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五線紙のパンセ|消えゆく「輪郭線」(1)|金子仁美

消えゆく「輪郭線」(1)

text by 金子仁美(Hitomi Kaneko)

19世紀後半のフランス。絵画の世界で起きた有名なあの「出来事」を振り返り、輪郭線、戸外、光に思いを馳せながら、モネ(Claude Monet, 1840年 – 1926年)とルノワール(Pierre-Auguste Renoir, 1841年 – 1919年)の代表作からそれぞれ一作品を選び、それについて素描する。備忘録として・・・。

 

I. 1874年パリ

1874年パリで開催された自主企画の第1回グループ展でのこと。モネの《印象・日の出, Impression, soleil levant》を観て、美術評論家ルイ・ルロワが「印象」という言葉に反応し、揶揄した。皮肉にもこの言葉が新しいムーブメント「印象派」の由来となり、このグループ展は「印象派展」、出品画家たちは「印象派の画家」と呼ばれるようになる。凡庸な評論家ルロワの名は後世にも知られ、「印象派」は美術の歴史に新たなページを刻むことになる。
ルロワがこの絵を「印象」という言葉に注目し冷笑した理由は、モネ自身による作品タイトル《印象・日の出》に起因すると同時に、絵画の伝統的手法から逸脱した輪郭線のない、ぼんやりとした表現に対してのものでもあった。批判を浴びたその表現法の背景には、チューブ入りの絵の具の開発があり、複数の色の絵の具を持ち歩くことが容易になったことで、画家たちを戸外に向かわせる原動力となった。戸外に出た画家たちは、太陽の光と出会う。光を強く意識し尊重するこの描き方の誕生は、輪郭線を使用しない技法を導き出した。

 

II. モネの「輪郭」

モネ『散歩、日傘をさす女』は、1875 年に制作された。この絵を見ていると、視覚的情報だけでなく、外気の様子までもが伝わってくる。「輪郭」を意識して注視すると、空には雲が描かれ、青と白の鮮やかさが際立つ。空と雲の間に輪郭線は無く、目に映る空の様子がカンバスで静止することなく、瞬間瞬間の連続、あたかも風に流されているかのように描かれている。雲と青空が微妙に混ざり、揺れ動いているようにも見える。また、女性と子供の服は太陽の光で空の青に照らされており、空の青とのコントラストは薄い。しかし、次に地面に眼を移すと、そこには光に照らされた濃緑、緑、 黄緑を主に青、茶、黄、橙、灰、黒などで生き生きと描かれた草花が見え、地面から上に向かって女性と子供を見ると、太陽の光に照らされた草木の色が反射して、黄緑、黄といった色を彼らの服に映していることに気づく。女性の傘は実際のところ何色なのだろう、緑なのだろうか? 日傘から連想すると、白の可能性もある。白ならば、草の緑が反射した様子を緑で描いているようにも解釈できるだろうか。更に、地面から人物を経て空を見ると、草木の緑が傘に反射し、その傘の緑が空に映し出されている緑にも見える。輪郭を輪郭として捉えるのではなく、微妙な色の濃淡で縁取ることで、太陽の光に包まれて全体が一体化している様子が見事に表現されている作品だ、と思う。

 

III. ルノワールの「輪郭」

ルノワールの『ラ・グルヌイエール』(1869)を見ると、まず自然の風景の中で人々が交流する生き生きとした姿が人目を惹く。人物を描く色はくっきりと、その他の自然を描く部分は淡い色彩で描かれている。筆の太さを変えたり、筆圧を微妙に変えたり、塗り重ねの量を調整しているのだろうか。フォーカスされている人々と周囲を描くタッチに差をつけていると見受けられる。また、水面と木々は境目が無いかのように一続きに描かれており、人物以外の部分で「輪郭」をくっきりつけず滑らかにすることで、中央の人物たちが強調される効果が出ているのだろう。人物を描く色彩は背景と比較してくっきりと鮮明であるが、しかしはっきりとした線により 「輪郭」を描くことはしていない。また色合いを丁寧に見ると、人物を描くために使用された色は、光に照らされて船や水面、右端のカフェにも影響を与えており、 見る者にまず中央の人物を意識させつつ、ゆるやかに絵画全体が調和している様子を伝える力を持つ作品だ、と思う。

《ラ・グルヌイエール》》というタイトルの作品は、モネにも存在することも忘れてはならない。二人は、同時に同じ角度から同名の作品を制作し、それぞれに光の捉え方、水面での反射の描き方の技法の探求を行ったそうだ。同じテーマに挑む二人の画家の違いと、共通する技法の開拓への意識が興味深い。(hk)

(2018/3/15)

★公演情報

2018年3月11日(日)19時30分開演
金子仁美 《連歌 II》アンサンブルのための (1999) 【ハンガリー初演】
Hitomi Kaneko: Renga II. for ensemble – Hungarian premiere
会場:Budapest Music Center Concert Hall
演奏:UMZE Ensemble
指揮:László Tihanyi

2018年3月30日(金)19時開演
『アンサンブルコンテンポラリー・アルファ20周年演奏会』
会場:東京オペラシティー リサイタルホール
金子仁美 《コンポラプンクトゥス I 》ピアノのための (2018) 【世界初演】
Hitomi Kaneko: Contrapunctus I for piano solo – World premiere
演奏:黒田亜樹
https://jun-ichiro-taku.therestaurant.jp/posts/3761726

2018年4月12日
金子仁美 《味覚・嗅覚》
Hitomi KANEKO: Gustation&Olfaction for two guitars (2016) 【フランス初演】
演奏:Amèlia Mazarico

★CD情報
《中世から》ピアノのための:「飯野明日香〜Japan Now〜」に収録
https://www.askaiino.com/discography/
《歯車》チェンバロのための:「ローラン・テシュネ〜チェンバロ+パーカッションIII」に収録
ローラン・テシュネ〜チェンバロ+パーカッションIII

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金子仁美(Hitomi Kaneko)
東京生まれ。桐朋学園大学研究科在籍中にフランス政府給費留学生としてパリ国立高等音楽院作曲科に留学。三善晃、ジェラール・グリゼイの各氏に師事。日仏現代作曲コンク-ル第1位、日本音楽コンクール作曲部門(管弦楽)第1位、E.ナカミチ賞、第9回村松賞など受賞。IRCAM(フランス国立音楽音響研究所)、NHK電子音楽スタジオ等で作品制作。2011-12年、文化庁芸術家在外研修員、パリ第4大学(パリ・ソルボンヌ)招聘研究員として渡仏。主要作品は全音楽譜出版社より出版、CDは、作品集「スペクトラル・マターズ」(Fontec)の他、「21世紀へのメッセージvol.3」(Polydor)などに収録されている。桐朋学園大学教授、東京藝術大学非常勤講師。日本現代音楽協会、日本作曲家協議会理事。