前に、《音楽と舞踊の小品集 水・空気・光》を見た(聴いた)のは正解だった。私は音楽に絵画的イメージが浮かぶたちなので、直前に見た絵に縛られたかもしれないから。
ピアノ(福間洸太朗、齊藤一也)、ヴァイオリン(﨑谷直人)、チェロ(門脇大樹)の4人の若手奏者の演奏による【第1部 水】と【第3部 光】、その演奏をバックに中村恩恵、首藤康之、折原美樹ら6人のダンサーが踊る【第2部 空気】という構成は、『モネ それからの100年』の展示、「印象派」の言葉を生んだ彼の『印象・日の出』から晩年の『睡蓮』に至る彼の画業に沿ったものと言える。曲目はドビュッシーからメシアンまで。

ダンスとのコラボが新鮮だった。
音とともに描かれる、小さな、動くタブロー。その肢体が描く弧は、重力から解き放たれ、空間を拡張し、地芯へと潜水する。
スクリャービン『ピアノ練習曲』を踊った首藤の、空に向かってほういほういと自転車をこぐような所作は、メシアン『時の終わりのための四重奏曲』(pf,vc,首藤,米沢唯)の最後の方にも繰り返された。私はそこで、セザンヌの『シャトー・ノワール』の空にぽつんと置かれたほの白い一筆(彼の心の星のよう)にまで行って帰ってきたような不思議な気分になった。あるいは、地球の自転。

コダーイ小品はM・グラハムの名作『LAMENTATION』で、伸縮する紫の布を全身にかぶった蓑虫みたいな折原美樹がうにゃうにゃギュルギュル、冷えた地底を這う生き物の蠢きでなんともシュールな世界に耳目をひらかれる。

最後にチェロ・ソロ『鳥の歌』(カタロニア民謡)が来たのは、モネが「鳥が歌うように仕事をしたい」と言ったからかしら(違うだろうが)。

4人の演奏について。
ドビュッシーでの福間の音質、色調は、私にはデジタルすぎた。齊藤、﨑谷、門脇が非常にセンシティヴな響きであったから、一層突出して聴こえ、ラヴェルのトリオでもバランスを欠いた。
印象派音楽というより有名小品の抜粋であったから、これ以上の言は不要だろう。

***

美術館はチケット売り場が行列で、ちょっと驚く。
『印象・日の出』につながる作品は今回の展示では『セーヌ河の日没・冬』だろうが、やはり目を惹かれる。同じ系列の『テムズ河のチャリング・クロス橋』はうんと薄明になり、私はこういう光の間(あわい)の方が好き。
刻々の変化の定着——水・空気・光か。ステージを思い出す。
展示は4部に分かれ、色彩、筆触、形なきものへの眼差し、拡張するイメージと空間といった言葉が並んでいたから、なるほど、とも。
オマージュとしての現代作品も併置され、この辺りもダンスとのコラボと響きあう。

モネの『睡蓮』は5点。
ぼうっと霞む色調に吸い込まれる。水面に映るのは空の雲。
色彩(「色とは壊れた光」by小林秀雄)を分析分解の容赦ない眼と、その果てにもう一度それを画布に集める眼と(収集でも集合でもなく)、その両眼に苛まれながらおいてゆく、こうとしかありえない一筆一筆の階調を聴く。
ドビュッシーやラヴェルもまた、そのようにあったろう。
メシアン、そしてその直後サントリーサマーフェスで聴いたブーレーズに、言ってみれば「意識と自然」の西欧の系譜を見る。
舞踊における人間の身体は、本来「自然」に含まれようが、そこに何があったか。
その意味で、この2つの企画の響応は素敵に刺激的だった。

なお、印象派の絵と音楽については本誌「五線紙のパンセ」で金子仁美さんが見事な小論『消えゆく「輪郭線」』を展開なさっているので、ぜひお読みいただきたい。

 (2018/9/15)

「モネ それからの100年
7/14~9/24@横浜美術館
https://monet2018yokohama.jp/exhibition/
(美術館隣のRestaurant Muséeのフレンチが美味でお薦め要予約)

「音楽と舞踊の小品集」
2018/8/31@横浜みなとみらいホール
【第1部~水(演奏)】
ドビュッシー:喜びの島、チェロ・ソナタより第2・3楽章、ヴァイオリン・ソナタより第1楽章
サン=サーンス:白鳥
マスネ:タイスの瞑想曲
  福間洸太朗、門脇大樹 、﨑谷直人

【第2部~空気(舞踊)】
スクリャービン:12のピアノ練習曲 作品8より第11番
ラヴェル:ツィガーヌ
メシアン:時の終わりのための四重奏曲より第5楽章“イエスの永遠性の賛美”
コダーイ:9つのピアノ小品 作品3より第2番
カタロニア民謡(カザルス編):鳥の歌(チェロ・ソロ)
齊藤一也、﨑谷直人、門脇大樹
  中村恩恵、首藤康之、折原美樹(マーサ・グラハム舞踊団)、
  米沢唯 / 中島瑞生 / 渡邊拓朗(新国立劇場バレエ団)

【第3部~光(演奏)】
ドビュッシー:月の光
ラヴェル:組曲「マ・メール・ロワ」より 第1曲 眠れる森の美女のパヴァ―ヌ
                    第3曲 パゴダの女王レドロネット
                    第5曲 妖精の園
     ピアノ・トリオより第3・4楽章
  福間洸太朗、齊藤一也、﨑谷直人、門脇大樹